第548話 side:ヴォルク

 ハウグレーとの間合いが縮まる。

 我は大剣の柄を握る手を強く締めた。


 一見して、ハウグレーは無警戒に見えた。

 長い刀身を誇る我が〖破壊神ドルディナ〗を前に、彼が手にする短剣はあまりに頼りないはずであった。

 それに対する準備がまるで取れていない。

 本来であれば、このままリーチ差と膂力を活かして叩き切れるはずであった。


 しかし……我には、ハウグレーの周囲一帯全てが危険領域に思えてならなかった。

 踏み込んだ瞬間、我に対応できない形でハウグレーの刃が飛んでくる。

 我の本能はそのことを告げていた。


 戦いの中で、認識してから反応できる攻撃と、認識してからでは反応できない攻撃の二つがある。

 前者は見てから避ければいい。

 後者は前以て備えて、そのような攻撃を受けない様に立ち回ることで対処する必要がある。


 広く知られている剣術の型などは、反応できない攻撃を相手が打てない形を維持するように工夫が凝らされている。

 無論それでもカバーしきれる相手の動きには限界がある。

 どの型が一番破綻が少ないのかということは剣士の間で話題に上がることもあるが、往々にして答えは出ずに斬り合いの喧嘩となって終わることが基本である。


 認識してから反応できない攻撃は、動きを読んで対応するしかない。

 そういうものなのだ。


 そしてハウグレーは、その読みが恐ろしく鋭い。

 力任せでは当然通らない。

 単に相手が認識してから反応できない攻撃を狙っても、読み負けて回避されることは目に見えている。


 剣技の応酬の中で、完全にハウグレーを追い詰められるパターンに追い込むしかない。

 無論苦労して追い込んでも不可思議な動きでやり過ごされる可能性が高いが、少なくともそこまで持っていけなければ戦いにさえならないのだ。

 理詰めでなければ、ハウグレーに刃は届かない。 


「〖衝撃波〗ァ!」


 大剣を振るい、刃から〖衝撃波〗を走らせる。

 そして速度を上げ、〖衝撃波〗の後を追う様に駆け出した。


 まずは〖衝撃波〗に対して対処させ、その隙を突いて攻撃を仕掛ける算段であった。

 ハウグレーと我では、純粋な身体能力では我に分がある。

 この手の詰め方はかなり効果的なはずであった。


 だが、どす黒い予感を感じ取った。

 ハウグレーは、気が付くと我の目前で短剣を振り下ろしていた。


 瞬間移動でもしたのかと思わされてしまったが、遅れて理解する。

 〖衝撃波〗の横を綺麗に抜け、我の前へと抜けてきた、それだけのことなのだ。

 だが、動きが最短かつ洗練され過ぎている。

 戦地の刹那に我が〖衝撃波〗を曲芸染みた動きで回避し、即座に攻撃へと転じたのだ。


 正面から対峙していたというのに、認識の外から現れたとしか思えない。

 移動速度自体は我より遅いはずだということが受け入れられない。


「くっ……!」 


 ハウグレーの剣技を受けるため、大剣の刃を盾にすべく引き戻した。

 〖破壊神ドルディナ〗は極薄の刃ではあるが、それは決して脆いというわけではない。

 A級ドラゴンの一撃さえ防ぐことができる代物だ。


 ハウグレーは我の前へと動き、そのまま潜り込む様に我の大剣と腕を擦り抜けていた。


「しまっ……!」


 腹部に熱が走る。

 腹部を斬りつけられたのだ。


 ハウグレーのステータスならば、振り切られる前に身体を捩れば腹部を斬られても重症には至らない。

 あの短剣も切れ味が凄まじい業物というわけでもなさそうであった。


 問題なのは……斬られた際に生じる、謎の二発目の斬撃である。

 ハウグレーの攻撃は、正体不明の二度目の斬撃の方が遥かにダメージが重い。 


 我は身体を大きく逸らしながら捻じり、地面を蹴ってその場で一回転した。

 二度目の斬撃は、発生しなかった。

 着地と同時に大剣を構える。

 ハウグレーは間合いを詰めず、我を睨みつけていた。


「やはり……あのとき回避したのは、マグレではなかったか。まさか、ただ一太刀受けただけで回避してみせる様な天才が、この世界にいたとはの」


 ハウグレーの反応を見て、やはり偶然避けられたわけではなかったらしいと確信を得ることができた。

 そう……ハウグレーの二度目の斬撃は、仕組みは全く理解できていないが、辛うじて対処法を得ることができている。


 謎の二度目の斬撃は、ハウグレーの振った剣に切り付けられた部位から、決まった角度だけ逸らされた状態で発生する。

 全く不可解だが、そうとしか言いようがない。


 一度受けただけでそれを察知することができたのは、二度目の斬撃の角度や向きが、あまりに定石外れであったためである。

 ハウグレーの様な緻密な剣技を振るう人間が、たまたま出鱈目な斬撃を繰り出したとも思えない。


 つまり、斬られた瞬間に発生位置やら角度やらは察知することができるので、それを回避する様にほぼ無傷でやり過ごすことができるのである。

 無論、わかっていても凌ぐことは決して簡単なことではなく、一撃もらえばそこで我の敗北が決定するが……しかし、対処不可能なわけではない。


「……人外含めて、お前が初めてだ。ワシのこの攻撃を、あの段階から回避できた者はな。本当に惜しい、〖竜狩り〗のヴォルク、お前をここで殺さねばならぬことがな」


 これまで以上の、強烈な殺気をハウグレーより覚えた。

 我は大剣を構えたまま、無意識の内に半歩程退いていた。


「フン……最強の剣士と称される〖悪食家〗が言っても、皮肉にしかならんぞ。挑発のつもりか?」


 我は震えそうになる足を律し、ハウグレーへと強がりを返す。

 大丈夫だ。

 あの斬撃は回避できる。

 あれさえ潰せれば長期戦に持ち込むことも可能だ。

 少なくとも一太刀で地に伏せることはなくなる。


「お前はワシなどよりも遥かに恵まれた資質を持っておる。それは……身体能力の成長限界だけの話ではない」


 ハウグレーが語る。


「ワシはかつて、何万という命を屠った傭兵であった。その生き方に疲れ、食す分の魔物しか狩らぬ生き方を続けていれば……気づけば〖悪食家〗と、随分と愉快な名で称されるようになっておった。ワシが今の境地に辿り着き、この忌まわしき邪法を得たのは、それから更に何十年も後のことである」


「……忌まわしき、邪法?」


 引っ掛かる言い方であった。

 通常では理解できない類の技であることは察していた。

 しかし、ハウグレー本人はそれを誇っているものだと考えていた。


 頭の中に引っ掛かるものがあった。

 まさか……この剣技の正体は……。

 いや、そんなことは有り得るわけがない。


 我は頭に浮かんだ考えを振り払った。

 くだらぬ妄想に憑かれていれば、勝てる相手にも勝てなくなる。

 凌ぎ方はわかった。

 それだけでいいはずだ。


「その一部とはいえ、まさかただ一撃で往なし方を覚えられるとはの。お前は間違いなく、どの点をとってもワシ以上の天才だ。ただ、お前は、ワシの前に立つにはあまりに若すぎた」

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