第687話

 俺は空高くに浮遊する不気味な石像……ヨルネスの許まで飛んで行って対峙する。

 とにかくこいつの戦い方、動き方を見切って、それから丁寧に対処していく必要がありそうだ。


 下手に攻撃すれば、ヨルネスのカウンター系スキルが発動する。

 物理攻撃は完全反射、魔法攻撃は〖ミラーカウンター〗で潰してくるはずだ。


 ただ、本当に物理完全反射なんてとんでもスキルがあるのかどうか、俺は少し疑わしく思っていた。

 〖因果の鏡〗は確かにスキルの説明文を見れば完全無欠の物理攻撃耐性に思えるが、ただの一文であるためざっくりしたところしか伝わっては来ねぇ。

 案外、発動しているところを見れば、何か大きな隙が見つかったりするものなのかもしれない。


 俺はヨルネスの周囲を飛び回る。

 ヨルネスは俺を正面に捉えようとは動いているが、こちらの動きに対応しきれてはいないようだった。

 発動の速い〖次元爪〗であれば、確実な隙を突ける……!


 まずは例の〖因果の鏡〗とやらの実験から始めてやる!

 俺は死角を取った瞬間に、ヨルネス目掛けて軽めに〖次元爪〗を放った。


 間合いなき爪撃が、ヨルネスの頭部を捉える。

 次の瞬間、ヨルネスと接合されている悪魔の鏡が光を放った。

 同時に俺の頭部に激痛が走る。


「グゥォオッ!」


 血が噴き出る。

 間違いなくこの傷は、俺の〖次元爪〗によるものだ。


【特性スキル〖因果の鏡〗】

【あらゆる物理ダメージを攻撃してきた相手へと返す。】

【〖因果の鏡〗によるダメージは回避することができない。】


 予備動作といえば、発動瞬間に微かに鏡が光った程度だ。

 隙といえるような隙じゃあねぇ。


 爪撃は左目を掠めており、俺は前脚で血を拭う。

 もしかしたら自分の受けたダメージを共有するだけなのかもしれないと思ったが、ヨルネスには傷一つついていなかった。


『〖ルイン〗』


 ヨルネスの思念が響いてくる。

 咄嗟に俺は、一気に高度を落とした。


 さっきまで俺が立っていた場所に虹色の光の球が浮かび……それが、一気に爆ぜた。

 スライムの野郎が使っていた〖ルイン〗のスキルだ。


【通常スキル〖ルイン〗】

【虹色の光を放ち、広範囲に破壊を齎す。】

【威力は中心からの距離によって大きく異なる。】


 このスキル自体は見覚えがあった。

 だが、予想外のことが一つあった。

 爆発の規模が、俺の想像していたより三倍以上大きかった。


 逃げ切ったはずだった俺の身体を虹色の爆風が呑み込み、体表を焼き焦がす。


「グゥウウウッ!」


 なんだ、この馬鹿げた規模の爆発は……!?

 翼が焼かれちまう!


 俺は爆風のままに、過去の聖女のものらしい巨大な像へと叩きつけられた。

 背後の像に亀裂の走る音が響く。


「ガハッ!」


 打ち付けた背から激痛が走る。

 体内の空気が一気に口から抜け、そこには血が交じっていた。


 ヨルネスは魔法力はそれなりに高かったし、〖ルイン〗が凶悪なスキルであることもよく知っている。

 だが、いくらなんでもここまでダメージが入るのはおかしい。


【特性スキル〖魔法規模拡大〗】

【注いだMPに応じて、魔法スキルの規模と威力を引き上げる。】

【魔法スキルによっては初歩的なスキルが一撃必殺レベルになったり、規模が変わったことで全く別の用途を見出すこともできる。】


 ただでさえ馬鹿げた威力の〖ルイン〗を、アレで更に底上げして来やがったのか!

 シンプルながらに恐ろしい特性スキルだ。


 とはいえ、いくらなんでもMPの燃費がいいはずがない。

 ここで消耗させて、〖ミラーカウンター〗に回すMPを削り切ってから魔法攻撃を仕掛けるのも戦法としてはアリかもしれないと思ったのだが……一方的にこんなスキルを撃ち続けられていれば、まずこっちが持ちそうにない。


『〖ルイン〗』


 体勢を立て直す前の俺に、続けて二発目を放ってきた。

 虹色の球が目前に浮かぶ。


 俺は〖自己再生〗と〖竜の鏡〗を併用して即座に翼を復活させ、続けて〖ミラーカウンター〗を用いて光の壁を前方に展開した。

 光の壁を尾で叩いて自身を後方へと弾き、過去の聖女の巨大像の背後へ回り込んで盾にする。


 俺の〖ミラーカウンター〗が罅割れて崩壊し、聖女の巨大像が中央部より崩壊する。

 連撃を凌いで体勢を立て直すのには成功したが、あの巨大な像が一撃で吹っ飛ばされちまった。


 防御性能だけじゃねぇ。

 MPを好きなだけ突っ込める〖魔法規模拡大〗と、高密度の魔力の塊を爆発させる〖ルイン〗の合わせ技がとんでもない。

 

 だが、巨大像の下にはまだミリア達がいたはずだ。

 俺が目を向けると、トレントが木霊状態を半分解除し、太い無数の木の根を展開して瓦礫を防いでいた。

 〖暗闇万華鏡〗で三人になったアロが、巨像の下にいた人間達を抱え、黒羽を広げて逃げていく。


『アロ、トレント、よくやってくれた!』


『任せてくだされ主殿! この程度、なんともございませんぞ……! 彼らは私とアロ殿で安全なところまで運びますので、主殿はその岩塊をぶっ飛ばしてやってくだされ!』


 トレントの言っている意味はわかる。

 ヨルネスは余所見していて勝てる相手じゃねぇ。


 攻撃力と素早さの低さをガチガチのカウンター性能で補っているだけでも厄介なのに、そのカウンター性能の殻に隠れて、一方的に〖魔法規模拡大〗で威力を底上げした〖ルイン〗をぶっ放してくる。

 ここまで嫌らしい戦法を取ってくる奴は初めて会ったかもしれねぇ。

 

『……性根が邪悪だってのは誤解だったと思ってたが、いい性格してやがったのは本当なのかもしれねぇな』


 だが、一見隙がなく感じる相手も、何か一つ崩れれば案外簡単に瓦解するものだ。

 MPだって無限じゃねぇし、魔法系へのカウンターは物理カウンターほど絶対的なものじゃねぇ。


 それに……俺には、ヨルネスに有効打を取れそうなスキルに心当たりがある。


 俺もリリクシーラやミーアとの戦いでかなり経験を積んできたつもりだ。

 昔の俺なら、ヨルネスの尖った戦法の前に翻弄され続けていただろう。


 だが、無敵のヨルネスがMPを消耗して攻撃魔法を連打してくるのには相応の理由がある。

 ヨルネスは俺が一方的に攻撃のターンを握れば、自身のカウンターの隙が露呈するとわかっているのだ。


 アポカリプスには、物理系以外にも優秀な攻撃スキルが揃っている。

 〖ルイン〗の連打に惑わされず、冷静にヨルネスの隙を探り、そこを突く。

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