第750話

 俺は空中でベビードラゴンの姿から、元のアポカリプスの姿へと戻す。

 掌の先に浮かべた〖ディーテ〗の地獄の炎球を、バアル目掛けて放った。


 爆炎が広範囲に炸裂し、バアルの脚の先へと地獄の炎が燃え広がる。


「オオオオオオオオオオッ!」


 バアルが咆哮を上げる。


 次の瞬間、バアルの脚がバラバラと宙に舞った。

 この炎は容易く消せないと判断し、〖断糸〗で自身の肉体を切り離したのだ。


『この状態で脚をばら撒いて、俺から逃げられるなんて思ってねえよな!』


 俺はバアルへと〖次元爪〗を放つ。

 人頭が大きく抉れ、奴に大きな隙が生じた。

 その間に俺は距離を詰め、二発人頭へと直接爪撃を叩き込んでやった。


 ヒキガエルの口から舌が伸びて、俺の右前脚を拘束する。


「グゥオオオオオオオッ!」


 俺は力押しで、そのまま三発目の爪撃をバアルへとぶち込んでやった。


 こいつは、このまま、ぶっ倒す!


『馬鹿な……吾輩は、未来永劫……世界の頂点として君臨し続けるはず……! 何故、吾輩が、こうも攻撃を受けている! こんなはずが……!』


 バアルが二つの魔法陣を展開する。

 〖ファイアスフィア〗と〖アクアスフィア〗だ。

 またお得意の水蒸気爆発で、今度は自分を巻き添えに、俺から強引に距離を取る狙いらしい。


 自爆発動など、意表を突けなければ愚の骨頂……敗者の悪足搔き。

 バアルも先の自分の言葉を忘れたわけではないだろうが、完全に手段を選ぶ余裕を失っている。


『それまでにHPが残ってるといいよなァ!』


 俺は引いた左前脚に全力を込める。


 バアルの人頭は潰れている。

 猫とヒキガエルも、魔法スキルの発動に専念している。

 蜘蛛の脚はどれも〖断糸〗で切り離したせいでバラバラで、まだまともに使い物にならない。


 伝説級上位の最大レベルだといって、至近距離でアポカリプスの連撃を受けて無事で済むとは思わないことだ。

 

 俺の全力を込めた一撃が……何かに弾かれた。

 爪のようなもの、しかし、蜘蛛の脚のそれよりも太く、力強い。


『やっぱりお前……まだ何か隠して……』


『消し飛ぶがよい!』


 バアルは〖ファイアスフィア〗と〖アクアスフィア〗を打ち合わせた。

 急激な勢いで押し出された膨大な気体が爆風を招く。


 一応準備していた〖ミラーカウンター〗で防ぐが、容易く破壊された。

 前方へ回した翼で爆風を防ぐも、大きく後方へと吹き飛ばされることになった。

 辺りに土煙が舞う。


 翼がへし折れ、血塗れになって骨が露出している。

 だが、この程度のダメージは大した問題じゃねえ。

 少し後ろに回して〖自己再生〗で回復すれば、あっという間に元通りだ。


 仕留め損ねたが、充分なダメージは叩き込めた。

 事態は好転している。


 とはいえ、バアルにこれまでのような慢心はないはずだ。

 全力を以て俺の排除に向かってくるだろう。


 ふと、何かが迫ってくるのを感じた。

 俺は首を回し、〖灼熱の息〗を周囲へと放った。

 何かが焼け落ちて、地面に落下する。


 煙が薄くなり、その正体に気が付いた。


 黒い、ぶよぶよとした何かの膜のようなもの……王都アルバンや、周辺の地に撒かれていたものと同一だ。

 恐らくは、あの人面蜘蛛共の巣!


【通常スキル〖魔の温床〗】

【苦痛の中で死んだ人間の魂を捕えて、自身の兵として転生させる。】

【〖魔の温床〗で生み出された魔物は最初から最大のレベルを有し、そこから経験値を取得することはできない。】


 土煙の中から、無数の気配を感じる。

 俺に近い巨躯を有する、無数の人面蜘蛛共が現れた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:フィアスピナ

状態:眷属

Lv :135/135(Lock)(MAX)

HP :3453/3453

MP :2379/2379

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 どうやら相当MPを練り込んでやがる。

 この雑兵、一体一体が伝説級に近いステータスを有している。

 とんでもねえ反則能力だ。


「オオオオオオオオオオオ!」

「オオオオオオオオオオオ!」

「オオオオオオオオオオオ!」


 俺は〖灼熱の息〗を周囲へ撒いて牽制し、〖鎌鼬〗で近い奴らを斬り飛ばしてやった。


 確かに反則的な能力だが、今更こんなものが、勝敗を左右するだけの力を持つとは思えねえ。

 厄介ではあるが、こいつら複数体に常に狙われるより、ヒキガエルの舌の一本の方がずっと脅威だ。


『対等な戦いを楽しみたいんじゃなかったのか? 底が見えたなバアル!』


 俺は吠えながら、違和感を覚えていた。

 視界が悪い中、複数体の魔物に囲まれているためか、バアルの気配は感知できない。

 だが、それにしても、あの異様な存在感を放つバアルを見失うというのが異様なことであった。

 

 バアルはあの至近距離で、他のスキルをぶつけるよりも、水蒸気爆発を狙ってきた。

 近距離で最大火力を狙うのであれば、下手に拡散させるよりももっと適した攻撃手段があったのではなかろうか。

 それでもあの手段を取ったのは、自身の気配を晦ませるためではなかったのか?


 人面蜘蛛共の配置にも、何か妙なものを感じた。

 指揮されているかのように迫ってくる大蜘蛛の群れの中に、一ヵ所妥当性がなく、兵力の薄い部分がある。

 説明するのならば、これまでの戦闘経験と、勘によるものだとしか表現し得ない。


 俺は身体を翻して地面を蹴って背後へ逃れつつ、その違和感の生じた部分へと〖次元爪〗を放った。


 空間が丸ごとズレたかのように、唐突にバアルが現れ、俺の爪撃を回避した。

 前脚の動きを見て躱したらしい。


 既にバアルは、各頭部の上に、それぞれの魔法球を浮かべて準備していたようだ。

 咄嗟に三つの魔法球を放ってきたが、無策で慌てて撃ってきた攻撃。

 さすがに容易く回避することができた。


『何故……初見で吾輩が見えた!』


 何故あんなものの接近に気が付かなかったのか。

 ようやくバアルが、今まで隠していたスキルを使ってきやがったのだ。


【通常スキル〖猫の不在証明〗】

【自身の存在をこの世界から隔離し、攻撃を透過し、あらゆる感知スキルを欺くことができる。】

【ただし、発動には膨大なMPを消耗する。】


 完全に自分の存在感を消し去るスキル。

 どうやらバアルは爆風で視界を奪い、ダメ押しで雑兵を嗾け、その上で確実に俺を殺しきるためにこのスキルを発動したらしい。

 名称から察するに、猫の頭部のスキルのようだ。


 どうやら通常のあらゆる攻撃を回避する能力も有しているようだ。

 次元を超越して対象を捉える〖次元爪〗だったからこそ、バアルは避けざるを得なかったようだ。


 あの馬鹿げたステータスで、魔法スキルを同時展開しながら奇襲を仕掛けられたら、何が起きたかも理解できない内に瞬殺されることになる。

 奇跡的に回避できたとしか言いようがない。

 自分が本気を出せばまともな戦いになるわけがないと、アレだけバアルが豪語していたことも理解できた。


『空間に違和感が生じた……? 同じく時空系のスキルを有する魔物だからか? やはりこのスキルは、吾輩の力を以ても、完全に制御することができんのか?』


 三つの頭部が歯噛みする。


『バアル、俺は史上何番目だって?』


 三つの頭部に血管が浮き出る。

 ここまで追い込まれるとは、バアルも本当に想定していなかったようだ。

 戦いを享楽として捉えつつ、いざというときは〖猫の不在証明〗で瞬殺してしまうつもりだったのだろう。


『もう手札も尽きた……MPだって大半が削れてる。テメェは余裕を捨てて、みっともなく足掻いても、俺を仕留めきることはできなかった。終わらせてやるよ』


『余裕を捨てた、だと? 手段を選ばんのは、絶対王者の特権である! 吾輩の底が見えた、だと? ほざきおるわ! 吾輩はこれまで……一度たりとも本気を出したことはなかった。そんなことをせずとも魔物を束ね、人類を滅し、世界を手にすることができたからだ! だが今、貴様を排除する、そのためだけに、この吾輩が全力を出してやろう!』


 大蜘蛛の両脇から、強靭な獣の腕が伸びてきた。

 元々異形の化け物だったが、どんどん出鱈目な姿へと変貌していく。

 

 恐らくアレが、バアルが隙を突いて〖次元爪〗を放っていた、本命の攻撃手段だ。

 明らかに蜘蛛の脚とは威力が異なるときがあるとは思っていた。

 隠した獣の腕が、バアルの優位性を担保するための保険の一つだったのだ。


『余裕振っていた割には狡いことするじゃねえか』


『狡いだと? 吾輩のような超越者が、下等な者共へ命を晒して、対等に戦ってやる必要がどこにある!』


『だったら手札を全部晒した今は、どんな気分なんだ?』


 バアルが一瞬沈黙する。

 相変わらずどいつも焦点の定まらない、感情の見えない不気味な目をしていたが、それでも充分怒りに震えているのが伝わってきた。


『磨り潰してやるわ!』


 空間に溶けるように、バアルの存在が消えていった。

 瞬間、俺の横っ腹に、強烈な爪撃が走った。


 〖猫の不在証明〗で存在を消し去り、あの獣の腕で〖次元爪〗を放ってきやがったのだ。

 俺が横へ飛んだとき、五つの爪撃が地面を引き裂いた。

 巻き込まれた人面蜘蛛の一体が、まるで熟れた果実かのように容易く弾け飛ぶ。

 

 動き方を誤れば、今ので死んでいた。

 奴を追い詰めている感触はあるものの、存在を消し去ってから間合いのない爪撃を一方的に撃たれるのはさすがに不味い。


 だが、ここさえ乗り越えれば、本当に奴ももう、後がないはずだ。

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