第519話 side:トレント

 アレクシオは他の竜騎兵を追い抜き、我らへと一気に迫ってくる。

 あの男は、通すわけにはいかない。

 他の竜騎兵と格が違うことは、ヴォルク殿との立ち合いからも明白であった。


 アトラナート殿も同じようで、掌をアレクシオへと向けていた。

 掌には黒の光が輝いている。

 〖ダークスフィア〗で撃ち落とす算段の様であった。


 ならば、私もそれに続く。

 アレクシオへ向け、〖クレイスフィア〗の照準を合わせる。

 他の竜騎兵も迫っては来ているが、あの男から優先して落とすべきであろう。

 接近されたとしても、アレクシオ以外ならばアロ殿やアトラナート殿は遅れを取らないはずである。


 アトラナート殿が〖ダークスフィア〗を放ったのを確認し、少しタイミングをずらしてから〖クレイスフィア〗をアレクシオへと撃った。

 黒い光の塊と、土の塊がアレクシオへと飛んでいく。


 アレクシオは騎竜の高度を下げて〖ダークスフィア〗を回避する。

 続けて騎竜の鼻先に当たりそうだった〖クレイスフィア〗へ、剣の鞘を投げ付けて軌道を逸らす。


「〖ゲール〗!」


 アレクシオのその動作と同時に、アロ殿が〖ゲール〗を放った。

 騎竜の新たな進路を塗りつぶす様に竜巻が走る。

 動きが直線的になりがちな空の上で、範囲の広い〖ゲール〗にこれをされては、そう易々と対応はできないはずである。


 アレクシオは高度を極端に下げての回避を試みる。

 だが、その姿が竜巻の中に消えた。

 騎竜の断末魔の叫びが響く。


「ア、アレクシオ様!」


 竜騎兵より動揺の声が上がる。


『さすがアロ殿!』


 アロ殿の魔力は、私やアトラナート殿と比べてずば抜けて高い。

 アレクシオにとっても、決して軽視できるダメージではないはずである。

 このまま倒しきれていてもおかしくはない。


 地面に、アレクシオの乗っていた騎竜が叩きつけられる。

 身体中に鋭利な傷が走り、血塗れになっていた。

 目は開いてはいるが、生気はない。完全に息絶えている。


 だが、肝心のアレクシオの姿がない。

 そう思った瞬間、騎竜の亡骸の陰より、アレクシオが飛び出して我らへと迫ってくる。


「余は騎竜に頼るよりも、己で駆けた方が速いのでな!」


 再び姿を見せたアレクシオは、宣言通りに騎竜よりも遥かに速い速度で我々へと駆けて来る。

 あれでは、とても遠距離攻撃が当たらない。

 顔に傷はあるが、浅い。鎧に守られた身体はほぼ無傷のようであった。

 恐らくアレクシオは、アロ殿の〖ゲール〗を受ける際に、乗っていた騎竜を盾にしたのだ。


『アノ速度ニ対抗デキルノハ、私シカイナイ』


 アトラナート殿が前に出た。

 確かに、アトラナート殿は近接攻撃に強く、魔力も高く、速度もある。

 魔力に特化したアロ殿や中途半端な耐久力しかない私と比べ、我ら三人の中では間違いなく強さのバランスが取れている。

 だが……それでも、アレクシオの速さにはまるで届いてはいない。

 私とアロ殿で、どうにか援護して補うしかない。


 アトラナート殿が、両腕を前へと翳す。

 十本の指から糸が伸び、それらは絡み合って形を成し、そっくりそのままアトラナート殿を形作った。

 偵察の際にも用いていた〖ドッペルコクーン〗である。

 このスキルは力量差を埋められるだけのポテンシャルを秘めている。


『しかし……これだけの大きさだと、魔力の消耗も激しいのでは?』


「仕方ナイ。温存ヲ考エテ、楽ニ凌ゲル場ダトハ思エナイ」


 アレクシオが剣を掲げる。


「〖ルナ・ルーチェン〗」


 陽の光を、剣が照らし出す。

 嫌な予感がした。

 私は咄嗟に〖クレイウォール〗を使い、アトラナート殿の前に土の壁をせり上げた。


 アレクシオの剣身より、高速で動く無数の光が放たれた。

 生じたばかりの私の〖クレイウォール〗の壁が容易く崩れ落ちた。

 あ、あの速さと量で、なんという威力……!


 アトラナート殿が指先をアレクシオへと向ける。

 〖クレイウォール〗の断片をアレクシオへと叩きつける。

 恐らく指から発した糸で操っているのであろう。

 アレクシオは頭部を腕で守り、凝固された土の塊を弾いた。


 アロ殿もアレクシオへ攻撃を仕掛けようとするが、尻目で空を確認すると、すぐに顔を大きく上げてアレクシオを視界から外した。

 他の竜騎兵達も大分接近して来ている。


「〖ゲール〗!」


 アロ殿が空へ向けて〖ゲール〗を放った。

 射程内にいた竜騎兵三人がさっと空へ逃げていく。


 だが、別の方向から来ていた二人の竜騎兵が一気に距離を詰めて来た。


 とにかく私は、〖クレイウォール〗で一気に近づかれないように盾を作る。

 その間にアロ殿が、左腕に土を纏い、巨大化させていく。

 土の壁を騎竜が足で踏み潰そうとした隙を狙い、アロ殿が巨大化させた腕で騎竜ごと殴り飛ばす。


「〖クレイ〗!」


 アロ殿は更に近づいて来る二体目の騎竜に向けて、私の作った土の壁から〖クレイ〗で鋭利な土の針を生じさせ、胸部を貫いた。

 剣を手に飛び降りて来る聖騎士を腕で掴み、〖マナドレイン〗で魔力を吸い上げてから地面へ叩きつける。


 ただ……余裕がない。

 最初にアロ殿が殴り飛ばした一人目の竜騎兵はダメージが浅かったらしく、簡単な白魔法で騎竜を治療しつつ、離れたところからこちらの様子を窺っている。

 まだ、空からも後続が来ている。

 アトラナート殿のみにアレクシオと戦わせるのは酷であるが、私とアロ殿も、空から向かって来る竜騎兵の対処をしていれば、それだけで手いっぱいになってしまう。


 ヴォルク殿がアレクシオの気を引くか、空で竜騎兵の数を減らしてくれればもう少し余裕のある戦いになっていたはずなのだが……。

 いや、行ってしまったものは仕方がない。

 我々だけでどうにか、アレクシオと竜騎兵を凌ぎ切る他ないのだ。


 その後も何度も竜騎兵が迫ってくる。

 私はとにかく〖クレイウォール〗で竜騎兵の突撃を防ぎつつ、隙を見て〖クレイスフィア〗を撃ち込んでいく。

 アロ殿は魔法攻撃と近接攻撃で、確実に竜騎兵を撃退していく。


 その間、アトラナート殿はどうにかアレクシオと戦っていた。

 〖ドッペルコクーン〗の分身と挟み込み、殺傷能力の高い〖断糸〗を放ち、引き気味に腕の爪攻撃で牽制することで、どうにか立ち回っている様であった。

 だが、劣勢にあるのは間違いない。


 剣のみで戦うアレクシオに対し、アトラナート殿は多彩なスキルを活かして有利な局面を作っているはずなのだが、アレクシオの方が動きが遥かに速いのだ。

 私とアロ殿も隙あらば魔法攻撃で加勢しているのだが、アレクシオはそれ込みで冷静に対処している。

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