第520話 side:トレント
アトラナート殿が指先より〖断糸〗を放つ。
身体を捻ってアレクシオが回避したところを突き、〖ドッペルコクーン〗による糸人形の分身体が接近して腕を振り上げた。
ここまでアトラナート殿は距離を置いてのスキルでの攻撃ばかりで、本体も糸人形もほとんど牽制に徹していた。
だが、ついに勝負を仕掛けに出たのだ。
私もアロ殿と竜騎兵の相手をしつつ、アトラナート殿に助太刀できる機会を探る。
しかし、こちらも余裕があるわけではない。
竜騎兵共はこちらの消耗を待ち、空と地面の間を移動しつつ攻撃を仕掛けて来る。
どうにか六人ほどは仕留めることに成功したものの、残っている竜騎兵の半数にも満たないのが現状である。
アトラナート殿が決めに掛かっているのならば加勢しておきたいところであるが……今は、動ける隙がない。
アレクシオは振り下ろされた糸人形の腕に剣を合わせて斬り飛ばした。
やはり、アトラナート殿とアレクシオでは、速さが違う。
アトラナート殿は、勝負を急いたか。
アレクシオは続けて横に剣を振るい、糸人形の上半身を横一直線に斬った。
アトラナート殿が持ち堪えられていたのは、あの糸人形の加勢があったところが大きい。
単騎では、あの男相手には持ち堪えられない……。
そう私は考えたのだが、予想外のことが起こっていた。
「なんだ、この糸は……!」
アトラナート殿の糸人形は、後少しのところで上半身が切断されていなかった。
皮一枚残った形になり、地面へとだらりと上体が垂れていた。
アレクシオの剣と腕には、糸人形に用いられていた糸がへばりついている。
〖ドッペルコクーン〗の分身体は、粘性の強い糸の塊であるがゆえに、攻撃した相手へと纏わりつくことができるようであった。
おまけにアトラナート殿の〖吸魔闇粘糸〗は引き千切るのが困難な上に、触れた相手の体力と魔力を削り続けるおまけつきであった。
本体に近い身体能力を発揮して、その上に近接攻撃を受ければ相手に糸のダマを粘着させて動きを阻害し、体力を奪うことまでできるとは……!
〖ドッペルコクーン〗はなんと便利なスキルであることか。
私にも、ああいう便利なものがあればよかったのだが……。
「くっ!」
アレクシオが大きく背後にステップしようとするが、それでも糸は剣、そしてアレクシオの腕に絡みついたままであった。
〖ドッペルコクーン〗から伸びる糸が、今なおアレクシオを引っ張っている。
「逃ガサナイ!」
アトラナート殿は大きく前傾し、地面に掌を叩きつける。
そこを中心に、地面の上に円状に黒い糸の巣が展開された。
動きを阻害されたままのアレクシオは範囲から逃れることができず、脚を糸にしっかりと捕らえられていた。
「こ、この、魔物風情が……!」
アレクシオの額に脂汗が浮かぶ。
これは決まった。
相手の腕と、足を抑えたのだ。
あれではもう、充分な力は発揮できない。
後は糸から逃れられる前に、トドメを刺すだけである。
「アレクシオ様ッ!」
「〖ゲール〗!」
アレクシオの救援に向かおうとした竜騎兵を、アロ殿の風魔法が遮った。
「……〖ダークスフィア〗」
アトラナート殿の腕の前に、黒い光の塊が集まり、球の形を成した。
それを見たアレクシオが歯を食い縛った。
「この余を、あまり舐めてくれるな!」
アレクシオは強引に前に出ながら、アトラナート殿へと大きく剣を振るった。
だが、糸の拘束から逃れるためにと力んだのと、焦りのせいであろう。
見え見えの大振りとなっていた。
アトラナート殿は一歩退き、剣の間合いのすぐ外側に立った。
アレクシオの大振りは、アトラナート殿の蜘蛛の下半身のすぐ前を掠めていた。
アレクシオの目が、見開かれる。
アトラナート殿は、剣を下げた姿勢のアレクシオのすぐ前で〖ダークスフィア〗を構えていた。
アレクシオの隙に、アトラナート殿が〖ダークスフィア〗を撃ち込んだ。
鎧の胸部の装甲が割れる。
アレクシオは後方へと大きく吹き飛ばされる。
地面に腰を打ち付けた。
口から血を吐いた後、よろめきながら立ち上がる。
糸の拘束からは逃れたが、決して低くないダメージを負っていることは間違いなかった。
決定打が入ってもビクともしないのであれば勝機は薄いと考えていたが……これならば、勝機が見えて来た。
「……なんという、厄介な性質よ。少し、血を流し過ぎたか」
アレクシオはそう言い、上空を睨む。
一度空に戻り、身体を魔法で回復させたいと考えているのであろう。
だが、それは通さない。
アトラナート殿が命懸けで作った好機である。
私とアロ殿で上からの竜騎兵を抑え切り、ここでアレクシオは仕留め切ってみせる。
アトラナート殿は指先より〖断糸〗を放ち、アレクシオへと追撃する。
「ぐっ!」
アレクシオが剣で弾き、その場から一歩退いた。
だが、反応速度が落ちている。
先程までであれば、アトラナート殿の糸をもっと容易く往なし、距離を詰めにかかっていた。
やはり先程のダメージがかなり響いているのだ。
アトラナート殿は逆にアレクシオへと間合いを詰め、再び〖断糸〗を放った。
またアレクシオは剣で防ごうとするも、〖断糸〗はアレクシオの剣の横を掠め、奴の二の腕を裂いた。
い、行ける……!
このまま進めば、アトラナート殿が、アレクシオを倒すことができるはずである。
「チマチマと、戦いおって……!」
アレクシオは剣を下げ、肩を上下させる。
また一歩、アトラナート殿がアレクシオへと近付いていた。
あそこまでの距離ならば、今のアレクシオが斬り掛かって来ても対応できると考えてのことであろう。
「上等であるぞ、蜘蛛女が!」
それを挑発と見たアレクシオは、叫び声を上げながら剣を構え直す。
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