第603話

『どうですか! どうですか主殿!』


 トレントは幹を張って、枝を曲げ、ポージングを取りながら〖念話〗で尋ねてくる。

 いつもより思念が強く感じて、頭に響いた。

 今の姿を随分と気に入っているようだった。

 た、確かに強そうではあるんだが……。


『と、とりあえず、木霊状態になってくれ!』


 外敵にも見つかりやすそうだ。

 普段、ワールドトレントの姿でいてもらう機会はあまりなさそうだ。

 どこを歩いていても目に付いちまう。


『あ……はい。わかりましたぞ』


 トレントはしゅんと項垂れる。

 もっと今の姿を見てほしかったのだろう。

 す、すまねぇ、トレント。

 ちょっと罪悪感を覚える。


 トレントは〖木霊化〗で小さくなった。

 木霊状態では前とあまり変わらない。

 ちょっと身体の色が以前より青々としているような気がするが、まあそのくらいだ。


『まずはおめでとうだな。これでトレントも、無事にA級上位の魔物だ』


『おおっ! 私もついに、アロ殿に並んだのですな!』


 トレントは嬉しそうだった。

 これまで出遅れを感じ続けていたようだったので、それがようやく解消された気分なのだろう。


 結構スキルが増えている。

 特性スキルは〖生命力付与〗、〖世界樹の樹皮〗、〖妖精の呪言〗、〖鈍重な身体〗が新たに加わっている。

 耐性スキルはこれまでなかった〖魔法耐性〗が加わった。

 そして通常スキルは〖樹籠の鎧〗、〖死神の種〗、〖不死再生〗、〖人化の術〗である。


 ……じ、〖人化の術〗か。

 トレントには〖木霊化〗があるので、微妙に役割が被りそうだな。

 人里でも歩き回れるようになれるのは使いどころがあるかもしれねぇが。

 しかし、トレントが人型になるのか……き、気になるような、なんか不安なような……。


 とりあえず一つずつ見ていくか。

 〖鈍重な身体〗と〖魔法耐性〗、〖人化の術〗は散々見たことのあるスキルだから、今更確認するまでもねぇな。

 いや、〖人化の術〗は別の意味で気になるんだけども。


【特性スキル〖生命力付与〗】

【強大な生命力を有しており、魔力を少し放出すれば枯れた地を即座に花畑にすることもできる。】

【またこのスキルを使っている間、周囲の者のHPを無差別に持続回復させる。】


 つ、強い……のか?

 無差別持続回復がピーキーすぎる。

 使いどころはあるんだろうか。

 いや、弱くはないと思うんだが……。

 嫌いな奴の畑に行って雑草生やすくらいの使い道しか俺には思いつかねぇぞ。


【特性スキル〖世界樹の樹皮〗】

【ワールドトレントは分厚く頑強な樹皮を持つ。】

【また、樹皮には魔力分解作用があり、樹皮で受けた魔法攻撃のダメージを大幅に軽減する。】

【高価な鎧の防具として用いられる。】

【かつて人の国とワールドトレントが共存していたとき、樹皮を無断で剥がす盗人が後を絶たなかったという。】


 か、可哀想……。

 守護神的存在だったんじゃなかったのか。

 めっちゃ集られてるじゃねぇか。

 もうちょっとたまには怒っていいんだぞ。


【特性スキル〖妖精の呪言〗】

【魔法攻撃の直撃を受けた際、木の中に住まう妖精達が同じ魔法を放って反撃する。】

【スキルの所有者の魔法力に拘わらず、受けた魔法攻撃と同じ威力で魔法は発動する。】

【このスキルによって発動された魔法は高い指向性を持ち、攻撃してきたもののみを対象とする。】


 妖精はよくわからねぇが、要するにカウンタースキルか。

 〖世界樹の樹皮〗もあるから魔法には滅法強そうだな。

 ……まあ魔法攻撃をほとんど完封できても、トレントがどう相手にダメージを与えるかが大事なんだが。


 物理カウンターは〖ウッドカウンター〗があったな。

 とはいえ、使ってるところは見たことがねぇんだけど……。

 基本的にトレントにとって格上の相手と戦うことが多いので、泥臭い殴り合い展開にまずならないのが最大の要因だろう。

 そうなったら間違いなくトレントは負ける。


 殴って殴られての展開になってもいいのは、基本的には相手が自分より明らかにステータスで劣っている場合だけだろう。

 追い込まれた時の最後の手段としてはありかもしれねぇが、自分から好んで戦術にできるスキルではあまりないように思える。


 アロはトレントと違って耐久力に欠けるので、格下相手でもラッキーパンチで一気に体力を削られれば窮地に追い込まれかねない。

 その点、トレントは格下を確実に追い込むのには優れているステータスなのかもしれない。

 ……じ、地味だな。

 いや、自然界で安定して生きるには、そっちの方がいいのかもしれねぇけど。


【通常スキル〖樹籠の鎧〗】

【身体に複雑に絡まった枝を纏い、攻撃を防ぐ。】

【質量を嵩上げして相手を殴打することもできる。】


 これは防御のスキルか。

 攻撃にも応用できる、と……。

 単純だが、それ故に使い勝手がよさそうだ。


【通常スキル〖死神の種〗】

【相手に魔力を吸う種を植え付ける。】

【スキル使用者と対象が近いほど魔力を吸い上げる速度は速くなる。】

【魔力を完全に吸い上げた〖死神の種〗は急成長を始め、対象の身体を破壊する。】


 ……さ、さらっととんでもねぇスキルが出てきやがった。

 攻撃力がねぇとは思っていたが、〖死神の種〗頼りであればそもそも攻撃力はいらねぇのかもしれない。

 〖死神の種〗さえあれば、攻撃に耐え続けられれば確実に相手を倒すことができる。

 防御と回復しかできねぇのかとちょっと不安だったが、防御と回復に専念して〖死神の種〗が芽吹くのを待つ戦闘スタイルを前提としている節がある。


 それで、最後のスキルは……。


【通常スキル〖不死再生〗】

【自身の生命力を爆発的に上昇させる。】

【使用すれば全身に青く輝く苔が生まれ、MPが全体の1%以下になるまで強制的にHPを回復させ続ける。】

【使用中は防御力が大きく上がるが、他のステータスは半減する。】


 こ、これまたピーキーな……いや、トレントに限っては今更か。

 これまでのスキルも、そもそものステータス構成もピーキーなのだ。

 完全に防御以外の全ての行動を捨てたスキルだ。

 ある意味、ワールドトレントの象徴的なスキルだといえるかもしれねぇ。


 ただ……このスキルは、気軽に使っていいものではなさそうだ。

 使えば最後、まともな攻撃手段を一切持てなくなり、そのままMPがほとんどゼロになる。

 使えるタイミングがないことはないだろうが……あまり、いいことにはならなさそうだ。


 ステータスが大幅強化されたのは間違いない。

 それに加えて、面白そうなスキルも増えた。

 今後動きやすくなったことは間違いないだろう。

 ……トレントが大きすぎて、フルサイズでいてもらうことがかなり困難にはなったが。


 ……あれ、〖最終進化者〗が見つからねぇぞ。

 見間違えかと思って、俺は三回見直した。

 ない、やっぱりない。


 な、なんでだ? ずっと前に食ってた知恵の実だかのせいなのか?

 伝説級に進化できるのか?

 いや、そんな馬鹿なことはあり得ない。

 トレントは神聖スキルもない。仮に進化しても、スライムみたいに身体が持たずに崩壊するはずだ。


『どうでございますか、主殿!』


『あ、ああ、ステータスはスゲー上がってるし、スキルも強そうなのが多い。今後、頼りにしてるぜ、トレント』


『本当ですか!』


 トレントがぱたぱたと翼を羽搏かせる。


『おうよ! ……そういや、〖人化の術〗があるみたいだな。ちょっとやってもらっていいか?』


 俺がそう伝えると、トレントよりアロの方が先に反応した。


「トレントさん、人間になるんですか? みたい、みたい!」


 なぜかアロが乗り気のご様子だ。

 興味津々といった調子で目を輝かせている。


『そ、そうですか。では、お待ちくだされ』


 トレントは少し勿体振ったように、コホンと息を吐いた。

 トレントの姿がぐにゃりと歪み、シルエットが大きく伸びる。

 緑の光の集まりだった身体に皮膚がついていく。


 そして出来上がったのは、無理やり人型にしたかのような木霊トレントだった。

 七頭身のペンギンみたいになっている。

 皮膚は樹皮のようでごつごつとしており、顔も木霊状態と変わらない。


「どうですかなアロ殿」


 トレントがチラリと、自信ありげにアロを見た。


 アロは、既に関心を失った目をしていた。

 アロがこんな残酷な表情をできるとは、俺は今日まで知らなかった。

 トレントの木霊状態は気に入っていたが、今の姿はなしだったらしい。


「ア、アロ殿……?」


「あっ、え、えっと……ご、ごめんなさい、トレントさん」


 アロはコメントを控えて顔を逸らした。


「そ、そうでございますか……」


 トレントは寂しげにアロを見つめていたが、救いを求めるように俺へと目を向けた。


「主殿! ど、どうでございましょうか!」


『うん、なんつうか、どっかの島で、アダムとイブに挟まれて出てきそうだな』


 まぁ、スキルレベルも低かったしこんなものだろう。

 俺も最初の頃はヤバイ魔物だと思われて半殺しの目に遭ったものだ。


 トレントはすぐに〖人化の術〗を解除して木霊の姿に戻り、俺達に背を向けていじけ始めた。


『……もう二度と使いませんぞ』


『わ、悪い、トレント……その、悪気はなかったんだ。げ、元気を出してくれ。スキルレベルを上げるまでは、こう、不気味の谷の住人みたいになっちまうんだよ、あのスキル』


 トレントは俺の言葉に反応を見せない。

 アロもどう言葉を掛けるべきかわからず、あわあわとしていた。

 つい完全に素の反応を見せてしまったのを後悔しているようだった。

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