第377話

 アルバン大鉱山には、坑道や魔物の巣穴らしき大量の洞穴が空いている。

 穴ボコの禿山にはなかなか荒々しいインパクトがあった。

 坑道の入り口から入り口へと繋ぐ橋や、面を削って作られた階段の様なものもあるが、かなり昔のものらしく、足場が破損しているところが多いようであった。


 まずは、アーデジア王国において俺の拠点地となる、アルバン大鉱山の生態調査を行わねばならない。

 ここでトレントさんに待機しておいてもらっても大丈夫なのかどうか、俺が〖人化の術〗でMPが尽きた状態でここに戻ってきても無事でいられるかどうか。

 それを知るために、アルバン大鉱山の魔物の上限を確かめておく必要がある。


 理由は、他にもある。


『メシ! メシ!』


 ……恐らくここから長丁場の俺の〖人化の術〗が続く前に、相方へと何か美味いものを喰わせて、機嫌を取っておきたかった。

 つーか、これが最大の理由でもある。


 つっても、相方さんよ。

 ここ、鉱山ってくらいだから、あんまし喰えて嬉しい魔物がいるとは思えんぞ。


『デモヨ、強イ魔物ガ出ルンダロ?』


 リリクシーラがそう言ってたな。

 まぁ、さすがに王都周辺なわけだし、鉱山に引きこもっているから外に出ないとはいえ、そうそう高ランクの魔物はいねぇと思うが……。


『ジャア美味イ魔物モインダロ?』


 論理飛躍が凄すぎて俺の思考では追いつけそうにないということがわかった。

 いや相方よ、その強い魔物は、美味い魔物に惹かれてここに居着いてるわけじゃないからな?

 んな思考回路で危険地帯に永住を決意するのはお前くらいだぞ。


 しばしアロ達を連れて鉱山を歩き回り、地面に開いた、大きな亀裂を発見した。

 俺はその地面の裂け目へと顔を覗き込ませる。

 穴の奥は、俺でも通れそうなほどの空間が広がっている様だった。

 〖気配感知〗で探ってみると、薄っすらと魔物の気配を感じ取れる。

 正体はわからねぇが、仄かに地中奥から光も見える。

 ふむ、俺が中に降りるなら、ここが最適か……。


 まぁ、美味はなくても珍味はあるだろうと信じたい。

 頼むぞ大鉱山、相方の舌を唸らせてやってくれ。


 内部はかなり角度のある斜面だが、歩けないことはなさそうだ。

 高さも申し分ない。

 俺が首を伸ばしても、天井に角が掠める程度で、頭を打ち付けないで済む。

 横幅も、ウロボロスが二体並んでもどうにか通れそうなくらいには広い。


 俺はアロ達に先行し、アルバン大鉱山の内部へと降りる。

 やや奥まで進んだところで、光の正体はすぐに分かった。

 巨大な洞穴内部の土の壁が、ところどころ硬質化・結晶化しており、仄かに青白い光を帯びているところもあった。


 外から見えた光の正体は発光する結晶塊だったらしい。

 俺の目は暗闇でもそれなりに見えるが、光はあるに越したことはない。

 それになかなか綺麗じゃないか。

 どれどれ、ちっと調べてみるか。


【〖ドラゴネス魔結晶:価値B-〗】

【高位のドラゴンの吐いた魔炎の熱が元となり、結成された魔結晶。】

【結晶に込められた魔炎の魔力が滲み出て青い光を漏らし、深い洞窟の底を照らし続ける。】

【高い耐火性能を誇る他、見た目が麗しいために高値で取引される。】


 B-か……なかなかだな。

 なんだよ、浅いところにある稀少金属や鉱石は取りつくされたみたいに言われてたが、あるところにはあるじゃねぇか。

 それとも最近できた裂け目だったりするんだろうか。

 これ掘り出して持って行けば、王都で金に困らずに済むかもしれねぇな。

 人にものを訊くにも、一番手っ取り早いのは金銭だろう。


 俺がドラゴネス魔結晶の輝きを見つめていると、何を思ったか、相方が壁へと牙を突き立てて、強引にドラゴネス魔結晶を壁から引き剥がした。

 何事かと俺が思っていると、相方はドラゴネス魔結晶を咥えたまま上へと顔を向け、強靭な牙でドラゴネス魔結晶を噛み砕く。

 ボリボリと噛み砕いてから、ペッと吐き出した。


『マジィ……』


 ……なぜ美味いと思ってしまったのか。

 どうすんだよ、せっかくの巨大な竜結晶がお前……。

 上手く行ったら高値で売れたかもしれねぇんだぞ。


『オ前ガ街デ美味イモン喰エテモ、オレハ嬉シクネェンダヨ』


 俺の適当な話で期待したのを根に持っているのか、相方がプイッと俺から目を逸らす。

 ま、まだ拗ねてる……アッパー決めた後に〖ハイレスト〗で治療してくれたからそんなに怒ってねぇんじゃねぇかと思ってたけど、結構普通に拗ねてる……。

 悪かったって相方、な? 後で土産話とか聞かせてやるから。


『話聞イテモ、オレガ喰エネェナラ意味ネェンダケド』


 あ、味見できる程度には買っといてやるよ。


「シィー! シィー!」


 ナイトメアが、俺の背後で牙を擦って音を出し、相方に同調して俺に抗議する。

 あ、あのヤロウ……!

 よくわかってねぇクセに、相方のポイント稼ごうと便乗しやがって!


 ……ただ、肝心の相方には、欠片も響いてねぇけどな。

 ナイトメアが必死にアピールしている間にも、相方は鼻をひくつかせながら周囲の匂いを探っている。

 ひょっとして相方が俺より〖気配感知〗に優れてんの、食への探究心の差じゃなかろうか。


『サビクセェ』


 ……やっぱ、この鉱山駄目なんじゃなかろうか。

 な、なぁ、相方、都市へ行ったら多少は俺も喰えるもん買って来るから、なんも見つかんなかったときの心構えも一応しといてくれよ? な?


『ア? ナンカ、ニンゲン臭クネ?』


 え?

 言われて俺は、一旦立ち止まって必死に鼻をスンスンと嗅いでみる。

 ここで採掘でも行ってる人間がまだまだいるなら、ここに拠点を置く計画も早々に破綻する。

 十秒ほど鼻をひくつかせ続けてみるが、土の匂いしかしなかった。サビ臭とやらもイマイチわからん。


『…………ハァ』


 相方は呆れた様に言い、首を左右に振る。

 な、なぜここまで同体別首で鼻の性能が違うのか。


 俺は必死に鼻をフンフンさせながら顎を地に着けて匂いを嗅ぐ。

 わ、わかんねぇ。そもそも人間臭いってどんな匂いだよ。俺、感じたことねぇぞ。

 あれか、本能の差で鼻に頼る頻度が足りないのか俺は。


 別の方向なのではと鼻を鳴らしながら首を後ろに回すと、口許に軽く握った手を当てて、声を殺して笑っているアロの姿があった。

 アロは俺と目が合うと、無言で佇まいを直して直立する。

 い、いや、誤魔化されねぇよ!?

 そんなに今の俺の姿、間抜けだったか。


 アロはあたふたしながら、傍らのトレントを指で示す。


「え、えっと……ト、トレントも、笑ってた……」


 俺はトレントへと目線を上げる。

 無情なるアロの密告に対し、トレントは静かにぐるりと顔を後ろに回し、冷静に最小限の動きで表情を隠した。


 ……もう、嗅覚の方は相方に投げることにしよう。

 慣れないことはやるもんじゃねぇな……ん?

 〖気配感知〗が、何か小さな魔物の存在を捉える。

 相方も気が付いたらしく、首を伸ばして爛々と目を光らせる。


 歪な地面を滑る様にして、通路の奥から何かが姿を見せる。

 それは人ほどの大きさのある、銀灰色の水溜りの様な姿をしていた。

 灰銀の水溜りに埋もれて、鋼製の人工臓器の様なものが、バクバクと鼓動を繰り返している。


 あ、明らかに喰いもんじゃねぇ!

 生物なのか、あれ!? 古代文明の機器とかじゃねぇの!?


【〖マギアタイト・ハート〗:B-ランクモンスター】

【長い年月を掛けて、強大な魔力を秘める魔金属〖マギアタイト〗が意思を得た姿。】

【通常のマギアタイトは地中深層部の強大な魔物の眠る魔脈に存在するため掘り起こすことが困難だが、意思を持っている〖マギアタイト・ハート〗が稀に発見される事がある。】

【自身の魔法で〖マギアタイト〗の融点を引き下げた上で高熱を発することで〖マギアタイト〗を液体化させて操っている。】

【とんでもなく高価ではあるものの超高温の身体から放たれる伸縮自在の高速攻撃は強力無比であり、狙って返り討ちに遭う冒険者が後を絶たない。】


 お、おお……なんか凄そう。

 レアモンスターだったか。

 B-なら、確かに人間個人の手ではどうにもならねぇな。

 勇者か聖女くらいならどうとでもなるだろうが。

 しかし、このクラスのモンスターがうろついてんのなら、ここもちょっと考えものか……。


 因みに、マギアタイトとはなんだ?


【〖マギアタイト:価値A〗】

【地中深層部の魔脈に発生する魔金属。】

【伝説の武器にも用いられている。】

【膨大な魔力を秘めているため、魔法具やゴーレムのエネルギー源としての利用価値も錬金術師達から示唆されているが、その稀少さから検証されていない。】


 お、おおおっ!

 価値Aなのかよ!

 アレ、アレ狩っていこうぜ!

 換金できりゃ、一日滞在するにゃ過ぎた大金が手に入るぞ。

 やべ、ちょっとワクワクしてきた。


【とある古代の小国にて、難病に伏せた王が道化師に渡された〖マギアタイト〗を口にして病気を治し、百二十歳まで生きたという伝承がある。】


 す、すげぇ!

 これ、マジでとんでもねぇ価値になるぞ。


【なお、伝承を信じて苦しんで死んだ愚かな権力者が過去に五人実在する。】


 ああ……はい。

 い、いや、今の逸話は忘れるとして……でもすげぇ価値があることには変わんねぇだろ、うん。


 燥ぐ俺の傍らで、相方が死んだ目でマギアタイト・ハートを眺めていた。


『マズソウ……』

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