第376話

 空に太陽が昇り始め、海の果てが朱に染まる。

 どういうわけか、このまっ平らな世界でも朝には日が昇り、夜には星が浮かぶ。

 少々移動を止めて陽の出を見守っていたが、俺の背に乗るトレントさんが太陽を眺めながら思慮深げに頷いていたのが何となく癪だったため、すぐに前を向き直して海を掻き分けて進む。


 国の上を極力避けるために大回りもあり、少々道には迷ったものの、夜通し飛び、旅路から一日足らずで目的地であるアーデジア王国近辺の海へと到達することができた。

 念には念を入れ、空は飛ばずにプカプカと海に浮かびながら、遥か先に見えるアーデジア王国の陸地を眺めている。

 俺の背にはアロにナイトメア、トレントさんが乗っている。


 目前には、海沿いに、木がなく土の露出した巨大な禿げ山が、三つほど連なっているのが見える。

 地図は俺もアロも文字がしっかりとは読めなかったが、事前にリリクシーラからある程度の解説は受けてルートにも数パターンの目星を付けていたため、アーデジア王国のある程度の位置関係は把握している。


 目前に広がるのは、アーデジア王国の三大迷宮の一つとして数えられる、アルバン大鉱山である。

 アルバン大鉱山はミスリル鉱山とも呼ばれており、魔銀ミスリルを含む複数種の希少鉱物を採取できるため、アルバン大鉱山はアーデジア王国が世界最大の大国となる要であったという。

 しかし国が発展しきった現在は、比較的安全な部分の開発は一通り完了しており、奥部に生息する魔物の危険性のため、よほど命知らずな冒険者でなければ立ち入らないらしい。


 元々、昔のアーデジア王国の始まりがアルバン大鉱山を保有する小国であったため、王都アルバンからもそう遠くない。

 名称が同じなのも、王都の地名から鉱山の名を取ったためだろう。

 王都に近く、人の立ち入らないここは、一日の大半をドラゴンの姿で過ごす必要のある俺にとっても、身を隠すのに都合がいいというのは、リリクシーラからの提案であった。


 奥部はちょっと洒落にならないくらい凶悪な魔物がいるらしいが、この鉱山でしか生きられないため、外に出る危険性はまずないらしい。

 出会ってもすぐ逃げられるだろうし、『貴方ならまず大丈夫でしょう』と、リリクシーラからも太鼓判を押されている。

 リリクシーラもアダム島のエルディアには素で驚いていたようなので、最高でもせいぜいアダム以下だろう。

 人間にとっては脅威なのかもしれないが、俺の敵になるとは思えない。


 リリクシーラがアーデジアへと来国するのに三日掛かるという話だった。

 こっちは移動に丸一日を費やしている。

 二日目である今日の間に、アルバン大鉱山でどうにか安全な待機場所を確保し、俺とアロ、〖猫又〗で〖人化の術〗のMP消耗が抑えられるナイトメアを引き連れて王都アルバンへと乗り込み、情報収集を行っておきたい。


 ……あれ、居残り組はトレントさんだけか?

 大丈夫なのか、それ?


 と、とにかく、それは追々考えるとしよう。

 まずは移動の疲れを、鉱山で癒させてもらう。

 俺も長時間の〖人化の術〗は使えないため、最短ルートで無駄なく王都アルバンへと向かいたい。

 そのスケジュールをしっかりと練る必要がある。


 三日目はリリクシーラの来国を確認次第、二日目で得た情報を元に、王城へと襲撃を掛け、王女に成りすましている魔王を討伐する。

 最悪俺が至らなくとも、正体を露呈させれば、リリクシーラが援護に出てくれる。

 相手が〖人化の術〗状態ならば、HPも攻撃力も防御力も半減する。

 魔王がその状態で俺を倒せるほど格上だとは思わねぇ。絶対に、正体を晒す必要がある。


 魔王の婉曲すぎるやり方からも、そこまで突出したステータスではないと仮定できる。

 魔王は、人間と表立って抗戦するなり、魔獣王や聖女を狙うなりといった手段は取っていない。

 それに引き換えて聖女は、既に魔獣王を従え、勇者を討伐してその力を継いだ俺を仲間に引き入れ、引きこもっている魔王の居場所を暴いて襲撃作戦まで立てている。


 俺にはざっくりとしたことしかわからねぇが、それでも魔王が、はっきりと後手にまわっていることはわかる。

 人間をチマチマと狩っているのは、そうせざるを得ないからだ。

 王国の乗っ取りと、やっていることは派手だが、同格相手と戦えない性格が窺える。

 本質的に臆病なのだろう。

 だからこそ、レベルが上げられず、効率厨ともいえる聖女の徹底した動きに対応できないでいる。


 俺、リリクシーラ、リリクシーラの手駒である魔獣王ベルゼバブの三段構えを、魔王が突破できるとは到底思えない。

 リリクシーラは、確実に勝ちに来ている。


 俺は周囲を警戒しつつ、鉱山付近へと上陸した。

 浜辺は、ところどころに黒い小さな砂山が生じていた。

 鉱物精製の後の残りカスが、適当にあっちこっちへと廃棄されていたようだ。


 俺はアロ達を降ろし、身体を振って鱗に纏わりつく海水を飛ばす。


 巨大な鉱山には、多くの穴ボコが見える。

 途切れた線路や、壊されたトロッコなんかも窺えるが、すべてが採掘用の人工坑道だとは思えねぇ。

 数が多すぎるし、俺でも通れる大穴も空いていた。

 ……とりあえずここで身体を休めて作戦を練って、居残り組が安全にいられる場所があるかどうかの確認を行わねぇとな。


『アト、飯モダゾ』


 相方が俺へと顔を近づける。


 えぇ……ここ、なんか喰えそうなもんってあんのかな?

 お前、海でもイカとか変な魚とか、いっぱい喰ってたじゃん。

 ちょっとくらい我慢してくれよ。


 ほら、王都に行ったら、美味いもんとかいっぱい食えるかもしれねぇぞ。

 人化中に満足するまで喰っても、ドラゴンに戻っちまったら腹は減るが、まぁ味は今までとは比べもんにならねぇだろうな。

 少なくとも、なんつーか、今までとは違った食の趣向とか楽しめるんじゃねぇかな?


 俺が面倒臭さに適当に返すと、相方が目を輝かせる。


『ジャ、ジャア、チットクライ我慢シテヤッテモ……』


 ……ああ、悪い。

 その、さすがに今回は、俺が人化で向かわせてもらうから……。

 後、俺、金とかないから、全然喰えねぇよ? ぶっちゃけ時間もねぇし……その、すまん、適当言ったわ。


 相方の目が輝く。

 〖支配者の魔眼〗だと判断した次の瞬間、前足が勝手に動き、俺の顎へとアッパーを放ち、牙が数本へし折れて血が舞った。

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