第598話

 その後もトレントのデスキャリー狩りは案外順調だった。

 空高く飛び上がり、トレントを落として〖木霊化〗を解除させ、〖メテオスタンプ〗でデスキャリーを狙う。

 それが終わったら、アロの〖ゲール〗と俺の〖次元爪〗で全力で牽制して、トレントを回収する。


 この手順で、合計三体のデスキャリーを仕留めることに成功した。


 俺は沼地から回収したトレントを引き上げ、空へと逃れる。

 最初は危うかったこの動きも段々と慣れてきた。

 デスキャリーを寄せ付けず、安定したトレントの回収ができている。


『……こ、今度こそ駄目かと思いました』


 トレントは俺の前足の先で、ガタガタと震えていた。

 ……や、やっぱし、怖いか。

 そりゃそうだよな。


 回収ついでにトレントのレベルを確認する。

 トレントは【Lv:71/85】から【Lv:78/85】へと上がっていた。


 も、もう七つも上がったのか!?

 デスキャリーはA級下位で、トレントより上のランクだ。

 それに今は〖魔王の恩恵〗の効果で取得経験値量が倍になっている。


 こ、これは、意外とあっさり最大レベルまで持っていけるかもしれねぇ。

 デスキャリーもまだまだ沼地に隠れていそうな雰囲気だ。


『トレント! 七つもレベル上がってるぞ!』


『ほっ、本当ですか主殿! よ、よし、じゃんじゃん私を落としてくだされ!』


 トレントが嬉しそうにぱたぱたと翼を羽搏かせる。


『行くぞ、トレントッ!』


 俺はトレントを沼地へと軽く投げる。

 またトレントは〖木霊化〗を解除させ、〖メテオスタンプ〗で落下していく。


 俺はすぐさま落ちていくトレントを追いかけて降下し、〖グラビティ〗でデスキャリー達の動きを封じた。


 向こうもこちらの手順はわかっている。

 馬鹿正直にトレントを落とすだけではそろそろ避けられかねない。

 

 また一体のデスキャリーに直撃した。

 デスキャリーは口から体液を吐き出し、沼地の表面に浮かんだ。

 トレントを喰い殺してやると集まってきたデスキャリーを、アロの〖ゲール〗が吹き飛ばした。


『うし、うし、この調子でまだまだレベルを上げるぞ!』


 俺が降下して沼地のギリギリまで近づき、トレントを前脚で回収しようとした、まさにそのときであった。

 トレントの周囲だけ沼の水位が上がったかと思えば、複数の泥水の柱が上がり、俺の後ろ脚の拘束を始めた。

 俺は脚を振るって崩したが、次々に泥水の柱が上がってくる。


 な、なんだこりゃ!

 デスキャリーのスキル〖クレイ〗か!?

 それにしても、手数と規模が大きすぎる。


 周囲からデスキャリーの群れが一斉に頭を見せた。

 に、二十体近くはいる。

 A級下位が、こんなに隠れていやがったのか!?


 俺がトレントを落として悠長に戦っている間に、気配を隠しながらこっそりと集まってきていたらしい。

 全員三つ目を見開き、殺気立った形相で俺を睨みつけている。


 相手も〖狂神〗が入っているとはいえ、最低限の思考能力はあるらしい。

 甘く見ていた。

 ワンパターンでだらだら長引かせて戦っていれば、そりゃ対策されるに決まっていた。


 で、でも、ぶっちゃけワンパでだらだら戦わねぇと、トレントのレベル上げられなかったし……。

 格上に安全にダメージを通す方法は、トレントには〖メテオスタンプ〗しかない。


『とにかく一旦、上に行かねぇと……!』


 デスキャリーが一斉に口を開いた。

 紫色の炎の球が、四方八方から放たれる。

 あれはデスキャリーのスキル、〖呪焔球〗だ。


 俺は〖ミラージュ〗を使って幻覚を見せ、それを囮に大きく横へと逃れた。

 脚に一発〖呪焔球〗を受けたが、これくらいなら安いもんだ。

 今更このくらいの攻撃なら、何発受けたってそこまで痛くはない。


 俺の幻影に釣られたデスキャリーは、見当外れな方向へと〖呪焔球〗の追撃を放った。

 よし、これでひとまずの難は脱した。

 ちょっと驚かされたが、二十体も出てきたのはありがたい。

 俺とアロがどうにか補佐を駆使して対応に慣れさせないようにして、トレントの愚直な〖メテオスタンプ〗をあの手この手で当てていくしかない。


 そう思って上空へと逃れようとした、そのときであった。

 沼地の中で何かが煌めいた。


 そう思った瞬間、沼の表面を貫いて何かが俺へと迫ってきた。

 デスキャリーなんかとは比べ物にならないほど速い。

 視認するまで全く何の気配もなく、デスキャリーの群団に意識が向いていたこともあり、完全に対応が遅れちまった。


 貫いて迫ってきたのは、赤紫色の人間のようであった。

 瞳は青白く輝いており、全身滑り気のある粘液に覆われており、とにかく気色悪かった。


 不気味なことに、そいつには両腕がなく、そして何より奇怪なことに、胴体が信じられないほど長かった。

 沼地からまっすぐに身体が伸びている。


 そいつは俺の胸部に張り付き、肉に喰らいついてきた。

 その瞬間、吐き気と眩暈に襲われた。

 俺の状態異常耐性を、貫通してきやがった……?


「ガァッ!」


 俺はトレントを掴んでいるのとは逆の前脚で払い除けた。

 そいつは宙で身体を撓らせ、豪速で俺の背後へと回り込もうとしてきやがった。


 俺は後方へ飛びながら腕を伸ばし、それは阻止する。

 爪に弾かれた不気味なそいつは、飛んできたとき以上の速度で沼地へと身体を戻していく。


 な、なんだったんだ、アレ……?

 デスキャリー以上のステータスを有しているのは間違いない。

 だが、あまりにも外見が奇怪すぎる。


「りゅ、竜神さま、今のは……?」


 アロが恐る恐ると俺へ尋ねる。


『わからねぇ……へ、蛇、なのか? 気をつけろ、次はアロを狙って飛び掛かってくるかもしれねぇ』


 俺は胸部の肉を前脚の爪で軽く抉って落とし、〖自己再生〗で回復した。

 アレに咬まれた周囲の肉が腐食していたのだ。

 今の俺相手にまともにダメージを叩き込んできた上に、状態異常まで通してきやがった。

 やってくれる。

 とんでもねえ猛毒と威力だ。


『……どうやら、この沼地の主さんらしい。急にデスキャリーが統率の取れた動きを見せやがったのも、恐らくはアイツの仕業だな』


 俺は考える。

 あんなのがいたんじゃ、トレントをぼんぼん沼に投げ込むのは危険過ぎる。

 あの赤紫の奴が、将である俺を理知的に狙ってきてくれて助かった。

 出てきたタイミングによっては、トレントがさっきの奴の餌食になっていてもおかしくなかった。


『もも、もしかして……中止……ですか?』


 トレントが不安げに俺を見上げる。

 この機を逃せば、しばらく進化できないと考えているのだろう。


 俺は首を振った。


『多少の危険は、受け入れねえとな。元より、俺達には時間がねぇんだ。このンガイの森で、効率的かつ、絶対の安全が保障される道があればいいが、そんな甘っちょろいところじゃねぇだろう』


『では……やるのですな!』


『ああ! あの不気味なヒョロヒョロをぶっ飛ばして、デスキャリー狩りを再開するぞ!』

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