第597話

 俺はこちらに頭を伸ばす二体のデスキャリーに背を向け、高度を上げた。


「ギヴァァァァッ!」


 デスキャリーが首を伸ばし、追い掛けてくる。


『主殿、逃げるのですか?』


 トレントが不思議そうに尋ねる。


『何を言っているんだ。トレントのためだぞ』


『む?』


 トレントは首を傾げ、じいっと俺を見る。

 それからぶるりと身体を震わせた。

 どうやら俺の意図を読むために〖念話〗を使ったようだった。


『そうだ、〖メテオスタンプ〗の威力を高めるためには高度を上げる必要がある』


『あ……はい』


 トレントが観念したように答える。

 俺はンガイの森を覆う巨大な木の、頭の方まで高度を上げた。

 デスキャリーはせいぜい全長七メートルほどであるため、ここまでは追いつけない。

 下の方から俺達を睨んでいた。


『行けっ! トレント!』


『はっ、はい!』


 トレントは空中から飛び跳ねると、宙で〖木霊化〗を解除してタイラント・ガーディアンの姿に戻った。

 続けて〖ファイアスフィア〗で自身の全身に炎を放ち、〖スタチュー〗によって鋼鉄化した。


 燃える巨大な金属塊と化したトレントが、デスキャリーへと落下していく。

 デスキャリーはまさかこんなことが起きるとは思っていなかったらしく、茫然とした様子でトレントを見上げていた。

 そりゃ、突然こんなもんが落ちてきたらそうなる。


 ダァンと音が響く。

 トレントが沼の表面と同時に、デスキャリーの片割れの頭部を破壊した音であった。

 〖メテオスタンプ〗が綺麗に炸裂したのだ。

 沼の泥が高く跳ねて、大きな柱の飛沫を上げた。


 直撃を受けたデスキャリーはぐったりと頭部を横に倒し、沼に浮かんでいた。

 だらんと舌が伸びている。

 絶命には至らなかったようだが、HPの大半を一気に削ることができたらしい。


 残った片割れのデスキャリーも、何が起きたかわからず呆然としていた。


 準備が面倒で使える機会が限られる分、普通にこの技威力が高いな。

 ちょっと高めから落としたのも威力の底上げを助けてくれたようだ。

 トレントにとってランク上のデスキャリーをほぼワンパンできるとは。


『あっ、主殿ー!』


 俺が感心していると、下からトレントの悲鳴が届いてきた。

 い、いかんいかん、トレントが沼地に埋もれたままだ。


 トレントが浮かび上がってきた。

 また〖木霊化〗のスキルで小さくなっている。


 沼地から更に追加で三体のデスキャリーが頭を覗かせた。

 さっきの〖メテオスタンプ〗の衝撃に何事かと驚いているようだ。

 四体のデスキャリーはすぐにトレントを見つけ、一斉にトレントを睨みつけた。


『主殿ォーッ!!』


 さっきよりも必死にトレントが〖念話〗を放った。

 俺は大急ぎで沼地へと降下した。

 このままではトレントが喰われちまう。


「〖暗闇万華鏡〗!」


 俺の背で、アロが黒い光に包まれる。

 彼女の輪郭が朧気になり、三体の姿に分かれた。


「〖ゲール〗!」


 三体のアロが一斉に〖ゲール〗を放った。

 三つの竜巻が合わさり、巨大な暴風となって沼地を荒らした。


 泥水が飛び交う。

 デスキャリー達の身体が暴風に跳ね上げられた。


『よくやったアロ!』


 この隙にトレントを回収する!

 俺は沼地まで降り立ち、前脚でトレントを捕まえ、再び高度を上げた。


『トレント! すげぇダメージ入ってたぞ!』


 デスキャリーは防御力も最大HPもそう高くない。

 トレントの〖メテオスタンプ〗一発で充分重傷に追い込むことができる。

 これならサクサクとトレントのレベルを上げることもできるはずだ。


『つ、ついに、私も進化できますか……?』


『……進化はわからねぇけど、うん、レベルは上げられるはずだ!』


 ……レベル上げは終盤が一気にキツくなるのだ。

 中盤レベル帯でも伸び悩んでいたトレントが、ここで一気に進化まで持っていけるかは怪しい。というか、多分今回だけではさすがに無理だ。

 下手に希望を持たせるわけにはいかない。


『そ、そうですか……。進化したら、アトラナート殿とアロ殿を超えられますかな……?』


『……お前、そんな野心があったのか』


 ま、まぁ、気持ちはわからんでもない。

 アトラナートもアロも何かと要領がいい。

 アトラナートはあっさりA-ランクに乗っちまったし、アロは格上狩り性能を活かしてA+ランクになった。

 トレントは常にアトラナートとアロに対して、微妙に遅れ続けている。


 俺は背へとちらりと目をやる。

 アロがジトっとした目でトレントを睨んでいた。


『と、さっき私が重傷を負わせた個体はどこですかな? 回復される前に止めを刺してしまいたいです。それにどうやら、止めを刺せば多めに経験値が配分されるようでしたからな』


 トレントが身体を捩り、沼の方を確認する。

 この前のケサランパサランとの戦いのとき、アロが弱らせた相手に〖熱光線〗で止めを刺したことがあったな。

 どうやらあの際に味をしめたらしい。


「あ……」


 アロがそう言葉を漏らした。


『どうした、アロ……あ』


 俺も気づいた。

 トレントが弱らせたデスキャリーは〖暗闇万華鏡〗による三重〖ゲール〗に巻き込まれ、既に死んでいるようだった。

 微かに頭の一部が沼表面に浮いているが、明らかにもう命がなかった。


「ご、ごめんなさい、トレントさん……本当に、わざとじゃないの」

「そ、そう! 狙ってやったわけじゃないの! 距離があったし、細かい制御ができなくって……」


 二人のアロがトレントへと謝った。


「えっと……当てたらまずかったの? 倒しておいた方がいいかなって……だ、駄目だった?」


 一人のアロが、そんなことを口走った。

 別の二人のアロが、白い目でその一人を見ていた。


 失言をしたアロは、残り二人のアロに取り押さえられ、黒い光へと戻ってアロ本体へと帰っていった。

 ……〖暗闇万華鏡〗の分身って、微妙に本体と思考がズレているのか?


「ご、ごめんなさい、トレントさん」


 残り二人のアロが、ぺこぺこと謝った。


『あ、主殿! もう一度、もう一度私を落としてください! 今度こそ一発で仕留めてみせますぞ!』


 ……そ、そう急がなくても。

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