第185話
俺は玉兎を頭に乗せ、〖気配感知〗で辺りを調べながら先へ先へと進む。
赤蟻の巣の中は相変わらず暗かったが、玉兎が〖灯火〗のスキルで火の玉をみっつ飛ばしてくれているので、灯りはそれで充分だ。
……火の玉がたまにデコを掠めるのだが、まぁ、それは仕方がないか。
にしても、真っ赤な壁だ。
進めば進むほど不安を煽られる。
この壁、あの赤蟻が〖クレイ〗で作った特別製なんだったか。
軽く爪で小突いてみるが、罅ひとつ入らない。
簡単に崩れられたら、そっちの方が困るんだけどな。
しかし、一向に赤蟻の姿が見えないのはどういうことなのか。
入り口に二体いたんだし、中はもっとうじゃうじゃしてると思っていたんだが……。
赤蟻と出くわさないまま、通路が三手に分かれているところに辿り着いた。
結構入り組んだ造りになっているようだ。
これひょっとして、俺達をどこかに誘導してその隙に別の通路から赤蟻が脱出しようとしてんのか?
戦うことを放棄しているから姿を見せない、みたいな。
実際この先も道が分かれているんだったら、地の利のある赤蟻達が俺から逃げるのは容易だろう。
出口が数カ所用意されている可能性もある。
一瞬、俺、玉兎、アドフで別の通路に向かって『また生きて必ず会おう!』みたいな熱い展開を妄想したのだが、さすがにないな。
今ここで戦力を分散させるメリットはない。
俺は右の通路へと首を突っ込んで中を見る。
視界の範囲には何も見えないし、特に物音も聞こえない。
俺はぐっと喉に魔力を込める。
首を伸ばして口先をすぼめ、ふぅーっと軽く魔力を吹く。
〖ホイッスル〗のスキルである。
ぴゅぅーぴぃっ。
静かな赤い通路を、間の抜けた音が響き渡った。
耳を澄ましてみると、反響する口笛の音に混じり、わずかに足音がしたような気がした。
気のせいだったのかどうか、判断に迷うところだ。
まぁ、どっちみち効果はさほど期待していない。
成功したらいいな、程度のものだ。
こんなことで悩んでいても仕方がないし、さっさと進むとするか。
【通常スキル〖ホイッスル〗のLvが1から2へと上がりました。】
……これ上がっても、大していいことなさそうなんだけどな。
えっと、ひょっとして音の届く距離伸びたりするのか?
ちょっとありがたいような、どうでもいいような。
口笛が上達したら、暇潰しや一発芸にはなるかもしれねぇけど……俺に必要かっていわれると、う~む……。
「その道から行くのか?」
アドフが声を掛けてくる。
俺はアドフを振り返り、首を横に振って道を引き返した。
それから真ん中の通路にも首を突っ込み、最後に左の通路にも首を突っ込んだ。
真ん中も左も右の通路同様、気配や音は特にない。
さて、じゃあ左から行ってみますかな。
「グァッ」
俺はアドフを振り返って声を掛けてから、左の通路を進む。
俺の身体がすっぽりと入ったところで、アドフが後を追ってくる。
どうして左の通路を選んだのか、そのことに特に理由はない。
ただ、あの〖ホイッスル〗で赤蟻が俺が右の通路から来るものだと誤解してくれれば、向こうの思惑を崩すことができるのではないかと考えただけだ。
俺としても、あまり意味があったとは思っていない。まじない程度のものだ。
上手く行ったらこの通路から赤蟻達が逃げてくるのでは……と考えていたのだが、まったくそんな気配はない。
ミスったか、一旦戻るべきか……と考えていたら、また三つに分かれた通路に出た。
どれだけ広いんだよ赤蟻の巣。
毎回毎回あれやるのも面倒臭いし、ここはそのまま進ませてもらおう。
〖気配感知〗を保ちながら進むが、段々と苛々してきた。
なんでこうももぬけの殻なんだ。あの引き返した赤蟻はどこに向かったんだ。
進んでいると、背後から何かの気配がした。
巣の中心部近くまで誘い込まれていたパターンか。
だとすると、来るな。
俺の予想通り、前方からも複数の蟻の気配を感じ取った。
逃げるのではなく、どうやら俺を物量で押し潰すつもりらしい。
こっちにとっても好都合だ。一網打尽にして、すぐにレベル最大まで持っていってやる。
……もっとも、どの程度赤蟻が弱ってくれているかにもよるがな。
この狭い通路だ。
図体のデカい俺は動きにくいが……しかし、同時に飛びかかれる赤蟻の数も通路の狭さのせいで限られてくる。
この通路の幅がプラスに働くかマイナスに働くかは、単純にはわからない。
「クチャッ!」「クチャッ!」
「クチャ!」「クチャ!」「クチャァッ!」
赤蟻の鳴き声、足音が近づいてくる。
かなり数が多い。
俺としてはレベルが最大まで上がったらとっとと退却したいところなんだが……簡単に逃げられそうにもないな。
まともに挟み撃ちをくらうよりも、片方の側に飛びかかって崩してやった方がいいか。
……あれ、妙なところから〖気配感知〗が引っ掛かる?
〖気配感知〗が反応したのは、壁の向こう側だ。
不審に思い、俺は壁に目を向けて「グゥォオッ!」と吠えてみた。
赤い壁がどろりと剥がれ、壁の裏側から大量の赤蟻が現れた。
赤蟻達はどうやらここで迎え討つつもりで、〖クレイ〗で壁を作り変えて壁の中に潜んでいたらしい。
それと同時に、通路の前後からも赤蟻の大群が押し寄せてくる。
やられた。
一瞬にして、周囲を完全に赤蟻に囲まれた。
「クチャッ!」「クチャァ!」
やっぱりコイツら、ただ本能で動いているわけじゃねぇ。
明確な指令役がいるんだ。そうでなければ、これは考えられない。
この数……相手は毒で弱っているとはいえ、さすがにキツイか?
いや、弱気になってどうする。
弱気になっていいのは、撤退できる選択肢があるときだけだ。
今悲観的になったってどうしようもねぇ。
「グゥォォォォオッッ!」
いいさ、何体だって同時に掛かってきやがれ!
全部叩き伏せて経験値に変えてやるよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます