第186話

 ざっと周囲を見回しただけで、八十体以上の赤蟻がいることがわかった。

 総戦力すぎるだろ、赤蟻さんよ。


 俺がすうっと息を吸うと、アドフがさっと俺の足許へと転がり込んできた。

 よく察してくれた。

 アドフが素早く動いてくれなければ、先制攻撃に失敗していた。


 俺は首、身体を捻りながら〖灼熱の息〗を吐き散らして全方向へと炎を放った。

 赤蟻達は引くどころか、むしろ俺の炎を合図にしたように飛び込んでくる。


「クチャッ!」「クチャ!」「クチャァッ!」


 俺は爪、尻尾、翼をフルに使いながら応戦する。

 赤蟻の動きは毒のせいか遅いので、対応は充分に可能である。

 可能であるが、なかなか厳しい。


 赤蟻は元より、〖自己再生〗のスキルがあるため他のCランクモンスターに比べてタフである。

 一度爪で地面に叩き付けてやっても、また起き上がって噛みついてくる……なんてことは少なくない。

 一体一体へ、確実に仕留めきるほど意識を割くわけにもいかない。

 爪、尻尾、翼、ひとつでも気を抜けば手痛い攻撃をもらうことになる。

 それが、無限に押し寄せてくる。


 ダメージをくらった赤蟻はすっと下がり、素早く後ろで控えている赤蟻と交代する。

 その間に、下がった赤蟻が〖自己再生〗で回復する。

 おかげでこれだけの数を相手にしていながらも、なかなか赤蟻にトドメを刺すことができない。


「クチャァッ!」


 ガブリ、ついに赤蟻に腕を噛みつかれる。

 一撃重いのを入れてやったから退くかと思っていた赤蟻が、そのまま噛みついてきやがった。

 俺の意識が逸れたのを見抜き、的確に隙を突いてきやがった。


 ここから崩してやるといわんがばかりに、赤蟻が一気に猛攻を仕掛けてくる。


「グゥォオオッ!」


 赤蟻がくらいついている腕をそのまま振り乱しながら、〖灼熱の息〗を周囲に撒き散らす。

 腕ごと赤蟻を地面に叩き付けると、ようやく一体仕留めることができた。これは先が長そうだ。


【経験値を360得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を360得ました。】


 ……経験値溜まってから逃げ切れなかったら、巣穴の中で進化も視野内だな。


 アドフは、俺の足許に立って大剣で赤蟻を斬ってくれている。

 牽制メインで動き、上手く赤蟻を引きつけ、俺へと同時に攻撃して来る赤蟻の数を減らしている。

 結構ありがたい。

 ……ただし常に死角に立ってもらっているため、首を捻りながらブレス攻撃を放ったり、大きく動いたりするとき、アドフを巻き添えにしないかちょっと気掛かりだったりもするのだが。


「……身体、失礼する」


 アドフは俺の尾を登り、そこから肩へと飛んで移動し、俺のミスを補うように赤蟻の俺への攻撃を防いでくれた。

 おおう、すまねぇ。助かった。


 俺はそのまま、アドフが弾いた赤蟻を鉤爪で串刺しにし、壁へと叩き付ける。


【経験値を403得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を403得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが63から64へと上がりました。】


 うし、Lvが上がった。

 ちょっと厳しいが、この調子ならLv10くらい一気にどかんと上げられそうだ。


「ぺふっ!」

『前! 前向キ直シテ!』


 玉兎の〖念話〗を聞き、素早く前へと向き直る。

 飛びかかってくる赤蟻を殴り落とす。

 追撃して倒し切ろうとしたのだが、また左右から赤蟻が飛び掛かってくるためそちらへと意識を移す。

 左右の赤蟻へと翼を打ち付けて遠くへと飛ばしたところで前へとまた意識を向ければ、さっき俺が殴り落とした赤蟻はすでにおらず、また新しい赤蟻が俺に飛びかかってくるところだった。

 ここが地獄か。


 甘かった。

 毒で弱らせてやったくらいじゃ、この物量差は押し返せない。


 一瞬、赤蟻達のラッシュが止んだ。

 俺は一秒余裕ができただけでほっとして、気が緩んでしまった。

 次の瞬間、赤蟻達がタイミングを合わせ、四方八方から同時に飛びかかってくる。


 俺は背中をアドフに完全に預け、前方から来る赤蟻に向けて〖鎌鼬〗を連打した。

 それから一歩前に出て、止めきれなかった赤蟻に向けて鉤爪で宙を引っ掻きまくる。


 なんとか前方から来る難を凌いだ後、素早く後ろを振り返る。

 アドフが後方部の赤蟻すべてに対処できたとは思えない。


 案の定、漏れた赤蟻が俺へと飛び掛かってくるところだった。

 五体いる。

 とりあえずダメージよりも遠ざけることを優先し、打ち上げるように斜め上方向に〖ドラゴンパンチ〗を連打する。

 残った一体に向け、頭突きをぶちかます。


「クチャッ!」「クチャアッ!」「クチャッ!」


 赤蟻達が鳴く。

 俺の足許の床が溶け、俺の足を呑み込んだ。

 タイミングを合わせての一斉攻撃と、〖クレイ〗による通路の変化、二段構えの攻撃だったのだ。


 足に思いっきり力を入れて引き抜こうとしたのだが、なかなか上手く行かない。

 当然、この隙を逃してくれる赤蟻達ではなかった。

 またわらわらと俺へ集ってくる。


「クチャァッ!」「クチャァツ!」


 赤蟻が、また鳴いた。

 今度は天井が変形し、赤い針となって俺へと伸びてくる。

 クソッ、なんて芸達者な奴らだ。


 下は粘土が俺の足を封じ、上からは土の針。

 そして俺へと向かってくる赤蟻の大群。

 普通にヤバイ。

 足を取られたのが最悪だった。

 こ、これ、詰んだんじゃね……?


「……悪いが、俺の親族のこと、イルシアへの仇討ちのこと、頼む。アイツは、生かしておいてはいけない男だ」


 アドフはそう言って、赤蟻の大群へと突っ込んでいった。

 そうして赤蟻を掻き分け、赤蟻の攻撃を大剣で受け流しながら強引にぐいぐいと進んでいく。


 な、なんだ?

 逃げる気か?

 いやでも、こんなとこ無理矢理突っ切れるもんじゃない。

 途中で絶対にリンチくらって終わりだぞ。


 アドフは大剣で進行方向にいた赤蟻へと斬り掛かる。

 だがそれより先に、アドフの死角にいた赤蟻がアドフにタックルをかまして地面に押し倒す。

 アドフは受け身を取って立ち上がるが、周囲の赤蟻はアドフを睨みながら構えている。


「〖デコイ〗」


 アドフが呪文を唱えると、今まさに俺へ飛びかかろうとしていた赤蟻が、急に足を止めた。

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