第373話

 俺は巨大樹の太い枝を蹴り、更に高い枝へと飛び移る。

 俺が先程まで立っていた枝が、極太の熱光線に晒され、炎を巻き上げて炭化し、焼け落ちる。

 少し遅ければ、あれに巻き込まれていた。


 俺が後ろ目で確認していると、今枝を焼き払った熱の塊が、照準を上げて俺へと追ってくる。

 下では巨大樹が次々に燃え上がり、幾つもの枝が焼け落ちていった。

 俺は続けて足場を後ろ足で蹴り上げ、更に上へと向かう。


『後ロン確認ハ、オレニ任セトケ! オ前ハ前見テロ!』


 相方から思念が送られてくる。

 わ、わかった。任せるぞ、相方よ。


 やはり、エルディアは強すぎる。

 現代最強の竜の称号を持つエルディアは、やはりはっきりと規格外であった。

 下手したら、世界最強でもおかしくない。


 倒すなら、エルディアが交戦状態に入る前に、不意打ちで畳み掛けるべきであった。

 リリクシーラにはそれを行うだけの胆が据わっていたのかもしれないが、残念ながら俺にはなかった。


 エルディアは、罅割れた鱗の裂け目から血を流している。

 翼も壊れたままだ。

 身体の損壊率は高い。〖飛行〗は疎か、あれではまともに移動もできないだろう。


 エルディアには〖自己再生〗を行う余裕がないのだ。

 重力系の三段階目の魔法〖グラビリオン〗による重傷でまともに身体が動かせない今、攻撃を止めて回復に気を回せば、俺かリリクシーラの反撃を受ける恐れがあると考えているのだろう。


 向こうとて、追い込まれていることには間違いない。

 しかし目は、しっかりと宙を舞う俺やリリクシーラを捕捉している。


 一度、〖ドラゴフレア〗による破壊音が止まった。

 MPが、尽きたのか? それとも、距離を置かせたので〖自己再生〗に掛かるつもりなのか……。


『途切レタダケダ! 再充填シテンゾ!』


 お、おう……。

 あまり想定したくないパターンだったが、好機ではある。

 今の内にアロ達を回収できる。


 俺は速度を引き上げてアロ達のいる枝へと移動する。

 アロが俺の降ろした頭へと登り、ナイトメアは俺の背へと糸を吐きつけて移動する。

 どうすればいいか分からずオロオロしているトレントさんを前足でがっちりと掴み、枝を蹴って巨大樹から離れた。


 リリクシーラの方も、付き人のアルヒスと共に聖竜セラピムの背に乗り、俺の方へと移動してくる。


「このまま、逃げましょう。向こうとて、負傷の身。無理には追っては来ないはずです。あの出鱈目に近い攻撃も、私達を寄せ付けないためでしょう。MPをかなりすり減らしています。今、無暗に動きたくはないはずです」


 リリクシーラが声を張り上げ、俺へと呼び掛けて来る。

 俺は頷くことでそれに応える。


 エルディアを倒し切るのには、今が好機ではある。

 エルディアは序盤戦、〖ドラゴフレア〗を使わなかった。

 俺がいたからなのか、巨大樹への配慮かはわからねぇが、慢心、油断があったことに間違いはないだろう。


 だからこそどうにか近接戦から始めることができ、リリクシーラの支援もあってまともな攻撃を当てることに成功し、そこへ強力な〖グラビリオン〗の追撃が決まった。

 〖ドラゴフレア〗も、身体が動かない隙だらけの状態で俺達から距離を取るために乱発し、MPを大幅にすり減らしている。


 しかし、次からは最初から計画的に〖ドラゴフレア〗を使って来るはずだ。

 おまけに、リリクシーラの〖グラビリオン〗も、警戒されていたら当てるのはかなり難しい。


 とはいえ、今はアロ達がいる。

 エルディアは、今の彼女達の攻撃でどうにかなる規模の相手ではない。

 アロの土魔法も、ナイトメアの糸も、トレントの重力魔法も、エルディアには攻撃になり得るかどうかも怪しい。

 飛び回るエルディアを捕捉できないだろうし、当たってもあの巨体と頑丈さ、圧倒的なパワーの前には何ら意味がない。

 向こうも明らかに最初から眼中になかったようだが、何かの拍子に巻き込まれてもおかしくはなかった。


 それに……言ってられねぇことだとはわかっているが、心情的にも、エルディアとは極力戦いたくはなかった。

 エルディアは魔王の事を知れば、今すぐにでも飛び出して魔王の下へ向かい、人間を殺して回るだろう。

 そんな化け物を放置していられねぇということは、わかっているつもりだ。


 だが、しかし、このまま魔王が育ちきって表舞台に出る前に俺が倒してしまえば、エルディアはまたこの島でゆっくりと隠居生活を続けてくれるのかもしれねぇ。

 いずれ〖神の声〗がエルディアへと余計な事を知らせるのかもしれねぇが、どうやら魔王が誕生してからも何らエルディアへのコンタクトを掛けては来ていないようだ。

 まだしばらく、エルディアが知るまで猶予がある。


 そういう、甘い考えが俺の中にあった。

 それはエルディアにとって、残酷なことかもしれねぇが。


 俺は飛びながら、頻繁に背後を振り返っていた。

 断崖絶壁の水平線を背景に、巨大な樹が天へと黒雲を巻き上げる不気味な島、暫定命名アダム島が、どんどんと遠ざかっていく。

 あの根元で、エルディアはまだ蹲っているのだろうか。


「ど、どういうことだ忌まわしきウロボロスめ! あの、化け物と、どうやら顔見しりであったようではないか! 聖女様、本当にこんな奴が信用できるのですか!」


 護衛と見せかけて対エルディア戦では口をあんぐりと開けてリリクシーラの横で突っ立っていただけのアルヒスさんが、セラピムの上でがなり立てる。

 セラピムもどこか面倒臭そうにアルヒスを尻目で睨んでいた。


「少し、失礼が過ぎますよアルヒス」


 リリクシーラの温和な表情が消え、無表情でアルヒスを睨む。

 アルヒスが腰の剣へと当てていた手を降ろして身を退くと、リリクシーラが元の表情を戻して頷いた。


「も、申し訳ござません、聖女様」


「あらあら、私に謝っても仕方がないでしょう。アルヒスはおかしな子ですね」


 やや毒のある言い方にアルヒスの肩が震え、俺へと深く頭を下げる。

 お、おう……いや、別に、慣れてるからいいんだけどさ。


「ただ、あの竜王とどういった関係がおありなのかと、竜王について知っていることがあれば、私に話してもらえますか?」


 た、ただの隣人ならぬ隣竜だ。

 無理に揉める必要もなかったから戦いは避けていた。

 人嫌いの数百年単位の引きこもりドラゴンだから、こっちを敵視してたとしても、それだけの理由でわざわざ後を追ってくることはねぇよ。


 リリクシーラは、しばし俺の目をじっと覗き込みながら口許に指を当てて思案していたようであった。

 う、嘘は吐いてねぇが……自分寄りに話したのが、勘付かれたか?


 俺は〖念話〗で余計な思考を探られねぇよう、別の事を考えることにした。

 頭の中で、大量の玉兎を転がして並べ、ただそれを積み上げることだけに意識を専念する。

 白く広大な世界に、大中小様々な玉兎が大量に散らばる中、空の果てまで届きそうな玉兎タワーが建設されていく。

 頭の中で、夥しい数の『ぺふっ?』が響く。


「そうなのですね。この島の事は伝承で知っていましたが……まさか、あれほどの魔物がいるとは思いもしておりませんでした。私もまだまだ見識が狭いですね」


 リリクシーラは一瞬怪訝そうに顔を顰めたが、すぐに表情を崩して笑った。

 こ、効果、あったか。

 よし、次からは対念話スキルとしてこの手を使おう。

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