第245話

 俺は〖気配感知〗のスキルを巡らせ、一人、一人、三人の三グループの動きを把握する。

 最初はこっちに向かってきているのは一グループのみのようだったが、すぐに単独の二人もこちらへと進路を変更した。

 単独の二人は、離れたところにいるのに同時に俺に気付いたような素振りだった。妙な動きだ。


 何らかの連絡手段を持っている可能性が高い。

 〖気配感知〗に、遠距離でも使える〖念話〗系のスキルか?


 ふと頭に竜神の巫女のヒビのことが思い当たった。

 確かヒビも気配を消したアビスの居場所を戦闘役に伝えたりしていたし、〖念話〗で俺に声を掛けたりもしていた。

 ひょっとしてヒビなのか?


 俺が気配の方へと首を傾けてじっとしていると、アロも俺を見ながらおろおろし始めた。

 俺の様子を見て、何かが近づいてくるということを間接的に知ったのだろう。


 んでも、何かが近づいてくるってだけでここまで慌てるようなものだろうか。

 今のアロは人に見つかったらまずいから人間を警戒するのは当たり前といえば当たり前なのかもしれねぇけど、それだけとは思えねぇ。やっぱりアロは、この場所のことを知ってるんじゃなかろうか。


 生前の記憶がどれだけあるのかは俺にはわからねぇが、この辺りに来てからずっと何かを警戒しているような気がする。

 ヒビも、マンティコアがこっち側に逃げ込んだのならば放っておいていいと言っていた。

 この付近にリトヴェアル族の知る何かがあると見て間違いねぇだろう。


 とりあえずアロを隠して様子見だな。

 万が一相手が敵対のつもりだろうが、人間五人程度に後れを取るつもりはねぇ。

 砂でも掛けて逃げればいい。


 俺は口を開け、アロを見た。

 アロは動きを止め、俺の意図を測りかねてか首を傾ける。

 それから俺の『アロを口に隠していいか?』という意図を読み取ったらしく、動きが止まった。

 アロはちょっと考えた後、こくりと頷いた。


 ……表情には出てねぇけど、若干嫌がってそうだな。

 悪い、アロ。


「アァッ! アァッ!」


 相方が大口を開け、こっちでもいいぞとばかりに声を上げる。

 俺は素早くアロを口に含み、彼女を保護することにした。

 相方は何かの拍子にアロを丸呑みしかねねぇ。


 アロの肉土が唾液で濡れて崩れ、俺の口内に貼りつくのがわかる。

 腐葉土のような匂いが口から鼻へと回ってくる。……やっぱし、アンデッドだもんなぁ。

 ひょっとしたらアロが嫌がったのはこれが理由だったのかもしれねぇ。

 本人もコンプレックスになってそうだし。


 なるべく口内を意識から外しながら〖気配感知〗を再開する。

 大分近づいてきている。

 三組は俺を三方向から挟み、タイミングを合わせるためか一度動きを止めてから一気に走ってきた。


 ……これ、友好的じゃねぇ可能性が高くなったな。


 とりあえずアロを見られないよう、口開けねぇように戦わねぇとな。

 〖気配感知〗に引っ掛かってる可能性が怖いが、アンデッドのアロは気配が独特だから、人間だとは思われねぇだろう。

 ランクもDだし、姿さえ見られなければ誤魔化しが利く。


 シュッと風を切る音が聞こえた。

 俺は尾を振るい、背後から飛んできた矢を叩き落とす。

 それからちらりと振り返る。

 大した攻撃力はねぇが、矢じりに黒い液体が塗られている。毒だ。


【〖モルズの毒(改):価値C+〗】

【〖モルズ〗の持つ毒に、数種の毒草の煮汁を加えたもの。】

【森に住む民族が好んで狩りに用いる。】


 ……森に住む民族、か。

 これって、つまり……。


 考えている間に、別の方向からも矢が放たれる。

 悪いが、ちょっと大層な毒を塗ってようが、この程度のもんは俺の体表には刺さらねぇ。

 動きも遅すぎる。


 俺は身体を翻し、弾き落とす。


「ガァァァァァッ!」


 相方が〖咆哮〗を上げた。

 牽制や挑発目的ではなく、単に急な襲撃に対して機嫌を悪くして吠えたようだった。


 前方から、槍を持った半裸の男が二人現れる。

 衣服の素材、柄はリトヴェアル族の恰好と同じに思える。


 槍を構えながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 目には憎々し気な感情が映っている。


 くそっ、なんでだ。

 なんでこいつら、俺に武器を……。


「戻れ! 姿を確かめるのが目的だと言っただろう!」


 二人の後ろの方から声が聞こえ、そちらへ目を向ける。

 大きな杖を持った女がいた。

 ヒビではないが、竜神の巫女に似た衣装を身に纏っている。


 恐らく、あの女が〖気配感知〗と遠距離〖念話〗持ちだ。

 あれ? 〖念話〗を使えるんだとしたら、なんで今声を出して……。


 女は、俺へと杖を向ける。


「ユシ、ア、ラフ」


 女は目を閉じ、そう唱える。

 次の瞬間、強烈な光が周囲一帯に広がった。


「グォオッ!」

「ガァァアアッ!」


 くっそ、頭にまで響いてきやがる。


 女をまともに注視していた俺は、まともに目潰しをくらうことになってしまった。

 あいつ、声出して気を引きやがったのか。


 ゴンッ、ゴンッと相方が頭を地面に打ち付ける音が聞こえる。

 完全に初見殺し専門技だが、地味に強烈な威力してやがる。


【耐性スキル〖強光耐性:Lv1〗を得ました。】

【耐性スキル〖混乱耐性〗のLvが1から2へと上がりました。】


 ……これまたピンポイントなスキルを。

 できればもう経験したくねぇところだな。


 目を細めながら周囲を見回す。

 〖気配感知〗を使ってみると、どうやらあの五人は逃げたようだ。

 追うのは容易いだろうが、そんな気にはなれねぇ。


 問題なのは、なんで竜神信仰をしてたリトヴェアル族が急にこの近くで会ったら俺を襲って来たのかってことだ。

 何か俺に見られたらまずいものでもあるのか?

 いや、にしては俺の様子を確認するのが目的だったようだ。

 ……ん? あいつら、俺を見たことがなかったってことか?

 確かにさっきの顔触れは、あまり俺の記憶にはない。

 それに逃げるとき、リトヴェアル族の集落とは反対方向に走っていった。


 信仰対象であるはずの竜神への攻撃。

 ヒビの、あっちの方向ならマンティコアが行っても大丈夫だという発言。


 まさか集落が二つに分かれてんのか。

 おまけにお互いバケモノ押し付けたり、信仰対象に毒矢撃ち込んで逃げたり、明らかに敵対してやがる。


 ど、どうすりゃいいんだ。

 知らなかったとはいえ、人里にバケモノ追い込んじまった。

 そりゃあいつらも腹立たし気に俺を睨んでいたはずだ。

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