第601話

『トレント、お前をアポピスへとぶん投げる。〖スタチュー〗状態なら、一気にアポピスの許まで突っ込めるはずだ。お前がアポピスを倒すんだ』


『しょしょっ、正気ですか主殿!?』


 トレントがぱたぱたと翼をはためかせる。

 俺は大きく頷いた。


『当然、俺とアロも後に続く。仕留めきれなくても、落ちてきたトレントに意識が向いて、連中はパニックになってくれるはずだ。そこを一気に叩かせてもらう』


『で、ですが……』


『確かに安全な策じゃねぇ。だが、ここでお前がアポピスを倒せれば、一気に最大レベルまで持っていけるはずだ。俺達は、あんまりこの森でのんびりしてるわけにはいかねぇんだ』


 アポピスはA級上位、通常、打点の低いトレントでは絶対に手の届かない相手だ。

 だが、今回は違う。

 アポピスは攻撃・速度に特化した典型的なアタッカータイプだ。

 それも素早さが極端に高い優秀なステータスの代わりに、耐久力が犠牲になっている。

 今の弱ったアポピスなら、トレントの一撃で止めを刺せるかもしれない。

 こんな絶好のチャンスはなかなかない。

 ここは勝負に出るべき場面なのだ。


『主殿……わ、わかりましたぞ! やり遂げてご覧に入れましょう!』


 トレントは俺の背から遥か下、沼地に立つアポピスの〖人面舌〗を見つめながら、そう言い切った。


『よし、トレント! やるぞ!』


 俺は高度を上げながら、沼地へと数発〖鎌鼬〗を放った。

 敢えてアポピスやデスキャリーへの直撃は狙わず、沼への攻撃に留めた。

 相手の陣形を崩して、トレントへの対応を遅らせることが狙いであった。

 下手に攻撃を当てて警戒が強まればチャンスを失いかねないため、わざと外したのだ。

 アポピスが〖人面舌〗を引っ込めて完全に逃げに徹すれば、この作戦は使えなくなってしまう。


『解除してくれ、トレント!』


 俺はトレントを前脚で掴み、空中へと軽く投げた。


『はい!』


 トレントが〖木霊化〗を解除する。

 空中でタイラント・ガーディアンの姿に戻った。

 俺はタイラント・ガーディアンの枝を両前脚で掴んだ。


『行くぞ、トレント!』


 俺は〖グラビティ〗を使った。

 俺を中心に黒い光が走り、俺とトレントは一気に沼地へと急降下した。


『む……むむむ……うおおおおおおおおおお!』


 トレントが悲鳴とも掛け声ともわからない声を上げる。

 その落下の最中に、俺はトレントを真下へと投擲した。

 〖グラビティ〗で落下加速度を増した上で、全力でぶん投げて更に加速させた。


 何せ、アポピスの意表を突ける速度で、かつ沼を貫通して致死ダメージを叩き込める威力を出さなければならないのだ。

 アポピスの耐久力はA級上位としては貧弱だが、B級上位で耐久型のトレントにとっては、相手が弱っているとしても容易に削り切れる値ではない。


 トレントは一直線に豪速で落下していった。

 想定よりも速かった。

 トレントの〖スタチュー〗が間に合うのかどうか、俺もちょっと怖かったくらいだった。


 沼地への落下中にトレントが金属化したのを目にして、俺は安堵した。

 寄ってきたデスキャリーを跳ね飛ばし、放たれた〖呪焔玉〗を弾いていく。

 アポピスの〖人面舌〗は茫然とトレントを見上げていたが、すぐにその金属塊の姿に押し潰されることになった。


 一瞬の出来事だった。

 轟音が鳴り響いたかと思えば、沼がトレントの〖メテオスタンプ〗に抉られて大きな穴を作っていた。

 沼が荒れ、衝撃波が広がる。

 デスキャリー達は荒波に揉まれ、沼にその姿を隠していく。


 沼に開いた大穴にすぐさま泥が流れ込み、閉じていった。


「ト、トレントさん、生きてる……?」


 アロが不安げに呟いた。

 俺は穴のあったところを見つめながら、すぐにトレントを追い掛けて飛んだ。


 ……だ、大丈夫か、これ?

気合い入れて加速を付けすぎたかもしれねぇ。

 〖スタチュー〗の防御性能がどの程度のものなのか、俺には何ともいえない。

 何ともいえないので、ここまで力を掛けてぶん投げるべきではなかった。


 トレントが全然沼から浮かんでこねぇ……。

 いや、大丈夫なはずだ。

 これでトレントに仮に……その、万が一のことがあれば、俺に経験値が入ってきているはずだ。

 多分この状況だと、トレントを倒したのは俺扱いになっちまう。


【経験値を12350得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を12350得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが125から128へと上がりました。】


 び、びっくりした……。

 一瞬、マジでトレントかと思って、身体中に冷たいものが走った。

 これは今ので命を落とした、アポピスの経験値のはずだ。

 トレントのランクとレベルから考えると、高すぎる。


 アポピスにしては大分少ないが、恐らく俺とトレントが協力して倒した扱いになったために経験値の配分が発生したのだろう。

 トレントは無事だ。

 そして、アポピスも討伐することに成功したようだ。


 ……これ、アポピスとトレントの経験値の合算だったりしねぇよな?


『主殿―! 主殿―! 息が、息ができませぬ!』


 沼に近づくと、底から〖念話〗が聞こえてきた。

 俺はそれを聞いて安堵した。


 よ、よかった……生きているんだな、トレント。


 そのとき、沼からデスキャリーの群れが頭部を見せた。

 俺達を狙っている。


「〖ゲール〗!」


 〖暗闇万華鏡〗で三人になっていたアロが、デスキャリーに〖ゲール〗を飛ばして牽制してくれた。


『悪い、アロ、このまま突っ込むぞ!』


 俺はそう言うと息を止め、沼の中へと飛び込んだ。

 そのまま沼の中を一直線に降りた。


 前脚に、硬いものが触れた。

 俺は微かに目を開ける。

 これは……よくは見えねぇが、トレントの頭か?


 トレントは、沼底に身体の大部分をすっぽりと埋めていた。

 こ、ここまでめり込んでいたのか……。


 俺は掴んで引き抜き、そのまま外へと飛び上がって沼地を脱した。

 ある程度上まで来たところで、ようやくトレントが〖スタチュー〗を解除した。


『死を覚悟しましたぞ……。沼中で減速する上に、下の地面も柔らかいので、それを考慮した投擲だったのですな。事前に言ってくだされ、主殿……』


『わ、悪い……こんなに速度が出るとは思っていなかった。正直、俺のミスだ。まず大丈夫だとは思ったが、ちょっとヒヤッとした』


『考えなしの結果だったのですか……?』


 トレントが冷たい目で俺を見上げる。


『よ、よくやった、トレント! 無事にアポピスを倒せたみたいだぜ!』


 まだトレントの目線は少し冷たい。

 俺はトレントのステータスをチェックした。

 トレントは【Lv:78/85】から【Lv:83/85】へと上がっていた。

 進化目前でレベルを五つも上げられたのは大きい。

 あと二つレベルを上げれば、進化まで持っていける。


『レベル最大まですぐそこだ! 残ったデスキャリーを狩っていけば、すぐに到達できるはずだ! 進化できるぞ!』


『本当ですか、主殿!』


 トレントが幹を張って喜ぶ。


「それでいいの、トレントさん……?」


 アロがそう呟いた。

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