第201話

「クチャッ!」

「クチャッ!」


 自陣の先頭と、敵陣の先頭の赤蟻が衝突する。

 後続も一気に前線へとぶつかっていき、本格的な争いが始まる。


 ヤベェ、予想していたことではあるが、やっぱり敵と味方の区別がつかねぇ。

 概ねこっち側にいるのが味方だってことはわかるが、ちょっと立ち位置が変わったらそれだけで感覚が狂っちまいそうだ。

 特に絡み合っている赤蟻を見ると、一瞬どっちがどっちかわからなくなる。


 前に立った味方を攻撃しかねないし、背後に立った敵へ隙を見せかねない。

 玉兎に念話で区別してもらう手はあるはあるが、乱戦中にそんな悠長なことはしてられねぇ。

 一瞬の判断ミスが命取りになりかねない。


 しかし手を休ませているわけにもいかない。

 今、敵の赤蟻の数は三十体を超えたところだ。

 まだまだ巣穴から出てきそうな勢いである。


 こちらの赤蟻の総数は三十体、おまけに反対側に回りこんでいる五体の赤蟻はまだ姿を見せない。

 俺抜きで考えれば、戦力差ではこちらの赤蟻が大きく下回っている。


 俺が手を出さなければ、自軍の赤蟻が全滅することは目に見えている。

 自軍の赤蟻に全滅されては、この巣を落とす算段、経験値を得る手段がなくなってしまう。


 とても俺単体で赤蟻の巣を滅ぼせるとは思えない。

 大ムカデが赤蟻の大群に集られているビジョンが脳裏に浮かんだ。。


 毒団子作戦に出て赤蟻の弱体化を狙っても、効果が出る頃にはニーナの死刑が終わっているだろう。


 それに女王蟻との和解案の果てとしてではあるが、今はこの赤蟻達とは協力関係にある。

 俺の判断ミスで無駄死にさせることは避けたい。


 一瞬迷った末、俺は戦線から引くことにした。

 最前線では敵全体を見回すことはできない。

 回り込まれて気付けないこともあるだろう。

 ここは広すぎる。


 一歩引いたところから、落ち着くまで援護に徹しよう。

 戦線の全体を落ち着いて確認することができる位置にいれば、敵と味方を間違えることもないだろう。

 ちょっと判断に迷ったからといって致命傷を受ける心配もない。


 〖ハイレスト〗で赤蟻の回復を行えば有利に戦うことができるし、余裕があるときに〖鎌鼬〗で敵の赤蟻を攻撃すれば経験値をいくらか掠め取れるはずだ。

 一回に入る取得経験値はそこまで多くないだろうが、片っ端から敵の赤蟻へ鎌鼬をぶつけてやればいい。


「グォッ!」


 左側の方の戦況を把握しておいてくれよ相方。


「グァッ?」


 ……任せて、大丈夫なんだよな?


 それから俺は最前線の後ろを駆け回りながら、様子を伺うことにした。


 やっぱり数の差で、こちらの方が押され気味のようだ。

 しかし、どの赤蟻も目前の敵に集中している。

 少し離れた位置にまで下がっている俺に対しては、あまり警戒を払っていない。


「クチャッ!」


 敵の赤蟻が、自軍の赤蟻へと飛び掛かってくる。

 自軍の赤蟻は〖クレイガン〗で応戦する。

 敵の赤蟻は頭部に石礫をもらって蹲るが、一体目の陰から二体目の赤蟻が飛び出してきた。


 俺は自軍の赤蟻の狭間から、飛び出した敵へと〖鎌鼬〗を撃ち込んだ。

 俺が攻撃した赤蟻はすでに手負いだったらしく、鎌鼬が当たると数メートルほど転がり、動かなくなった。


【経験値を126得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を126得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが15から21へと上がりました。】


 これはこれで効率いいかもしれんな。

 やっぱり初期はレベルの上がりがいい。

 この調子で低レベル帯を脱せれば、俺一体でも赤蟻の巣と戦えそうな気もする。

 味を占めた俺は、〖飛行〗で戦場を飛び回り、上空から〖鎌鼬〗を撃っていく。


 俺は〖鎌鼬〗を撃つのに専念し、相方には〖ハイレスト〗で味方の援護を行うのに集中してもらった。

 〖ステータス閲覧〗でHPの危ない味方を見つければ駆け寄って回復を行い、HPの減っている敵を見つけては〖鎌鼬〗でトドメを刺す。



【経験値を112得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を112得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが21から23へと上がりました。】



【経験値を117得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を117得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが23から25へと上がりました。】


 どんどん経験値が溜まっていく。

 ひとつひとつは低くとも、塵も積もれば山となる。


 いいとこどりではあるが、赤蟻には〖自己再生〗スキルがある。

 倒し切る前に下がられ、回復されるケースが主である。

 痺れを切らし、下手に深追いすれば寄って集ってボコボコである。


 そこを、俺の〖鎌鼬〗で確実にトドメを刺すのだ。

 〖クレイガン〗では少々決定打と速度に欠ける。


 〖ハイレスト〗が間に合っているためこちらの赤蟻に被害は少ないが、向こうの赤蟻はいくらでも巣から湧いてくるため、まだ数も拮抗している。

 だが、この調子ならいつか向こうが尽きるはずだ。


 味方の赤蟻も余裕があるときは自身のMP消費を抑え、俺が来るのを下がって待っている。

 俺のMPは膨大だが、赤蟻のMPは〖クレイガン〗と〖自己再生〗をちょっと乱用すればすぐになくなってしまう。

 長期戦が予想される以上、自軍の赤蟻のMPはなるべく減らしたくない。


 駆け回って戦闘を続けている内、二十体以上の赤蟻にトドメを刺した。

 〖鎌鼬〗のスキルレベルが3から5へ、〖ハイレスト〗のスキルレベルが4から6へと上がった。

 俺自身のレベルも25から41にまでぐんと上がった。


 予想以上の成果だ。

 向こうの赤蟻の巣で暴れていれば、ここまでの経験値は得られなかっただろう。


 ただ、俺のMPが少し厳しくなってきた。

 一回〖ハイレスト〗を使ってはMP自動回復待ち、の状態が先ほどから続いている。

 自軍の赤蟻達は俺からのサポートの頻度が下がったため、攻めづらくなっているようだ。


 敵の赤蟻はまだ出て来る。

 五十体はもう倒したはずなのに、途切れ途切れながらに次から次へと湧いてくる。

 このペースで増え続けられるとちょっと厳しい。

 〖ハイレスト〗と〖鎌鼬〗が使い辛くなってきた以上、俺が前線に出た方がいいかもしれない。


 と、そう思ったとき、敵の赤蟻の巣付近の地中から、五体の赤蟻が飛び出した。

 敵の赤蟻達が驚いているので、恐らく反対側に回り込んでいた自軍の赤蟻だろう。

 穴を掘って隠れながら進み、出て来るタイミングを見計らっていたらしい。


 赤蟻達は素早く敵の巣の中に飛び込んでいく。

 敵の赤蟻がその後を追おうとするが、遅い。


「「「「「クチャッ!」」」」」


 巣の入り口で、五体の赤蟻が同時に鳴いた。

 巣の入り口が崩れ、五体の赤蟻を覆い潰す。敵の赤蟻も、何体かがその巻き添えになって沈んでいく。


 反対側に回り込んでたのは、特攻部隊だったのか……。


「クチャッ!」「クチャァッ!」


 味方の赤蟻達は、相手の巣の入り口が崩壊するのを見て喜んでいる。

 赤蟻は、仲間の生死には無頓着らしい。

 あくまでも女王の手足だと、そういう認識なのかもしれない。

 巣に毒団子を送り込んで壊滅寸前に追い込んだ俺がいうのもなんだが、ちょっと複雑な心境だ。


 これで有利になったことには違いないが、潰したのは入り口だけだ。

 赤蟻には〖穴を掘る〗スキルもあるし、すぐに新たな出口を掘って出て来るだろう。

 だが、これでしばらくは加勢が来ないはずだ。

 今いる敵を確実に殲滅することができる。


 ひょっとしたら他にも出口を作っているのかもしれないが、少なくともここからはそれは見えない。

 こちらまで来るには時間がかかるだろう。

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