第424話 side:サーマル

 赤眼と仮面蜘蛛、ミリアの後を追う。

 不意打ちの〖ダークスフィア〗で時間は稼がれたが、元々のステータス差に開きがあるため、この程度の差は簡単に追いつける。

 すぐに彼女達の背が見えて来ていた。


 受けたダメージも、走りながらの〖自己再生〗で間に合う。

 もっとも、焦って回復するほどの損傷でさえないが。


 しかし人に化けているため、赤眼が元々何の系列の魔物なのか、特定できないのが辛い。

 人間ではないはずだ。

 イルシアが連れて来た戦力であるし、雰囲気も気を付けてみれば、少し妖しい。

 これは魔物の魔力の性質だ。


 オレは速度を上げ、彼女達を跳び越えて着地し、振り返る。


「残念だったな。その程度の足で、オレを振り切れると思っていたのか?」


 ミリアを背負う仮面蜘蛛が、即座に九十度向きを変え、別の通路へと走っていく。

 赤眼は時間を稼ぐため、オレへと向かって来る。


「足止めと別れる、か。赤眼、お前がいないと、仮面蜘蛛が単体でオレとぶつかったときに対抗できないんだから、悪手だと思うがね」


 もっともそれは、そうしなければならない程に、現状の選択肢が狭い、ということだろうが。

 だが、わかっていてなお、オレは相手の選択を否定し、揺さぶりを掛ける。


 しかし赤眼の顔には、戸惑いや焦燥は生じなかった。

 迷いがない。大した奴だ、この状況で揺るがないくらいには、胆が据わっている。

 動揺を表に出さないよう隠すくらいのことは定石だが、これは演技ではない。

 ここまで動じていないのは予想外だった。


「〖クレイ〗!」


 赤眼が叫び、俺へと白い手を翳す。

 魔力の燐光が土へと変わる。

 土は、赤眼を模した、ニメートル程はある、本人をそのまま拡大した様な土の像を生み出した。


 ただの土魔法ではない。

 クレイで生み出した土を、他のスキルで動かしている。


 土の像はまるで生き物の様に動き、オレへと襲いかかってくる。

 ばかりか、少女はオレから間合いを取りつつ、目を瞑り、呼吸を整える。

 魔力を練っている。土の像ごと大技をぶっ放すつもりだ。


 土の巨人は囮。本命は、二発目の魔法でのダメージ稼ぎ。

 特異な魔法を高精度で操る上に、インターバルも短い。

 次の瞬間にはもう撃ってくるだろう。


「が、甘いんだよ!」


 俺は腕を撓らせる。

 〖触手鞭〗のスキルだ。

 撓った腕の粘体が伸び、土人形を容易に粉砕する。

 更に、奥に立つ赤眼さえも攻撃する。


 土人形を跨いだために威力は減衰したが、それでも赤眼にとっては強烈なダメージとなったようだった。

 赤眼の肩に直撃し、肉が削がれる――が、抉れた肉の下からは、一切の血が流れない。


 やはり、魔物……しかし、なんだ、こいつの身体は?

 人を模しているにしても、肉が抉れても体液が出ないのは、かなり特異なタイプだ。

 オレ達スライムでさえ液体が舞う。

 正体は、厚い甲殻に覆われている系統の魔物か?


 だが、関係ない。

 オレは赤眼が攻撃を受けた衝撃に後退し、咄嗟に体勢を整えたときには、既に目前に立っていた。

 赤眼は、魔法を放とうと、腕を上げかけているところだった。


「あ……」


 赤眼の口から絶望が漏れる。


「甘いんだよ。その程度のステータスで、オレから逃げ切ろうなんてさ」


 赤眼の攻撃は、オレにとっては決定打にはならない。

 おまけに速度が全然違う。これでは対処の仕様があるまい。


「ま、よく保った方だ。〖スリーピス〗!」


 オレは赤眼へ指を突き付ける。

 青い光が広がり、赤眼を覆った。

 強烈な睡魔を生じさせる魔法だ。


 ここでは殺さない。赤眼は、魔王様の餌になってもらう。

 伝説級への進化を控える魔王様は、とにかく経験値がほしい。

 手頃で、経験値がそれなりに見込める魔物だ。できることなら捕まえておきたい。


 赤眼は一瞬きょとんとした後に、すぐさま腕をオレへと向けた。

 〖スリーピス〗が、不発した。

 魔術師タイプだから、抵抗されたか?

 いや、それにしても、意識が遠退く様子さえなかった。

 ゴーレムに近い魔物か……?


「〖ゲール〗!」


 赤眼の手の先から、暴力的なまでの風の渦が生じる。

 オレはその場で蹲り、耐える。思いっきり風魔法を放ってきやがった。


 オレは後退させられる。

 まだまだ平気だが、重ねてダメージを受けることになるとは思わなかった。

 ステータスこそ低いが、スキルの扱いにかなり長けている。

 Bランク下位の高レベルか、上位の低レベルだとは思っていたが、これは後者の方だ。

 俺の経験と知識が教えてくれる。


 魔王の加護なしに、オレと完全同ランク……。

 魔王の加護には、進化の可能性を増やす力があるという。

 それを以てしても、オレはBランク上位止まりだった。

 ローグハイルにも舐められており、魔王様もオレ達の実力不足を嘆いていることもあり、オレの最大のコンプレックスだった。


 必ずとはいわないが、仮に目前の赤眼が魔王の部下だったならば、ローグハイルクラスまで進化したかもしれない。

 オレより、遥かに高いポテンシャルを秘めている。


「……そう考えると、ムカつくなぁ」


 俺は顔を上げ、赤眼を睨む。


「膝も突かない、なんて」


 赤眼の顔に、困惑の色が差す。

 今更力量差を感じ取ったか。


「逃げるだけじゃなくて、オレを倒し切ることも視野に入れていたのか? 大した考えだが、そいつは夢見がちが過ぎる。よりによってレベル上の、それも体力と回復性能の高い傾向にあるスライム相手にな。お前は、もうちょっと力をつけてからオレの前に立つべきだった」


 前に出ようとしたとき、〖ゲール〗で床に散らばっていた〖クレイ〗の土が、無数の人の腕を模してオレの足に絡みついていた。

 足を上げるが、簡単には外れない。

 足の関節部や細い部位に何重にも重ねて巻き付き、指を絡めてくるため、力が入れ辛い。


「なるほど面白いスキルと策だったが、オレはスライムなんでね‥…」


 固体化を緩めれば、簡単に土の腕を抜けることができる。

 こんなもの、時間稼ぎにもなりはしない。


「〖ダークスフィア〗!」


 僅かに稼いだ隙を利用しようとしてか、続けて魔法を放ってくる。

 だが、この程度、大した隙にもならない。

 真正面から撃って来られた魔法など、今からでもいくらでも回避できる。


 オレは構えて〖ダークスフィア〗への警戒をする。

 螺旋状の軌道を描きながら、漆黒の球体が俺へと飛来、しなかった。

 〖ダークスフィア〗は不規則な動きを取る中で、宙へと上がり、そのまま天井へとぶつかった。

 天井に亀裂が走り、瓦礫が落下してくる。


「うっ!」


 最初から、これが狙いか。

 土の腕で地面へと注意を引きつけ、一度ぶつけた〖ダークスフィア〗で正面攻撃を意識付け、本命は〖ダークスフィア〗の不規則な読みづらい動きを利用しての、ギリギリまで意図を伏せての瓦礫攻撃!

 互いのステータスを無視した、舞台を用いた質量攻撃は、確かに実力差を覆すのにはベストな戦術だ。


 瓦礫が、オレへと落下してくる。

 オレは腕を巨大化させ、両腕で瓦礫を防ぎ、そのまま向きを逸らして横へと落とした。

 形状が自在なオレ達スライムは、それによって受ける衝撃を殺して受け流せるのが利点の一つだ。

 そしてそれは、状況次第ではこの手の攻撃にもっぱら有効だ。


「惜しかったな。オレがスライムじゃなきゃ、多少はマシなダメージを与えられただろう。お前が低レベルで本当によかったよ。さて、万策は尽きたか?」


 瓦礫を床へと受け流し切ったオレが赤眼へと目を向けると、赤眼は重力を無視した様な動きで跳び上がり、そのまま一つ上の階層へと移った。


「は……?」


 上の階層から、ミリアを背負う仮面蜘蛛がこちらを覗き、カタカタと小ばかにしたように仮面を震わせた。

 赤眼は仮面蜘蛛と共に駆けて逃げていく。


 なぜオレの揺さぶりに一切動じなかったのか、遅れて理解する。

 あいつらは二手に分かれたが、恐らくすぐに合流するつもりだったのだ。

 別れた後に、仮面蜘蛛の糸を用いてどこかで引き上げてもらう算段が既にあったから、オレの挑発を見当外れと切り捨てることができたのか。


「ちょこまかと、舐めた真似をしてくれる……」


 オレは腕を伸ばし、一階層上の天井を掴んで上がり、階層を移動した。

 逃走していく音を拾い、奴らの位置に当たりをつける。

 頭の中で城内の地図を引き出し、相手のルートを絞る。


「無駄だ。こっちは速さの差だけではなく、地の利の差がある。お前達が走り回ることに、引き伸ばし以外の意味はない。本気で逃げ切れると思っているのなら、考えが甘すぎる」

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