第425話 side:サーマル
逃げる赤眼の少女と、ミリアを背負う仮面蜘蛛を追う。
城内の地図は頭に入っているため、地の利を活かし、相手のルートを絞る様に追い詰めていく。
こちらの誘導に気が付いているのか、時折妙な動きをしてこちらの意図を外そうとして来る。
しかし、向こうが城内の間取りを知っているわけもなく、出鱈目に動くだけのため、むしろそれは裏目に出ている。
一瞬、わざとこちらを誘導しているのではないかという予感が頭を過ぎるが、そんなはずはない。
奴らはここへ初めて来る。
仲間とスキルによって交信を行っている可能性もあるが、イルシアはローグハイルとの交戦中だ。
ヴォルクとマギアタイト・ハートは、メフィストと戦っている。
後は考えられるのは聖女一派だが、わざわざオレの処分のために潜伏を解くとは考えづらい。
オレの意図を外そうとしての悪足掻きだ。
それ以外には考えられない。
そう長くない時間の内に、オレは再び彼女達へと追い付いた。
通路の奥には個室へ続く扉があるだけで、それ以上の道はない。
袋小路だ。
「残念だったな。そろそろ諦めろ、お前達が逃げ切るのは不可能だ。オレを引き付けて死ぬのが目的なら、充分に役目を果たせたといえるだろうが」
時間を与えれば、窓から逃げるか、天井や床を破って逃げようとするだろう。
その間を与えず、ここで仕留めきるのが理想。
オレの身体能力ならば、容易にそれができる。
オレが距離を詰めると、赤眼が前に出て仮面蜘蛛を庇う。
「〖クレイ〗!」
土の塊がオレ目掛けて放たれる。
土での攻撃は第一手目に過ぎない。
また特異スキルで土を操るのが目的だ。
「諦めろ、お前の攻撃パターンは、もう読めてるんだよ」
オレは背を屈めて速度を上げ、土の塊を回避する。
そのまま即座に接近する。
間合いに入った。ここまで来れば、速さの差を覆せない。
赤眼の顔に手を置く。
「これで終わりだ、〖ポイズンタッチ〗!」
手応えあった。
殺したかもしれないが、仕方ない。
確実に動けなくする方が先決だった。
この赤眼は、オレが思っていた以上に危険な奴だった。
だが、赤眼は、即座に身体を起こす。
ダメージが、まるで通っていない。
「は、はぁ!?」
そんな馬鹿な、レベルとステータスは大きく開いているはずだ。
ふと、至近距離から放った〖スリーピス〗の完全不発が頭を過ぎる。
考えられるのは、状態異常の完全耐性。
「アンデッド……! 血の出ない身体は、レヴァナの作る仮初めの身体か!」
一度、レヴァナ系統のアンデッドは目にしたことがある。
もっとも、オレが見たのはグズグズの土みたいな身体をしていたが、レヴァナでもリッチクラスになれば、本物の人間以上に美しい肉体を手にすることもできるだろう。
隙の代償は、重い一撃だった。
完全に勝った気でいたオレへと、仮初めの肉体でグロテスクに象られた、凶爪の伸びる巨大な腕が振るわれる。
爪がオレの腹部を、左側から抉った。
「ふざけ、やがって……!」
この程度、大したダメージではない。
だが、完全耐性持ちアンデッドというのは予想外だった。
状態異常を主体として戦うオレのスキルの大半が死ぬ。
使えるのは〖触手鞭〗程度だ。
「これで、今度こそくたばりやがれ!」
オレは腕を撓らせ、勢いよく振り下ろす。
〖触手鞭〗の一閃を、しかし赤眼は信じられないくらい滑らかな動きで後退して回避した。
床に叩きつけた〖触手鞭〗は、床に大きな亀裂を入れ、辺りを揺るがした。
今の赤眼の動きは、背後に控える仮面蜘蛛の糸だ。
あれで赤眼を自分の傍へと引き戻したのだ。
「ちょこまかと、小細工ばかりしやがって……」
オレはすぐさま追撃に出ようと、腕を振り上げる。
狙いさえつけておけば、この距離でも〖触手鞭〗は当たる。
「〖亡者の霧〗!」
狭い通路を、灰色に濁った霧が覆い尽す。
また小細工か。
オレは苛立ちながら腕を振り降ろす。
気配は捕まえたつもりだったが、距離があったせいか、当たらない。
この視界で中距離攻撃は当て辛い、か。
オレは目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。
この濃霧の中でも、音を拾うことはできる。
逃がしはしない。
何かが歩く音がして、オレは横薙ぎに〖触手鞭〗を放った。
見事に命中し、少女の質量が砕け散る。
一瞬勝利を確信するが、すぐにそれがただの土人形を動かしただけのフェイクであることに気が付いた。
紛らわしい時間稼ぎばかりやってくれる。
「いい加減に、諦めろよ!」
オレは縦に、横に〖触手鞭〗を続けて放つ。
壁や床を破壊していくが、一向に手応えがない。
苛立っている中、今度こそ物音を捉えた。
目を向ければ、確かに蜘蛛と、赤眼のアンデッドが、オレの作った亀裂へと飛び降りる陰が見えた。
濃霧に紛れ、下の階層へと逃げるつもりだ。
他の気配は辺りにない。今度こそ、奴らが本体に違いない。
下の階層に行けば、この霧も晴れる。
奴のMPも、そう長くは持つまい。
霧を張り直すというのなら、それでも構わない。
魔力を消耗し続け、どんどんとジリ貧に陥っていくがいい。
オレも続いて亀裂へと飛び込む。
下階層にも多少は霧が流れているものの、ほとんどない。
通常の視界と差異はない。
オレは落下しながら赤眼や仮面蜘蛛、ミリアの姿を探すが、しかし見つからない。
なんだ、またフェイクか?
しかし、そんなはずは……。
ふと、足に何かが引っかかった。
仮面蜘蛛の糸だ。
オレは宙で、頭が下に、足が上にぐるりと回る。
「ぐっ……!」
糸自体にさして力がなくとも、宙で身動きが取れないときには大きな効果を発揮する。
オレは身体を曲げて糸を断つが、しかし身体は逆向きになったままだった。
そのとき、視界に赤眼達が映った。
赤眼と仮面蜘蛛、ミリアは、天井に張り付いていた。
恐らく、仮面蜘蛛の糸を用いているのだろう。
「……〖クレイ〗、〖クレイ〗、〖クレイ〗」
赤眼は土魔法を重ね掛けし、手の先に大きな土の球を作っていた。
しかし、あんなに大きくしたところで、あの土の塊をどうするつもりなのか。
オレがそう考えていると、赤眼が手を離した。
巨大な土球は、円軌道を描きながらオレ目掛けて突っ込んでくる。
光の加減で、土の塊の先に、何か、糸が付いているのがわかった。
仮面蜘蛛の糸で、振り子の要領でオレにぶち当てる気だ。
宙で体勢を崩したままのオレへと、重力に従った土球が突進してくる。
こいつら、スキルの扱いもそうだが、この城内の地形を活かしきって動いている。
「ク、クソッ、このっ!」
〖触手鞭〗を振るい、土球に付着する糸を断つ。
だが、放り出された土球は止まらない。
軌道が逸れることもなく、重力によって加速を得た土球が、オレの身体目掛けて向かって来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます