第127話

 大ナメクジの周辺は今、ネバネバとした液体に包まれている。

 アレ、一体なんなんだ? なんかの技なら、俺に掛けてくるのが定石だと思うんだが。

 マキビシのつもりか?

 真っ直ぐ俺が飛び掛かって来たら、ゴキブリホイホイよろしくあのネバネバで俺を捕まえ、その隙に攻撃を仕掛ける狙いなんじゃねぇだろうか。


 もっとも威力をセーブした〖灼熱の息〗で、充分突破可能だと思うが。

 あんなもん一瞬で蒸発させてやれるぜ。


 俺は当初の予定通り、大ナメクジへと飛び掛かる。 

 大ナメクジは頭を地面へと向けると、花を掻き分けてそのまま地中へと潜っていった。

 〖穴を掘る〗のスキル持ってやがったな。


 逃げてくれるんなら結構だが、あんなヌメヌメの身体をしといて、砂漠で生きていけるとも思えん。

 奴がここを手放すことはあり得ない。一旦俺から距離を置こうとしているだけだろう。

 穴の中に頭突っ込んでブレス攻撃で火炙りにしてやんよ。

 そんまま墓穴にしてやるぜ。


 穴に近づいたとき、敵が見えないのなら……と感度を弱めていた〖気配感知〗が急に反応を始めた。

 ひとつやふたつじゃねぇ。

 一体一体はさほどでもないが、数が多い。

 なんだ、さっきまでこんなのなかったはずだぞ。


【特性スキル〖気配感知〗のLvが2から3へと上がりました。】


 スキルレベルが上がると、気配がより具体的に感じられた。

 大ナメクジのばら撒いた、ネバネバの液体を注視する。

 ぐらりと視界が揺らぎ、奴がばら撒いた液体の中に丸いものがいくつも散らばっているのが見えてきた。

 球体の大きさは、俺と初めて会ったときの玉兎程度、つまりはソフトボールサイズだ。


 〖蜃気楼〗で見えづらくしていたらしい。

 大掛かりにやれば〖気配感知〗で見抜かれると判断し、細かい部分に細工して来るようになりやがったな。


 つっても……これ、なんだ。

 謎の球体の数は、ざっと見ただけで30以上はある。

 奴と同じく、汚れた緑色で……なーんか、これと同じものをどっかで見たような気がするんだよな。


 あ、思い出した。

 コレ、カエルの卵に似てるわ。


 思い至った瞬間、俺は全力で〖灼熱の息〗を吐き出した。


 猛炎が、粘っこい液体と大ナメクジの卵と思わしき球体を焼き払っていく。


【経験値を12得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を12得ました。】


 経験値入ったってことは、そこまでランク差開いてねぇってことか……。

 コイツらランク何よ。俺だって、生まれたてのときはランクFだったっつーのに。

 いや、よくよく考えてみればあれは生まれてないか。

 卵だったな。


 だいたい、潰せたのは三分の一程度といったところだろうか。

 ブレスの射程外にあった卵の膜を破り、子ナメクジが姿を見せ始める。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ベビーアマガラシ

状態:普通

Lv :1/25

HP :12/12

MP :8/8

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ランクはD-だった。

 これだけステ差があれば、爪が掠っただけでも十分葬れるな。

 ただ……数がなぁ……。


「ジーッ!」「ジャーッ!」「ジーッ!」

「ジィーッ!」「ジィージィ!」「ジーッ!」


 子ナメクジの大群が、うねうねと蠢きながら俺へと迫ってくる。

 早い。結構速い。

 格上の俺に何の躊躇いもなく突っ込んできやがる。


 花畑に隠れて姿が見づらいが、それは〖感覚感知〗で補える。

 むしろあんまり姿が見えないのはラッキーだったかもしれねぇ。

 直視したら目を背けたくなっちまいそうだ。

 塩だ塩、だれか塩を持ってきてくれ。こいつら全部萎れさせられそうな奴を頼む。


 俺は尻尾をぶん回し、接近してきた子ナメクジをブッ飛ばす。

 べちゃりと拉げ、尻尾先に小ナメクジが張り付く。

 うっげぇ、なかなかグロテスク。

 一体潰すごとに、1の経験値が入って来る。

 効率良さそうだけど、あんましやりたくねぇレベリングだな。


 仲間が潰されたことで間合いを測ったのか、後続の子ナメクジが尻尾の範囲から外れ、そこからドブ色の液体を吹き付けてくる。

 痛っ!

 ダメージはあんまし通ってなさそうだが、なんかピリピリするぞ。

 やめろ、これ以上俺を汚さないでくれ。


 ブレスで一掃してやりたいところだが、さっき思いっきり吐いちまったからな。

 MP残量少ないし予定ではもうちょっと控えるつもりだったのに、無数の卵を見るとつい抑制が効かなかった。


 〖転がる〗で轢き潰してやろうかとも考えたが、子ナメクジは全然攻撃力も耐久力もねぇ、そこまでする必要はないだろう。

 背中にこびりつくのとか絶対に嫌だし。


 子ナメクジはちょっと動きが速いが、俺に比べりゃ遥かに遅い。

 変な液体を避けながら距離を詰め、爪で、尻尾で、確実に叩き潰していく。


 ああっ! 爪と指の隙間にナメクジの皮膚が入った!

 ヤダ、本当にヤダ! なんかもう、逃げたくなってきたぞ俺。


 ちらりと後ろを見ると、ニーナが玉兎を抱えながら、不安気な表情を浮かべている。

 玉兎は相変わらずで、耳をフリフリと揺らしながら俺に無責任なエールを送ってくる。


 ってか玉兎、涎垂らしてねぇか?

 なんだ、ナメクジ喰いたいのか?

 そういや、ナメクジって貝の仲間なんだったか。

 いや、そう思っても全然喰う気しねぇけどな。


 子ナメクジなら玉兎でも倒せそうだし、俺と代わってくれ。

 俺がニーナを守っとくから、お前は子ナメクジを丸呑みにしてってくれ。


 内心で色々考えつつ、目線を子ナメクジに戻す。

 ステ差はデカいし、苦戦するような相手じゃあねぇ。

 緑の液体を吹き付けられつつ、どんどんナメクジの数を削っていく。


【〖厄病竜〗のLvが29から30へと上がりました。】


 なんだろう、せっかくのLvアップなのに全然嬉しくないぞ。

 悟り開けそうな心境まで来てる気がする。


 ようやく、最後の一体を尻尾で叩き潰す。

 それから俺は、大ナメクジが掘った穴へと顔を向ける。

 嫌がらせみたいな戦法取りやがって。

 出てきやがれ、決着をつけてやんよ。


 穴の中から、次々に子ナメクジが湧きだしてきた。

 嘘だろ……ナメクジレベリング、まだまだ続くのかよ……。

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