第671話
ユミルがノロイの木を振り回してくる。
俺は必死に右へ左へ、上へ下へと動き回ってユミルの攻撃を回避する。
「〖ゲール〗!」
危うかった一撃を、アロが竜巻で軌道を逸らしてくれた。
『ナイスだ、アロ!』
そうこうしている間に、ユミルのノロイの木振り回し攻撃にも慣れてきた。
ちっとは絵面の強烈さに驚かされたが、動きが単調で読みやすい。
冷静にさえなれれば、危なげなく回避するのは難しくない。
俺はユミルの大木攻撃を躱しつつ、間合いを詰めていく。
俺の残りMPを、次の攻撃スキルに懸けて一気に畳み掛ける。
それでユミルを倒し切る。
……仮にそれでしくじった場合は、攻撃に用いるだけのMPがなくなってしまう。
そのときは格好悪いが、一度全力で逃げて、遠回りしてからこっそり塔に入って元の世界へと戻ることにしよう。
使うスキルを何にするかが悩みどころだ。
ユミルは速度と攻撃力、体力に特化した、典型的なアタッカータイプだ。
森で暮らしていた頃から思っていたが、結局この手の魔物が敵に回すと一番危険なのだ。
しかし、魔法力が極端に低いというのは、大きな弱点でもある。
この世界では、状態異常への抵抗力は魔法力に直結している。
さっき見た限り、ユミルは一通りの耐性スキルこそ備えているが、そのスキルレベル自体はさして高くない。
ここは状態異常系統で攻めるのもアリだ。
仮に攻めあぐねても、状態異常さえ入ればその後の勝ち筋は充分に残る。
ここは状態異常の付与ができて、かつ自律行動してユミルの気を引ける、〖カースナイト〗を使うべき……。
【特性スキル〖猪突猛進〗】
【麻痺や毒などの一部の状態異常による行動制限、ステータス低下を気力で捻じ伏せて無効化する。】
【この特性スキルが発動している間、攻撃力と素早さが上昇する。】
……だと思ったが、〖猪突猛進〗とかいうクソスキルの存在を忘れていた。
危ねぇ、見えていた地雷に飛び込むところだった。
攻めやすい弱点があって助かったと思ったのだが、この特性スキルはユミルの魔法力の低さを補うためのものだったか。
〖カースナイト〗は複数の状態異常をばら撒くスキルだ。
まず間違いなく〖猪突猛進〗の餌になる。
他の状態異常で攻めるにも、どこまで〖猪突猛進〗の範囲内になるのかが曖昧な以上、下手に触るべきではないだろう。
だとしたら、状態異常に引っ掛からず、かつ〖金剛力〗で耐えられない攻撃をする必要がある。
俺はユミルへと一気に距離を詰め、背中側へと回り込む。
ユミルはノロイの木から手を放し、俺へと大きな動作で殴り掛かってくる。
『〖コキュートス〗!』
俺はユミルの巨大な足を凍り付かせた。
ユミルの足が青白く変色していき、氷に覆いつくされていく。
ユミルの移動は、一本の足に依存している。
そこさえ崩せば、奴の行動を大きく遅らせることができる。
これは状態異常には引っ掛からない上に、〖金剛力〗で打たれ強くなっても耐えられない。
ユミルの足が、青色から赤色になり、筋肉が膨れ上がり始めた。
〖金剛力〗を用いて足を強化したようだ。
力技で脱出するつもりらしい。
『させるかよ! 〖グラビティ〗!』
黒い光が、俺を中心に広がっていき、周囲を覆う。
ユミルの身体に重力を掛け、足を上げるのを阻害したのだ。
このまま動けねぇ足を氷漬けにしてやる!
『そして俺のありったけのMPだ!』
俺は前足を振り、〖鎌鼬〗を二発放った。
ユミルは重力に耐えながら両腕を辛うじて上げてガードに回す。
風の刃の一発目は腕を抉ったが、二発目はその僅かに上の胸部を抉った。
ユミルの全身が真っ赤になっていく。
俺が一気に仕掛けるつもりだとわかり、〖金剛力〗をフルに使って耐えようとしているらしい。
『これで終わりだユミル!』
俺は腕を振るい、全力の爪撃を奴の顔面にお見舞いした。
伝説級上位の一撃をまともに受けたのだ。
ユミルの顔面は大きく抉れ、体液と肉が飛び散っていた。
有り得ない角度までユミルの首が倒れていた。
今度こそ、首が折れた。
如何にタフなユミルとはいえ、アポカリプスの高攻撃力をまともに受ければ一気に体力がゼロになる。
そのはずだった。
だが、経験値取得のメッセージが来なかった。
ユミルの真っ赤な瞳が、カッと見開いた。
爪の一撃が入っており、瞳の中心部に一直線に傷が走っていた。
『う、嘘だろ、耐えやがった!?』
恐らくユミルは足を凍らされた時点で連続攻撃が来ると察して、〖金剛力〗と〖自己再生〗をフルに使って攻撃を受ける体勢を整えていたのだ。
いや、それだけでは耐えられた説明がつかない。
特性スキルの〖肉の鎧〗は、よくある体表で攻撃を受けた際にダメージを抑えるスキルだろうが、この補正が思いの外大きかったために、〖鎌鼬〗で与えたダメージがあっさり〖自己再生〗で潰されてしまっていたのかもしれない。
ユミルの耐久力が、俺の想定をほんの少し上回っていたのだ。
MPの問題でチャンスは一回限りだったのだから、全てのスキルを計算に入れて、余裕を以て確実に倒し切れる手立てで攻めるべきだったのだ。
拘束目的だった〖コキュートス〗や〖グラビティ〗の威力を弱めてでも、他のスキルでダメージをもう少し稼ぐべきだった。
……いや、結果論だ。
ユミルの馬鹿力を前に、隙を作るためのスキルのMPをケチるという選択肢はなかった。
「オオオオオオオオオオ!」
全力の一撃を放って隙を晒した俺へと、〖金剛力〗で衝撃に耐えたユミルの素早い反撃が迫ってくる。
俺は必死に高度を下げるが、ユミルの拳が追ってくる。
振り切れねぇ……!
かといって、この状況を打開できるスキルに頼ろうにもMPが足りない。
最初から安全策で遠回りして塔に戻るべきだったか!
伝説級最大レベルが、弱いわけがなかったのだ。
こうなりゃ、残り僅かなMPを全て〖自己再生〗に投じて〖英雄の意地〗の発動条件を満たし、ユミルの〖金剛力〗の一撃に耐えて、その後は死力を尽くして逃げ切るしかない。
『主殿! 私にお任せを!』
『トレント……何を……!』
トレントが背後へと飛び、元のワールドトレントへと戻った。
一瞬にして俺とユミルの間に巨大な壁が生じる。
『〖不死再生〗ですぞおおおおお!』
トレントの全身を青い輝きが包んだ。
【通常スキル〖不死再生〗】
【自身の生命力を爆発的に上昇させる。】
【使用すれば全身に青く輝く苔が生まれ、MPが全体の1%以下になるまで強制的にHPを回復させ続ける。】
【使用中は防御力が大きく上がるが、他のステータスは半減する。】
ミーア戦で一回、先のディスペア戦で一回使っていたため、これで日に三度目の〖不死再生〗となる。
MPを限界まで使うため、魔力は勿論、かなり精神力を摩耗させるはずだ。
だが、俺の魔力を吸い取っていたとはいえ、残りMPはかなり厳しいはずだ。
HPの継続的な回復もすぐに切れるだろう。
そもそもトレントの耐久力も、ユミルの馬鹿力の前では怪しい。
攻撃力特化のユミルの前で巨大化して的になることは自殺行為に近しい。
『トレントォ! 逃げろ! 俺なら耐えられる!』
『任せてくだされ主殿! 私なら倒し切ってみせますぞ! 時間と経験値が惜しい今、こんな一つ目巨人相手に引き下がっているわけにはいきませぬ!』
ユミルの巨大な拳がトレントへと繰り出される。
トレントの巨体が震え、葉っぱが勢いよく散った。
全身の〖不死再生〗の輝く苔も、衝撃のあまり幾らか地面へ落ちたように見えた。
『ふんぐぅ!?』
トレントの苦悶の念が漏れる。
や、やっぱりあの様子、長くは持たない!
『主殿、ご心配なく! 私にはこのスキルがありますぞ! 大した膂力ですが、利子を付けてお返しいたしますぞ! 〖ウッドカウンター〗!』
トレントが幹を回し、巨大な枝をユミルへと勢いよく打ち付けた。
轟音と共に、ユミルの巨体が十メートル以上は移動した。
地面には、ユミルが足で踏ん張った跡が、大きな溝となっていた。
ユミルの馬鹿力を、〖ウッドカウンター〗でまともに跳ね返した!
さすがのユミルとて、今の一撃は致命打だったはずだ。
今度こそユミルは限界なはず……!
土煙が晴れたとき、そこには二本の腕を盾のように左半身へ密着させているユミルの姿があった。
痛々しい傷の入った単眼が、トレントを睨みつけている。
ユミルが腕を解く。
片方の腕が折れているようだったが、〖自己再生〗ですぐに再生していった。
そこで、トレントの身体の青い輝きが薄れていった。
『……ふ、〖不死再生〗が、切れましたぞ』
やはりあのスキルを使うにはMPが少なすぎたのだ。
俺は慌ててトレントの許へと引き返した。
『トレントォ! 横切るから、一瞬で木霊状態になって俺に飛び乗れ!』
逆方向からは、〖金剛力〗で全身を真っ赤にしたユミルがトレントへと駆けてきている。
『主殿! 私はもう駄目です! どうか先にお逃げくだされ……!』
『馬鹿言ってるんじゃねえぞ!』
だが、ユミルがトレントの許へと到着するのは、俺よりも先だった。
振りかぶられた拳の一撃に、トレントが悲鳴を上げるように大きく口を開けた。
直後、ユミルが突然動きを止めた。
〖金剛力〗が解けたらしく、身体がどんどん元の黄土色に戻っていき、筋肉が縮小していく。
わなわなと全身を痙攣させ始めた。
何が起こったのかと思いきや、ユミルの全身を貫いて、内側からいくつもの木の根が伸び始めた。
ユミルの身体が裂けて血肉が飛び散り、ユミルの巨体が地面へと倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
え? ん? 何が起こった?
いや、こ、これって、〖死神の種〗……だよな?
【経験値を22910得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を22910得ました。】
【〖アポカリプス〗のLvが92から104へと上がりました。】
た、倒しちまった……。
そうか、ユミルの弱点は魔法力が低いだけではない。
最大MP自体がかなり低かった。
【通常スキル〖死神の種〗】
【相手に魔力を吸う種を植え付ける。】
【スキル使用者と対象が近いほど魔力を吸い上げる速度は速くなる。】
【魔力を完全に吸い上げた〖死神の種〗は急成長を始め、対象の身体を破壊する。】
俺を相手取るに当たって、MP量が多くもないのに〖自己再生〗と〖金剛力〗の乱発に迫られていたため、じわじわとMPを削り続ける〖死神の種〗についに耐えられなくなったのだ。
トレントの〖ウッドカウンター〗を耐えた〖金剛力〗と、その傷を癒すために用いた〖自己再生〗で限界を迎えたのだろう。
『む……? あ、あれ? 倒しました……かな?』
トレントがそうっと、顔の前を覆っていた枝を外した。
……素直に褒めてやりてぇんだが、なんだか締まらねぇなあ……。
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