第670話

 俺は向かってくるユミルを、正面から見据えた。

 俺が逃げない様子を見て、ユミルは二つの口を大きく裂いて笑みを浮かべた。


【〖ユミル〗:L(伝説)ランクモンスター】

【異形の姿を持つ巨人。】

【ただ歩くだけで千の木が折れ、渇きを潤おすために湖一つ干上がらせる。】

【彼の怒りを買えば、一つの大陸が沈むと云われている。】


 これまで逃げ回ってきたが……ユミル。

 今回はこれで最後だからな。

 正面から戦ってやるよ。


『だだ、だ、大丈夫ですかな……?』


 トレントが俺の背で震える。


『アロとトレントは疲れてるだろ。俺の上で、ゆっくり休んでおいてくれ。余裕があったら遠距離攻撃でもして、経験値を稼いでおいてほしいところだがな。トレントの〖死神の種〗なら、上手くいったら纏まった経験値が手に入るだろ』


 〖死神の種〗は、長引けば長引くだけ相手のMPを減らし続けてくれるため、何もしていなくてもそれだけで戦闘に貢献し続けていることになる。

 今回みてぇにランクとレベルの高い敵が単体の場合、〖死神の種〗はレベリングに活かしやすいはずだ。


『もっとも……今の俺のステータスじゃ、一瞬で片がついちまうかもしれねぇけどな!』

 

 俺は言いながら、ユミルの細かいステータスを確認する。

 いつも戦わずに即逃走であったため、しっかりとステータスを見るのは今回が初めてだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ユミル

状態:狂神

Lv :145/145(MAX)

HP :7734/7734

MP :1045/1045

攻撃力:6351

防御力:4225

魔法力:1944

素早さ:3084

ランク:L(伝説級)


神聖スキル:

〖畜生道|(レプリカ):Lv--〗〖人間道|(レプリカ):Lv--〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv2〗〖HP自動回復:LvMAX〗〖猪突猛進:LvMAX〗

〖肉の鎧:LvMAX〗〖狂神:Lv--〗


耐性スキル:

〖物理耐性:LvMAX〗〖火属性耐性:Lv2〗〖石化耐性:Lv4〗

〖毒耐性:Lv2〗〖麻痺耐性:Lv1〗〖呪い耐性:Lv3〗

〖即死耐性:Lv9〗〖混乱耐性:Lv2〗〖幻影耐性:Lv3〗


通常スキル:

〖自己再生:LvMAX〗〖金剛力:LvMAX〗


称号スキル:

〖異形の巨人:Lv--〗〖最終進化者:Lv--〗

〖元魔獣王:Lv--〗〖元英雄:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 な、なんだこの馬鹿みてぇなステータス!?

 勝手にオリジンマターとどっこいどっこいくらいじゃねぇかと想定していたが、あいつよりも遥かに強い。

 魔法性能を完全に捨てている分、フィジカル方面のステータスがぶっ飛んでいる。


 さすがに速度も攻撃力も俺が上回っているとはいえ、HPが少ない今、あんな奴と近接で殴り合いたくねぇ。

 おまけに魔力も底を尽きかけているため、距離を取って戦うことも難しい。

 やっぱり今からでも逃げちまおうかなんて考えが頭を過る。


『……なぁ、トレント、さっきお前にやった魔力、やっぱり返してくれねぇか?』


『どうやってですかな!?』


 い、一応、初見のスキルは確認しておくか。

 スキルというより、完全にステータスで殴るタイプであることは間違いないが。


【特性スキル〖猪突猛進〗】

【麻痺や毒などの一部の状態異常による行動制限、ステータス低下を気力で捻じ伏せて無効化する。】

【この特性スキルが発動している間、攻撃力と素早さが上昇する。】


 あっぶねぇ……!

 こんな罠みてぇな特性スキルがあるのか。

 初めて知った。

 一応、アロもトレントも毒関係のスキルを持っているので、絶対に使わないようにしてもらおう。

 これ以上馬鹿力が加速したら手に負えねえぞ。


【通常スキル〖金剛力〗】

【MPを消耗して攻撃力を瞬間的に引き上げる。】

【また、ダメージを受けた際に使うことで打たれ強くなる。】


 結局自分でパワーアップするんじゃねぇか!

 こういうシンプルなスキルが結局強力なんだよ!


 こんなもんがあったんじゃ、あいつの実質的な攻撃力は七千くらいを覚悟しておく必要があるぞ。

 攻撃系統のスキルが他にないことがまだ救いか。


 ユミルが大きく跳び上がり、俺の全長くらいはある巨大な腕で殴り掛かってきた。

 俺は飛んで逃げながら、ユミルの顎を尾先で殴打した。

 首から大きな音が鳴り、ユミルが顔を歪な角度へ傾ける。


 俺はそのまま背中側へと回り込み、ユミルに連撃を叩き込んでやろうとした。

 ユミルが腕を大きく伸ばし、腰を捻った。

 超リーチの一撃が飛んでくる。

 俺は高度を下げて回避し、ユミルから距離を取った。

 

 立て直しが早い上に、あの巨体から繰り出されるリーチが脅威過ぎる。

 恐らく〖金剛力〗で顔面へのダメージを耐えたのだろう。

 被ダメージ覚悟で、速度の差を補える近距離での殴り合いに持ち込もうとしてきやがったな。


 こちらがステータスで大幅に勝っていたため逃げられたが、あの馬鹿力と殴り合いなんて絶対にごめんだ。

 ヘカトンケイルと似ているが、決定的に違うのはヘカトンケイルは耐久力を売りにしていたことで、ユミルは単純な馬鹿力に特化していることだ。


 MPさえあったら、魔法スキル連打のゴリ押しで押し切ってやれるのに……!

 伝説級最大レベルを相手に、今の疲弊しきった状態で挑むのは舐め過ぎたか。

 いや、同じく伝説級最大レベルのオリジンマターと比べても、ユミルはかなり危険な相手だ。


『主殿! ナイス回り込みでした! どうにか〖死神の種〗を奴につけられましたぞ!』


 トレントが嬉しそうに口にする。

 ……悪いが、そんな楽観的になれる状況じゃあねえんだよなぁ。


 こっちもアポカリプスの高ステータスがあるため、まともな攻撃が連続で入れば一瞬でユミルを倒し切れるはずだ。

 だが、残りHPとMPの少なさがここで響いてくる。

 ユミルの馬鹿力を一発でも受けちまったら、一撃で命をもっていかれかねない。

 〖死神の種〗がまともに効果を発揮する前にこの戦いが終わっちまいそうだ。


 残りのMPを攻撃スキルに当てて、一気に攻めに出てユミルを倒すか。

 攻撃を受けた際の回復用の保険として残しておくか。

 これもまた迷いどころだ。


『ヒットアンドアウェイで安全に行きてぇが、それを許しちゃくれねぇよな……』


 ユミルの首が真っ直ぐへと戻り、顎にできた傷が見る見るうちに癒えていく。

 ユミルには〖自己再生〗があるため、ヒットアンドアウェイ作戦でHPを削り切るには、何度もユミルの間合いに入って奴を攻撃する必要がある。

 あの超リーチと馬鹿力相手にそれはリスクが大きすぎる。


 かといって、近接戦で連続攻撃で奴のHPを削り切るのも難しい。

 ユミルは伝説級の内でもかなり速度が速い。

 おまけに巨体による超リーチがあり、〖金剛力〗を用いて一撃を耐えて即座に反撃に出ることもできる。


 なら、方針は決まった。

 やはり残りMPは、中距離系のスキルに用いる。

 そこでダメージを稼いで接近し、即座に肉弾戦に繋げてユミルのHPを削り切る。


 ユミルのスキルが近接スキルしかなかったのが救いだな。

 間合いを取って、落ち着いて考えられる。


「竜神さま、あの巨人、何を……?」


 アロが不安げにそう口にした。

 俺は思考をすぐに前方のユミルへと戻した。

 

 ユミルは両腕で、ノロイの木を掴んでいた。

 何をするのかと思えば、ユミルの全身が真っ赤になり、筋肉が膨れ上がった。

 ユミルはノロイの木を引き抜くと、俺目掛けて派手に振り回してきた。


 う、嘘だろ!?

 あの馬鹿みてぇに重いノロイの木を!?


 俺は慌てて軌道を上下に大きく揺らし、大木の一撃を避ける。

 暴風が俺の身体を煽った。

 アロとトレントも、必死に俺の身体にしがみついている。


 え、遠距離スキルがねぇ弱点を、強引に馬鹿力で解決してきやがった……!

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