第168話

 何はともあれ、アドフから事情を聞かなくてはならない。

 数回ほどもう首は解いてやれと念じてみたのだが、それでも玉兎はアドフの首に耳を掛けたまま動かなかった。

 諦めて、この状態で話を進めさせてもらうことにしよう。

 落ち着いたところで、玉兎によるアドフの尋問が始まった。


「ぺふっ」

『オ前、何者?』


 アドフは黙ったままだった。

 あまり簡単に喋ってはくれないかと思いきや、再び玉兎から〖念話〗が発せられる。


『念ジズ、喋レ。アッチニ伝ワラナイ』


 どうやらアドフは抵抗を試みたのではなく、念じて玉兎に思考を読み取ってもらおうとしたらしい。

 ただそれでは、俺に伝わらない。

 後で玉兎にアドフから聞いたことを教えてもらうという手もあるが、それでは齟齬が出かねない。

 それに二度手間だし、MPの無駄だ。


 玉兎は口に喋っている内容をそのまま〖念話〗で読み取れるのだろう。

 普通は相手に伝えようと思って発するものなのだから、それも当然か。

 その点で考えれば、〖念話〗は全言語翻訳能力の上位版といっても差し支えないのか。


 玉兎から〖念話〗を受け取ったアドフは、驚いたように俺を見る。


「お前は……俺の言葉が、わかるのか」


「グルァッ」


 こくこくと頷いて返す。


「……俺は、アドフ・アーレンスだ。危険な魔獣の目撃情報があり、討伐と引き換えに一時的に牢から外出を許されていた……囚人だ」


 言い辛そうに、最後の言葉を口にする。

 変な状態異常があるとは思ってたが、やっぱし囚人なのか。

 真面目そうなオッサンに見えるし……どっちかというと、一緒にいたあの金髪の方が色々とやらかしてそうな感じだったんだけどな。


『モウ一人、イタ。ナゼ、仲間割レシテイタ?』


 アドフの顔が、一気に険しくなる。

 怒りを抑えるためか唇を噛みしめ、血を流した。


「騙されて、いた。俺は、俺は、我が身可愛さで、あの悪魔を信用してしまった」


 口惜しそうに言い、地を拳で叩く。

 それからアドフは語った。


 アドフの言葉によれば、どうやらあの男は『勇者』なのだそうだ。


 俺のイルシアという名前も、元々は花につけられていたものだ。

 あの花の花言葉のひとつは確か『勇者』だった。

 不服ではあるが、名前が被っていたのもその繋がりだろう。


 五百年に一度、魔王と呼ばれる魔物を束ねる魔物の王が現れ、人の世を脅かすと、ハレナエではそう言い伝えられているらしい。

 そして魔王が現れるのとほとんど同時期に、魔王を倒す力を持った人間が聖地であるハレナエに現れる。その人間が、勇者らしい。

 勇者は教会の持つ神具により見つけられ、幼少より教会で育てられ、特殊な訓練を受けることになっているのだとか。


 五百年周期の気の長い話だ。

 信じている者も少なかったそうだが、本当に教会は勇者なるものを見つけた。

 そこまでは良かったらしいが、実際に勇者を得た教会は急速に力を得た。諸外国からの支援物資も増えた。


 それに味を占めた教会は、一気に腐敗したらしい。

 勇者を盾に利権を貪り、教会の規模を大きくし、神官を身内で固めた。

 支援物資が増えて豊かになったはずなのに、国民に行き渡る分量はむしろ減っていたそうだ。


 そんなロクな人間がいない中で、象徴として散々甘やかされて育ってきたのがあの勇者であるそうだ。

 アドフは危機感を覚え、勇者の指導役を買って出てどうにかしようとしたものの周囲からの妨害もあり、散々恨みを買う結果に終わったらしい。


 最終的に大勢の前で模擬決闘を行うことになり、せめて思い上がりを正せればと叩き伏せたのが四年前。

 模擬決闘の後、勇者は言い伝えに則り、数人のお供と共に旅に出たのだとか。

 一年に一度のペースで帰ってきていたらしいが、その度にお供はいなくなっていた。

 死んだとか、どこかに嫁いだとか、旅の苦難に耐え切れずに逃げたとか、そんなことを言っていたらしい。


 その辺りの事情については、アドフも勇者と顔を合わせないよう司祭から厳しく言われていたのであまり詳しくはないそうだが、「当時は誰も疑いもしなかったが、今思えば全員殺されていたのだろう」と悲しそうに語っていた。

 勇者様から選ばれたと、そう喜んでいる少女を見かけたことがあったそうだ。

 ハレナエの中の街でもちょっとした人気のある娘で小さな騒ぎになり、知人たちから祝福を受けながら旅立って行ったらしい。


 勇者は順調に他所で名声を上げ、帰ってくるたびに歓声と共に迎えられていた。

 諸国を旅するうちに改心したのだろうとアドフが信じていた頃、アドフの弟と婚約者が殺される事件が起きた。

 その頃アドフは教会の改善を呼びかけていたため、これ幸いと教会はほとんど調査もせず、動機をでっち上げてアドフを犯人に仕立て上げてしまった。

 アドフは冤罪を着せられ、牢に入れられることとなった。


 そんな中、勇者が面会に来たらしい。四年振りの再会だったそうだ。

 荒んでいたアドフは喰って掛かったそうだが、勇者はそんなアドフにも怒らずに優しく声を掛け、ばかりか再調査を教会に依頼してくれると約束までしてくれたらしい。

 四年前の様子とはまるで違うと知り、アドフは改心したのだと思い込んでしまった。

 口車に乗せられて厄病竜の討伐に出てきたはいいものの、手酷く裏切られてあの一騎打ちに至っていた、と。


 おまけに勇者はハレナエに戻ればアドフを逃亡囚人扱いし、アドフの親族を吊るすよう教会に提言するつもりらしい。

 とんでもない話だ。聞いている最中、俺は怒りのあまり吠えながら地面を踏み鳴らしてしまった。


 突飛な内容だが、嘘を吐いている様子はなさそうだ。

 これだけ長々喋っているのだから、全部嘘だったとすれば玉兎の〖念話〗に引っ掛かるだろう。


 因みに俺を生かした理由については、アドフもあまり意図がわからないとのことだった。

 自分の取り逃がしたドラゴンが街で損害を出せば、名に傷がつくのは向こうだろう。

 何か考えがあるのかもしれないし、単に遊び半分のふざけた行為なのかもしれない。


 ニーナは、ハレナエでどうなるんだろうか。

 あの男は一応英雄視されている立ち場なのだから、大っぴらには殺せないはずだ。

 だが、なにせアイツはお供殺しの疑惑付きだ。

 こっそり連れ出して処分するくらいお手のものだろう。


 どうにか助け出さなければいけないが、あの勇者が妨害しに掛かってくることは間違いない。

 四日後の真昼に来いと、あの勇者はそう言っていた。

 それが期限だと、そういうことだろう。


 向こうの意図も掴めない以上、素直にハレナエまで顔を出すのは危険だ。

 元より、俺が都市へ突っ込むなど論外だ。

 ミリアの村よりずっと人も多いはずだ。とんでもない騒ぎになる。


 意表を突いて〖転がる〗全力で後を追い、予定より早くに強襲するか……それとも、外で張り込んでおいてニーナを連れて出てきたところを攻撃するか……。

 あの勇者はここからハレナエまで二日かかると言っていたが、多分〖転がる〗全力なら多分半日でつく。


 アイツは俺のステータスを見ていたようだが、〖転がる〗を使ったことがないのでこのスキルの有用性には気付いていなかったようだ。

 不意をつける可能性はある。


 後者の策は、確実性に欠ける。

 本当にニーナを生きたまま連れ出してくれるかどうか、その確証はない。


 しかしそもそも、今から〖転がる〗で追いかけても勝てる見込みはほとんどない。

 やっぱしレベルを上げてちょっとでも勝率を上げてから、あの都市に殴り込みに行くしかねぇのか……。


 アドフの親族もできれば助けてやりたいところだが、それをするのはかなり難しい。

 ただニーナを連れ出して逃げるだけだと、それは叶わない。

 勇者を倒せたとしても、アドフの親族の処刑はそのまま行われる可能性だってある。


 勇者を倒すだけではなく、勇者の信用をも倒す必要がある。

 そんな芸当など俺はできない。

 話を聞いている限り勇者の悪行を誤魔化し、面子を保っているのは教会だ。

 そこまで話が行くと、俺には手が出せない。


 いや、あの勇者はアドフが死んだと、そう思い込んでいる。

 その隙を突けば、教会が庇いきれなくなるほど勇者の信用を落とすことも不可能ではない……のか?

 出すタイミングを間違えれば死に札になるが、上手く行けばアドフの存在は切り札にもなり得る。


『日ニチ、四日後。意見求ム』


 玉兎は相変わらずアドフの首を絞めながら、意見の提示を求める。

 そろそろ解いてやれよ、本当に……。そのオッサン、話聞く限り完全に被害者だぞ。


「……よ、四日後だと!?」

「ぺふぅっ!!」


 アドフが立ち上がろうとし、玉兎が首を絞めている耳で押さえつける。

 アドフは小さく玉兎に頭を下げ、その場に座る。


「グゥオオ?」


 四日後に何かあるのか?


『四日後ガ、ドウカシタノカ?』


 玉兎が同時翻訳してくれる。

 若干尊大になっている気もするが、これくらいのズレはまぁ仕方ない。

 ……わざとやってないよな?


「あ、ああ、すまない。イルシアのペガサスならば、一日で帰ることができるだろう。それからアイツが教会に準備を急かせば……恐らく、俺の親族の死刑は最短で四日、五日ほどになるだろう。そう考えているところだったので、つい過剰反応してしまった」


 四日か、五日?

 確か、勇者もそんなことを言っていなかったか?


『五日……いや、早い方がいいか、四日、うん、それがいい、四日後だ。ここから真っ直ぐ北の方に、僕の生まれた国があるんだけど、四日後の真昼に来てもらえないかな? ここからなら急いでも二日は掛かる距離なんだけどさ』


 日の予想誤差まで被っている。

 これは、たまたまか?

 いや、まさか、アイツ……。


「もしかしたらイルシアは……あの奴隷の女の子まで、何かの罪を着せて処刑するつもりなのかもしれない。ハレナエでは獣人への差別が根強いため、あり得ないことではない」


 アドフは言い辛そうにそう口にし、俺の視線から逃れるように目線を落とした。

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