第167話
目を開く。意識はまだ不明瞭だった。
最初はぼやけていたが段々と焦点が合ってくる。
意識を失う前から、ほとんど移動していなかったようだ。
なんとなく見慣れない景色だと思ったら、視界が低かった。
頬をぺったりと地面につけていた。
俺は首を伸ばして身体を起こし、口の中に入っていた砂を吐き出す。
ぺっぺっ、なんでこんなに砂喰ってんだ俺。
そういえば夢の中で、山くらいのサイズがあるダークワームの背に齧りついていた気がする。
変な味だったが、現実で砂喰ってるとは思わなんだ。
フロイトさん、夢診断頼む。
砂を吐ききったところで、ようやく頭が冷静に戻ってきた。
確か俺は、金髪ヤローに頭ぶっ叩かれて……でも、生きている?
見逃されたのか?
いや、だとしたら、何のために?
そうだ、ニーナ! ニーナはどこだ!?
ニーナのことを思い出した途端、一気に頭に血が行き渡る。
思考に掛かっていた靄が一気に取り払われる。
ニーナも見逃されていたとしても、すでに〖竜鱗粉〗のせいで死んでいる可能性もある。
「グゥォォォォオオッ!」
俺は吠えながら首を動かし、周囲を見回す。
『動クナ』
敵意の込められた〖念話〗を背後から感じ、俺は動きを止める。
このタイミングで〖念話〗でメッセージを送ってくるなど、玉兎以外に考えられない。
だが、その〖念話〗には殺気すらあった。
俺は動きを止めてから、ゆっくりと背後へと目をやる。
アドフと目が合った。
アドフは地の上で胡坐を掻き、複雑な表情を浮かべている。
アドフの後ろには玉兎がいる。
玉兎はアドフの首を両耳で締め上げている。
玉兎は真面目そうなのだが、なんとなく間抜けな図に見えてしまう。
玉兎の目力が凄い。
こんなに怒ってんの、初めて見た。
玉兎は俺と目が合うと、目力をいくらか弱めた。
どうやら先ほどの『動クナ』は、アドフに向けた言葉だったらしい。
アドフは俺と同じ名前の妙な男に背を刺されて弱っていたので、あの後死んだのだと思っていた。
アドフの傷口は塞がっているように見える。
玉兎が治療したのだろうか。
「ぺふっ」
『目、ヤット覚メタ』
玉兎がほっとしたように息を漏らす。
とりあえず、玉兎が無事で良かった。
ただ、ニーナの姿が見当たらない。
ニーナは、ニーナは大丈夫なのか?
『……アノ男ニ、連レテカレタ』
……やっぱり、そうだったか。
なんとなく、そんな気はしていた。
あの男が最後に言っていた都市への誘い。
それに、俺にトドメを刺さなかったという事実。
俺を都市へ呼び出すために、ニーナを人質として連れて行ったのだ。
複雑な思いだった。
急に襲われて痛手を負いニーナまで攫われたが、それによって彼女の延命が果たされてしまった。
あの男が数回、言葉を交わしただけでわかるようなド畜生で、ハレナエに行くというのはニーナの望んでいた手段ではなかった、としてもだ。
俺から離れればニーナの呪いは和らぐはずだし、あの男なら魔物に襲われて道中で倒れるという心配もまず必要なさそうだった。
アイツなら大ムカデでさえ真っ二つにできそうだ。
それで、その……アドフは……。
「ぺふっ」
『捕虜、シタ』
お、おう……。
『スグ死ニソウダッタ。ダカラ、アノ男ニ気付カレナイヨウ、地ノ下カラ治療シタ』
姿が見えないと思ったら、地中からアドフの治療をしていたのか……。
玉兎、こういうときは本当に機転が利く。
ひょっとしなくとも俺より賢いんじゃないのか。
確かにアドフは、現状を整理するのに役立つ。
あの不可解な男のことやハレナエのことも色々と聞き出せるだろう。
意志は固そうだが、仲間割れを起こしていた。さほど脅さずとも正直に話してくれる可能性は高い。
一応、アドフのステータスを見てみる。
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〖アドフ・アーレンス〗
種族:アース・ヒューマ
状態:囚人の刻印、毒(小)、呪い(小)
:麻痺(小)、五感低下(小)
Lv :48/85
HP :57/316
MP :34/98
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なんでこんなにいっぱい状態異常ひっさげてるんだこの人……。
色んな修羅場潜ってきた俺でも、五つは初めて見た。
過去最高でも毒蜘蛛の三つだった気がする。
『毒デ死ニソウダッタカラ、症状、和ラゲテオイタ』
玉兎、毒抜きなんかできたのか。
ひょっとしたら〖クリーン〗の効果なんだろうか。
てっきりあれは掃除するだけのスキルかと思っていた。
『タダ、抵抗サレタラ押サエキレナイ。ダカラ、チョット残シタ』
……ちゃっかりしていらっしゃる。
確かにアドフなら万全でなくとも玉兎を振り払うくらいのことはできるだろう。
敵の敵が味方とは限らない。
玉兎ならば〖念話〗の一環で簡単な読心術のようなこともできるはずだが、あれもそこまで万能なものではないのだろう。
あるいは、それでアドフの中にこちらへの敵愾心でも見つけたのか。
なんにせよ事情もわからない以上、治療したところで暴れだす可能性もゼロではない。
俺が気を失っている間ならば、保険を掛けておく必要がある。
「ぺふっ」
鳴き声と共に玉兎の身体から青い光が出てきて、アドフを包む。
以前も見たのでわかる。
これは〖クリーン〗の魔法だ。
毒を完全に治療してやるらしい。
俺が起きたので、保険を掛けておく必要がなくなったのだ。
「れ、礼を言う」
アドフが首を後ろへ傾け、玉兎へ言う。
どう対応するべきか悩んでいたようだったが、とりあえず礼を口にしておくことにしたらしい。
『動クナ。何度モ、言ワセナイデ』
アドフは傾けた頭をすぐさま元に戻す。
先ほど同様、複雑そうな表情を保っている。
……とりあえず、俺はもう起きてるし、耳は解いてやってもいいんじゃないのかな。
俺なら今の状態のアドフならすぐ生け捕りにできるし。
玉兎もだから解毒もしてやったんだろうに、なぜか首拘束は頑なに解かない。
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