第169話

 まさかあの勇者が、都市の中でも堂々と人を殺せる手立てを持っていやがるとは思わなかった。

 四日後、ニーナが処刑される。

 その可能性があるのならば、勇者が外に出て来るのを待っている余裕はない。


 やっぱし都市に乗り込むしかねぇ。

 いや、今すぐにでも追いかけねぇと。

 気が気じゃねぇし、こうしている間に向こうで何をされるかだってわかったもんじゃねぇ。


 わざわざ向こうの指定に合わせ、四日後に出向いてやる必要はない。

 むしろ日にちをずらした方が、相手の準備が不十分な状態を突けるかもしれねぇ。


 俺はそう思ったのだが、アドフは別意見のようだった。

 玉兎を通じてこちらの意図を伝えると、俯いたまま首を横に振った。


「……人質を取り返したいのだとしても、やはり処刑の当日にハレナエに入るべきだろう。処刑が執行される直前まで、重要犯罪人は収容所地下の奥にある牢に入れられる。そこに竜の入れるスペースはない」


 確かにそう言われれば納得せざるを得ない。

 兵を蹴散らして施設を叩き壊せば可能かもしれねぇが、そうなればそれはそれで大量の死者を出すことになる。

 俺としてもそんなことは絶対したくねぇし、称号がとんでもないことになるのは目に見えている。

 施設の構造によっては、崩せばニーナを生き埋めにしてしまう可能性もある。


 しかし刑の執行当日にハレナエに入るというのも、それはそれで危険性が高い。


 ハレナエでの死刑は、中央にある広場での公開処刑らしい。

 野外であるため、さっと広場に姿を現してニーナを回収するという手段はあるが、問題なのは人の目の数である。

 アドフの見立てでは、恐らくハレナエ総人口の数割といったレベルの大人数が公開処刑を見に来るらしい。


 勇者の最終的な狙いはわからないが、俺を見逃してニーナを誘拐したその目的は、大人数がいるところに大型モンスターである俺を投下することであろう。

 多ければ多い方がいいと、そう思っているだろう。自分の名前を使って人集めを行うことも考えられると、アドフはそう言っていた。


 ただでさえ俺が人里に入れば大騒ぎになるに決まっている。

 それが今回は大規模の人集りのできている広場だ。

 どうなるのかわかったもんじゃねぇ。

 国中の兵が一気に集まってくるだろうし、俺から逃げようとした人達が押し合い、圧迫された子供が死ぬことだって考えられる。

 どうしてアイツは勇者だと呼ばれながらも、平然とそんなことができるのか。


 それに俺が向こうの思惑通りに動けば、あの勇者が万全の状態で迎え討ってくるはずだ。

 ただ来てほしいだけで敵意はないというふうな言い方だったが、信じられるわけがない。

 アイツもどうにか突破しねぇといけねぇ。

 それが一番の難点だ。


 ニーナを救出した上で、あの勇者をどうにか振り切らねぇといけない。


 勇者を倒すのは現段階ではほぼ不可能だ。

 ステータスでは全て大幅に上回られているし、広範囲高威力のチートスキルだってある。

 俺がくらった分だけではなく、まだまだ大量の妙なスキルを持っていた。

 剣で斬られただけのアドフに多種の状態異常が付加されていたのも気にかかる。


 いや、倒すどころか逃げることさえ不可能だ。

 あの速さのステータスに加えて空を飛ぶ馬、身体能力向上魔法。

 俺が〖転がる〗で逃げても追いついて来かねない。

 それに街の中で〖転がる〗を全力でぶっ放したら、いくつ建物を壊すことになるのかわかったもんじゃねぇ。

 あの目ざとい〖神の声〗のことだ。〖災害〗と〖悪の道〗がカンストしちまう。


 今のままじゃ倒せねぇのなら、この四日の間で強くなるしかねぇ。

 処刑の期日までに一気にレベルを引き上げ、あの勇者と互角に戦えるまでにステータスを持っていく。

 そしてあの勇者を無力化し、できることならばアドフの冤罪も晴らし、ニーナを連れてハレナエを出る。

 これが最善のパターンだ。


 間に合いそうになければ……速さ特化型のドラゴンに進化し、ニーナだけでも連れて逃げ出すことになるかもしれねぇが。

 パワー重視で強烈な一撃をお見舞いしてビビらせるのも有効かもしれねぇな。

 森で戦ったあのスライムも、口癖のように『格下としか戦いたくない』と言っていた。

 あの勇者もひょっとしたら負けるかもしれないと思ったら、案外簡単に俺を見逃してくれるかもしれない。

 ただそのときは……アドフの親族を見殺しにすることになる。


 とにかく、現段階のステータス差から考えて、進化まで持っていかなければ逃げることさえまともにできねぇ。

 今のレベルはいくつだったか。


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〖イルシア〗

種族:厄病竜

状態:通常

Lv :44/75

HP :157/343

MP :199/236

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 次の進化まで、あと31レベルか……。


 レベルが上がれば上がるほど、簡単には上がらなくなっていく。

 経験則ではあるが、これは確かなものであるはずだ。

 たったの四日程度でレベル最大まで持っていけるんだろうか。


 かなりの危険を承知の上で、窮地に自分を追い込み続けなければいけない。


 幸い〖HP自動回復〗のおかげでHPはそれなりに回復している。

 これならば今日からでもまともに戦うことができるはずだ。

 今日、明日、明後日と死ぬ気でレベリングを行い、四日目の朝から〖転がる〗でハレナエへと向かうのがベストか。


 かなり危険の伴う窮地……か。


 俺も一応、既にBランクモンスターだ。

 Bランクがどの程度のものなのかはわからねぇが、そこまで弱くはないはずだ。

 自信家の小隊ひとつを簡単に追い返せるし、人間としてはかなり強い部類に入るであろうアドフを殺さないように気をつけながら無力化することもできる。

 大抵の魔物ならサクッと倒して食糧に変えることができる。


 大幅なレベル上げが期待できそうな相手は……大ムカデか、赤蟻か。

 最後に見たのが赤蟻に集られてる姿だったから前者はまだ生きてるかどうか怪しいが。


 奴らを相手取るとなると、返り討ちに遭うことも十分あり得る。

 それでも、やるしかない。

 ここまで成長しちまったんだから、それ相応の危険を踏まなきゃ、レベルは上げられねぇ。

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