第114話

 どうすりゃいい。

 後一分、この一分でなんとか敵意がないことを伝えないと。

 このままドラゴンに戻ったら、何のために人化したのかわかんねぇぞ。


 どうする? ダンスでもして気さくさアピールから始めるか?

 でも、んなことしてたら一分何かすぐだぞ。変な呪いの儀式と思われかねないし。


「ヴァ……」


「ひにゃっ!」


 俺のしゃがれた声を聞き、ニーナがびくりと身体を震わせる。

 ああ、駄目だ、上手く声が出ねぇ。

 俺は軽く喉を小突く。しっかり仕事してくれよ、俺の声帯。頼むぞ、今はお前だけが頼りなんだ。


 でも、本当にもう時間がない。

 三分って、こうしてみると本当に短い。三分あればもうちょっと色々できるような気がしたんだけどな。

 このままだと、本当に何もできずにドラゴンに戻っちまう。

 姿はこの際どっちでも大差ないとして、言葉が剥奪されるのが痛い。


 とにかく何か喋る内容を考えろ。

 助けにきたって言っても、この姿だと絶対信用されないよな。

 自分の身体を見るに、ごつい悪魔の一種か何かって感じがする。

 絶対人助けする柄じゃねぇわ。人間喰って笑ってる感じの奴だわ。


 この外見を補える一言……実は俺、心は人間なんだ、みたいな? いや、やっぱ胡散臭い。

 俺だって怪物がそんなこと言いながら近づいてきたら絶対逃げるわ。


 簡潔に短く伝えられて、今すぐに納得させられそうな……無理じゃね、それ。


 考えている間に、無情にもどんどん俺のMPは減っていく。

 とりあえず、端折りながら正直に言ってみるしかねぇ。もう考えてる時間もないもの。


「ヴォ、オレ、モンスターニ、ウァ、ア、カエラレタ。モトハ、ニンゲン」


 よ、よし、上手く言えた。

 無理に纏めようとしたら誤解っつうか、まったく別の流れを連想させそうな感じになっちまったけど。

 でも嘘は言ってないぞ、俺。ただ、人間だったのが今世じゃない可能性があるってだけで。それくらいは小事だろ、うん。


「…………」


 ニーナは恐る恐るといったふうに、俺と目を合わせ、ぱちりと瞬きをする。


「え、えっと、昔は……その、人間だったのですか?」


「ソウ、ダ」


 いける、いけるぞ。このまま押しきれそうだ。


「ココハ、キケン。アンゼンナトコ、ツレテッテヤル。ドコニ、イキタ……」


 そこまで言ったところで、身体が膨らみ始めるのを感じる。

 それと同時に、身体を襲う猛烈な疲労感。


 え、もう三分経ったの? せめて最後まで言わせてくれよ!

 ステータス、ステータスチェック!


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:厄病竜

状態:通常

Lv :22/75

HP :130/260

MP :4/199

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 うわ、もうタイムリミットじゃん。

もうちょっと、後十秒でいいから持ってくれ!

 せめてどこに連れてったらいいのかだけでも聞かせてくれ!


 数秒でも人型を留めるため、俺は身体から魔力を絞り出すイメージをする。

 来てくれ、〖MP自動回復〗! あれさえあれば、俺だってもうちょっと人化の継続時間を……。


【通常スキル〖人化の術〗のLvが3から4へと上がりました。】


 そうじゃねぇよ! 今スキルLv上がってもどうしようもねぇだろうが!

 でもちょっと嬉しい!

 スキルLv4だったら、そろそろ人間らしい感じになってくるんじゃね?

 

 ただ、スキルLvが上がっても、目前の問題は解決しない。身体の膨張は止まらない。

 おまけにMPがほとんど底を尽きかけているせいか、身体が怠い。

 意識が危うい。頭がぼうっとする。


 どんどん皮膚が硬質化していき、牙や爪も伸び始め、あっという間に元の姿に戻っちまった。


「ひにゃぁっ!?」


 ニーナはドラゴン化した俺を見上げて目を見開き、後ずさる。

 数歩下がったところで腰が抜けたらしく、へたりとその場に座り込んだ。


 そこまで怖がらなくても……。ま、まだ挽回できるよな?

 俺さっき、魔物に変えられたってちゃんと言ったし。基本ドラゴンですとは言ってないけど。


 とりあえず敵意がないことをアピールするため、腹を地につけて屈み、頭を下げる。

 屈んだところをこれ幸いと、離れたところから俺とニーナのやり取りを見ていた玉兎が、嬉しそうに俺へと近づいてきた。

 俺の身体をよじ登り、頭の上の定位置へと乗っかり、安堵したように「ぺふぅ……」と鳴き声を漏らす。

 さっきまで警戒心剥き出しで俺を見ていたことから察するに、玉兎的にもさっきまでの俺の姿はナシだったらしい。


 しかし、人化が切れちまったか。

 こうなっちまったら、身振り手振りだけで、なんとかしばらくは俺と行動を共にするよう説得しねぇと。

 ニーナがひとりで歩くには、この砂漠は危険すぎる。こいつのステじゃあ、豹にも勝てねぇ。


「グァ、グァア……」


 ニーナに声を掛けるが、反応はない。

 おかしいと思って近寄り、俺は首を伸ばす。


 ……この娘、恐怖で意識飛んでねぇか?

 急に俺がドラゴンになったの、そこまでショッキングだったのかよ……。


 俺もMPがすっからかんになったせいか、意識が危うい。

 身体を襲い来る強烈な睡魔と疲労感。

 妙に身体が重い。

 次からは〖人化の術〗を使用するにしても、もうちっと気をつけた方が良さそうだ。


 頭に玉兎のほわほわした感触を感じながら、俺もゆっくりと眠りについた。

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