第227話

 俺は朽ち果てたリトルトレントを尻目に、寄ってくるワイトのステータスを確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ワイト

状態:呪い

Lv :2/5

HP :4/8

MP :1/3

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 お、思ったよりレベル上がってねぇ……。

 玉兎のときはパワーレベリングしてたし、俺も経験値倍増スキル持ってたからな。

 こんなもんなんっちゃこんなもんか。

 すまんリトルトレント、お前の犠牲はあまり活かせそうにない。


 やっぱしパワーレベリングした方がいいのか……いやでも、ここの森強そうな奴ってあんまりいねぇからなぁ。

 とりあえず相方に〖|魂付加(フェイクライフ)〗を使ってもらって、ばらけた身体を元に戻すか。 

 HPってそれで回復すんのかな。

 なんか回復魔法使ったらむしろダメージ受けるとか、そんなんねぇよな?


 相方の〖|魂付加(フェイクライフ)〗で身体が元に戻った後にワイトのステータスを確認してみると、無事に回復していた。

 俺はほっと一息吐く。

 回復魔法は使わねぇ方がいいな。アンデッドに対してどう働くのか、わかったもんじゃねぇ。


 しかし、どうやってレベルを上げたもんかな。

 俺が悩んでいると、ワイトが骨の手でちょんちょんと俺の前足を突きながら、小さな木を指差していた。


 い、いや、あれはちょっと……。

 なんというかこう、個人的に引っ掛かるといいますか。

 ワイトはがっくりと首を項垂れさせる。

 なんだ、そんなにレベルアップしたいのかこの子。

 今のままだとすぐばらけるし、目を離したすきにアビスに喰われたりしてそうだから確かにレベルアップはさせておきたいんだけど……うーん……。


「ガァッ、ガァッ」


 ん? どうしたよ相方?


 頭の中で、『水、飲みたい』と呼びかけられたような気がした。

 今のって……。


【特性スキル〖意思疎通〗のLvが1から2へと上がりました。】


 ああ、やっぱし相方の声か。

 これその内、相方が俺の頭でひっきりなしに喋るようになんのかな。

 それちょっと嫌だな。


 相方はだらんと舌を伸ばし、息をわざとらしく荒げながら俺をちらちらと見ている。

 そんなにアピールしなくたってわかったって……。


「グォッ」


 俺が声を掛けてから歩くと、ワイトが後を追いかけてきた。


 川に着くと、相方は口をつけてじゃぶじゃぶと水を飲む。

 俺もちょっと口の中が渇いていたので、川に頭ごと突っ込んで水を飲むことにした。


 たっぷりと水分を摂ってから顔を上げる。

 頭部に貼り付いた鬣から水が滴っているのが、水面に映っていた。

 俺はわずかに口を開け、自分の凶悪な牙を確認する。


 俺もすっかりとドラゴンでいることに慣れちまったもんだな。

 まぁ、最初からここまで凶暴な姿だったわけじゃないしな。

 そんなことを考えながらふと隣を見ると、ワイトが川の縁にしゃがみ、水面を覗いているのが見えた。


 別に取り乱す様子もなく静かにそうしていたのだが、自らの姿に落ち込んでいるように思えた。

 怖かったら身体を震えさせたり、関心を引きたいときに身体を突いたり。

 生前の記憶があるのかは定かではないが、仕草は間違いなく人間の子供のものだ。

 まるっきりただの〖|魂付加(フェイクライフ)〗が造り出したモンスターだと、俺にはどうにも思えない。


「グゥオ……」


 俺が声を掛けると、ワイトはこちらを振り返りながら立ち上がった。


 ひょっとしたらワイトはレベルを上げれば肉体を取り戻せると、本能的にそう理解しているのではないだろうか。

 だとしたらワイトがレベルを上げたがっていた理由にも説明がつく。


 それはひょっとしたら、ゾンビが人間の肉を喰い続ければ人間に戻れると信じているような、そんな細い望みなのかもしれない。

 だが〖人化の術〗に辛酸を舐めさせられ続けていた俺だからこそ、その気持ちはよくわかる。

 気が付いて急に魔物になっていたら、人間の姿を取り戻したがるのは当然のことだ。

 ドラゴンならまだしも、ワイトはただの骨だ。骸骨だ。


 俺は決心を固め、近くにあった若木を首で示す。


 相方よ、あれに〖|魂付加(フェイクライフ)〗を頼む。

 とりあえず今日中にワイトを進化させっぞ。


「ガァ?」


 相方が『本気?』と俺に問う。

 おうよ、当然だ。


 相方が〖|魂付加(フェイクライフ)〗を使うと先ほどと同様に若木の皮が変質し、顔が現れる。

 リトルトレントへと変化したのだ。


「ヒギィー!」


 リトルトレントは根を引き抜き、動き出す。


 ワイトが、嬉しそうに俺を見上げる。


「ガァッ」


 俺の鳴き声と共に走り出し、リトルトレントの背後へと回り込み、絡みつく。

 リトルトレントがもがき、ワイトの骨が折れる。

 ワイトは折れた骨が地に落ちるより先に掴み、尖った部分をリトルトレントの背に突き立てる。


「ヒギ、ヒギィ!」


 噛みつき、関節で締め、折れた骨で刻む

 前回よりも泥臭い戦いだった。

 MP不足で、スキルが使えないのかもしれない。


 だが、ワイトは勝利はした。

 ワイトとリトルトレントではレベルが1離れている。

 単純にステータスで見れば、平均値ではワイトが上回っている。


 切り傷塗れのリトルトレントが倒れ、それにしがみついていたワイトもまた地に転がった。


 ワイトは折れたり欠けたりしている身体を引き摺りながら這って動き、俺へと寄ってくる。

 俺は前足で軽く、ワイトの頭を撫でてやった。

 それから切り傷塗れのリトルトレントに向け、目を瞑りながら小さく頭を下げた。


 まだ、まだ足りねぇ。

 ワイトを進化させるためには、恐らく後五体以上のリトルトレントが必要だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る