第744話 side:トレント

 私の〖アーカシャカウンター〗で吹き飛ばされたベヒモスが、大の字になって地面の上に倒れる。


 私の身体から〖不死再生〗の青い輝きが消えた。


 〖アーカシャカウンター〗は強大だが、想像以上にMPを持っていかれることになった。

 〖命の天秤〗でMPをどうにか保っていたが、それもついに回復制限でMPがまともに回復しなくなり、〖不死再生〗の維持ができなくなったのだ。


 MPがなく、先にベヒモスから受けた一撃のダメージも完全には癒えていない。

 私も既に身体が限界であった。

 

 私は重い身体を引き摺り、ベヒモスへと歩み寄る。

 もしこれでベヒモスが起き上がってくれば、もう私にはどうすることもできなかった。


 ベヒモスの身体から光の粒が舞う。

 同じく〖スピリット・サーヴァント〗であった聖女ヨルネスも、死に際にこのような光の粒を放っていた。


 身体の力が抜け、私はその場に膝を突いた。


 よかった……私は、無事に魔獣王に勝てたのだ。


『フ、フフ……マサカ本当ニ、神ノ下僕ニ成リ下ガッタ、コノ我ヲ……神聖スキルサエ持タヌ身デ、討伐スルトハ』


 ベヒモスが〖念話〗で語り掛けてくる。


『使命ヲ果タセヌ身ニナッテ……ヨウヤク、奴ノ鎖カラ解放サレタ。アリガトウ、木偶ノ英雄ヨ。ソシテ……スマナカッタ』


 戦っていたときにはなかった、暖かな空気をベヒモスから感じた。

 元々は凶暴な気性ではなかったようである。


『誇ルガイイ……我ガ知ル中デ、我ハ史上二番目ニ強キ魔物ダッタ。シカシ、今コノ場デ……貴様ガソノ座ニ着イタノダ、木偶ノ英雄ヨ』


 私は首を振った。


『一番は私の主殿ですからな。私は三番目に甘んじておきましょう』


『ソウ、カ……。デハ我モ、陰ナガラ祈ッテオクトシヨウ。貴様ノ主殿トヤラガ、コノ世界ヲ変エルコトヲ』


 ベヒモスの身体が光の粒となって、宙へと消えていった。


【経験値を307500得ました。】

【〖セフィロトの樹竜〗のLvが74から113へと上がりました。】


 莫大な経験値が私へと流れ込んできた。

 凄いレベルの上がり方である。

 もっとも、これから崩神の効果で消えることになる私には、意味のないことなのだが……。



「トレントさん……」


 アロ殿がよろめきながら、私の傍へと寄って来た。


『アロ殿……見ていてくださいましたか? 私、勝ちましたぞ。フフ、主殿もきっと、大変驚かれることでしょうな。まさか、足止めに向かったはずの私が、そのまま魔獣王を打ち倒すなんて、と……』


「その姿……竜神さまに止められてた……」


 アロ殿が、掠れ声で私に問う。

 彼女の様子は、口にして確信を得てしまうことを恐れているようでもあった。


『ええ、私の身体は近い内に完全に崩壊するようです』


 私がそう告げると、アロ殿は顔を涙でくしゃくしゃにして、私の足へと抱き着いてきた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、トレントさん。私のせいで……私が、あんな無謀な我が儘を言って、突っ走ったから……! 私が犠牲になればよかったのに、よりによって、トレントさんが……!」


 私は首を振る。



『アロ殿は自分の命よりも大切な故郷を守りたかった。私は、自分の命よりも大切なアロ殿を守りたかった。ただ、それだけのことなのですぞ。アロ殿……私は今、不思議と悲しくはないのです。ただただ、自分が命を懸けて、自分よりも大切なものを守れたという、その事実が誇らしいのです』



 ルインとの戦いで命を落とした左の主殿も、こんな気持ちだったのだろうか?


「トレントさん……」


『しかし、この姿では顔の位置が高すぎて、アロ殿のお顔がよく見えませんぞ。お別れは見知った姿でしたいものですな』


 私はそう言って、〖木霊化〗のスキルを使った。

 一気に自分の目線が低くなっていく。

 いつもの、緑の魔力の塊のような姿へと変わった。

 

『こちらの方がやはり落ち着きますな。それに、アロ殿のお姿がよく見えますぞ』


 アロ殿が膝を折り、私の身体を抱き締めた。


「トレントさん、ごめんなさい……ごめんなさい。それから……ありがとう。私、トレントさんに会えて、本当に良かった。私、トレントさんのこと、絶対に忘れないから」


『私もアロ殿と出会えて本当に幸せでしたぞ』


 私は翼で、アロ殿の背を撫でた。


『アロ殿……実を言うと、消えるのがほんの少しだけ怖いのです。我が儘を言ってもいいですかな? 私が消えるまで、こうして抱き締めていてもらいたいのです』


「うん……」


 アロ殿は私を抱き締める力を強めた。


 ふと、周囲一面が花畑になっていることに気が付いた。

 どうやらセフィロトの樹竜の魔力が漏れ出た影響のようであった。


『綺麗な景色……ですな』


「うん……」


 まるで一足早く天国についてしまったようである。

 しかし、最期に見るには悪くない、美しい花畑であった。

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