第745話
俺はアトラナートとヴォルクを背に乗せ、一面に広がる砂漠の遥か上空を飛んでいた。
ハレナエを発って目指すはアーデジア王国の王都アルバンである。
「右ノ主」
アトラナートの声に、俺は反応を示すために後方へ僅かに首を傾ける。
「アロ、トレントハ……森ノ巨獣ヲ止メニ向カッタノカ?」
『……ああ、そうだ』
アトラナートの確認に俺は頷く。
微かにアトラナートの顔が見える。
仮面越しであったが、不安げな様子であるのが伝わってきた。
俺も同じ気持ちだが、今はアロとトレントを信じることしかできない。
神の声がこの世界に嗾けた四体の〖スピリット・サーヴァント〗の内、無事に二体は討伐することに成功している。
リーアルム聖国の聖女ヨルネスに、砂漠の地ハレナエを支配していた勇者アーレス。
そして魔獣王に当たるはずの三体目の〖スピリット・サーヴァント〗はノアの森にいると見込んで、アロとトレントが向かってくれている。
俺達が今討伐に向かっているのは四体目の魔物……魔王バアルだ。
元々恐らく神の声の性格からして、俺にゆかりがあり、かつ人口の多いアーデジア王国を狙ってくるであろうことは予想していた。
そしてハレナエで合流したヴォルクより、巨大な蜘蛛の化け物はアーデジア王国の方面に向かったとの裏付けが取れている。
既に勇者ミーアの部下であったウムカヒメが、化け物の侵攻を食い止めるべくアーデジア王国へ向かっているとのことであった。
ただ、ウムカヒメ単独でどうこうできる相手のはずがない。
何せ蜘蛛の化け物……魔王バアルは、神の声の奴の言葉が正しければ、この世界で史上最強の魔物なのだ。
『驚いたかな? 歴史上一番強くなった、魔王の中の魔王だよ。〖三つ首の飽食王バアル〗っていうんだ。面白い姿をしているだろう?』
今までに存在した全ての魔物の頂点、神の声の最高傑作。
魔王バアルは、この世界のシステムの恩恵を最大に受けた相手だ。
俺を散々苦戦させてくれた、聖女ヨルネスや勇者アーレスとも比にならないような、凶悪な相手だと覚悟しておくべきだろう。
間違いなく勇者アーレス同等に伝説級上位が飛んでくる。
そして魔王バアルを討伐したとき、俺は名実共に世界最強の魔物となり、神の声の新たな最高傑作になる。
そのとき、神の声にとっての俺の価値が上がり……安易に俺を殺す選択肢は取れなくなる。
これまで次元の違う差があった俺と神の声の目線が初めて近くなる。
同時に、俺の凶爪が、奴の喉許に届く最大の好機となる。
きっとそれが、俺のこれまでの旅路の終着点となる。
これまで神の声に利用され、弄ばれてきたこの世界の者達……その全てを救済するため、俺は再び奴と対峙する。
とはいえ、奴は圧倒的に優位な立場……俺が制御できないと踏めば、自分の身が危なくなる前に殺しに掛かってくるはずだ。
戦いになれば、勝ち目があるのかさえ怪しい。
ミーアも、私の恨みを継がないでくれ、と言っていた。
当然だが神の声との戦闘だけが選択肢ではない。
交渉に出て、この世界への干渉を控えさせることも視野に入れる必要がある。
俺は、この世界の全てを背負って神の声とぶつかることになるのだから。
『……気が早いよな』
溜め息を吐く。
まずは史上最強の魔物……この世界のシステムの頂点、魔王バアルを倒さなければならない。
そしてその後は、アロとトレントの食い止めてくれている魔獣王の討伐だ。
神の声の奴に全てのツケを払わせるのはその後だ。
「どうしたのだ?」
ヴォルクが声を掛けてくる。
俺は小さく首を振った。
『いや、独り言だ』
ヴォルクにそう返した後、俺は自身のステータスを確認する。
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〖イルシア〗
種族:アポカリプス
状態:通常
Lv :156/175
HP :14018/14018
MP :8786/11345
攻撃力:12117
防御力:6687
魔法力:7985
素早さ:7769
ランク:L+(伝説級上位)
神聖スキル:
〖人間道:Lv--〗〖修羅道:Lv--〗〖餓鬼道:Lv--〗
〖畜生道:Lv--〗〖地獄道:Lv--〗
特性スキル:
〖竜の鱗:Lv9〗〖神の声:Lv8〗〖グリシャ言語:Lv3〗
〖飛行:Lv8〗〖竜鱗粉:Lv8〗〖闇属性:Lv--〗
〖邪竜:Lv--〗〖HP自動回復:Lv8〗〖気配感知:Lv7〗
〖MP自動回復:Lv8〗〖英雄の意地:Lv--〗〖竜の鏡:Lv--〗
〖魔王の恩恵:Lv--〗〖恐怖の魔眼:Lv1〗〖支配:Lv1〗
〖魔力洗脳:Lv1〗〖胡蝶の夢:Lv--〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv6〗〖落下耐性:Lv7〗〖飢餓耐性:Lv6〗
〖毒耐性:Lv7〗〖孤独耐性:Lv7〗〖魔法耐性:Lv6〗
〖闇属性耐性:Lv6〗〖火属性耐性:Lv6〗〖恐怖耐性:Lv5〗
〖酸素欠乏耐性:Lv6〗〖麻痺耐性:Lv7〗〖幻影無効:Lv--〗
〖即死無効:Lv--〗〖呪い無効:Lv--〗〖混乱耐性:Lv4〗
〖強光耐性:Lv3〗〖石化耐性:Lv3〗
通常スキル:
〖転がる:Lv7〗〖ステータス閲覧:Lv7〗〖灼熱の息:Lv7〗
〖ホイッスル:Lv2〗〖ドラゴンパンチ:Lv4〗〖病魔の息:Lv7〗
〖毒牙:Lv7〗〖痺れ毒爪:Lv7〗〖ドラゴンテイル:Lv4〗
〖咆哮:Lv3〗〖天落とし:Lv4〗〖地返し:Lv2〗
〖人化の術:Lv8〗〖鎌鼬:Lv7〗〖首折舞:Lv4〗
〖ハイレスト:Lv7〗〖自己再生:Lv6〗〖道連れ:Lv--〗
〖デス:Lv8〗〖
〖念話:Lv4〗〖ワイドレスト:Lv5〗〖リグネ:Lv5〗
〖ホーリースフィア:Lv5〗〖闇払う一閃:Lv1〗〖次元爪:Lv7〗
〖ミラージュ:Lv8〗〖グラビティ:Lv8〗〖ディメンション:Lv8〗
〖ヘルゲート:Lv6〗〖グラビドン:Lv8〗〖ミラーカウンター:Lv8〗
〖アイディアルウェポン:Lv9〗〖ワームホール:Lv1〗〖カースナイト:Lv4〗
〖リンボ:Lv4〗〖ディーテ:Lv4〗〖コキュートス:Lv4〗
〖終末の音色:Lv--〗
称号スキル:
〖竜王:Lv--〗〖歩く卵:Lv--〗〖ドジ:Lv4〗
〖ただの馬鹿:Lv1〗〖インファイター:Lv4〗〖害虫キラー:Lv8〗
〖嘘吐き:Lv3〗〖回避王:Lv2〗〖チキンランナー:Lv3〗〖コックさん:Lv4〗
〖ド根性:Lv4〗〖
〖陶芸職人:Lv4〗〖群れのボス:Lv1〗〖ラプラス干渉権限:Lv8〗
〖永遠を知る者:Lv--〗〖王蟻:Lv--〗〖勇者:LvMAX〗
〖夢幻竜:Lv--〗〖魔王:Lv6〗〖最終進化者:Lv--〗
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勇者アーレスとの戦いで、俺も大分レベルを上げることができた。
史上最強の魔王相手だろうが、充分相手取れるだけの強さがあるはずだ。
勇者アーレスとの戦いで減少したMPも既にほとんど最大値になっている。
ヴォルクと共にハレナエの重傷者の治療や救助に当たり、その間に〖MP自動回復〗の特性スキルでMPを回復させたのだ。
このスキルさえあれば、戦闘を控えてさえいれば最大値近くまで数時間程度で回復させることができる。
あとは移動の間に回復しきるだろう。
やがて砂漠が消え、草原や大きな池が目に付くようになってきた。
「正確にはこの辺りもアーデジア王国の領有する地だな」
『へえ……そうだったのか』
正確な国境っつうのは知らなかった。
この辺りにはまだ魔王バアルの侵攻の跡は見えない。
「最大の国だからな。ノアの森もその大部分がアーデジア王国が所有している扱いになっている。今更だが、アーデジア王国のどの辺りを目的にするかでも話は変わってくるぞ」
『王都アルバンで問題ねえよ。神の声は陰湿なクソヤローだ。一番人口が多くて、俺と関わりのあった場所を狙ってくるはずだ』
「ならばこのまま進んでゆけば問題ないはずだ」
俺は尻目に、ちらりとヴォルクを窺う。
ヴォルクは俺の背で座り、黄金の剣を手に構えていた。
マギアタイト爺こと、〖ゴルド・マギアタイト・ハート〗である。
相性次第ではあるもののマギアタイト爺との連携ができるため、今はミーアの魔剣〖刻命のレーヴァテイン〗よりも黄金剣を主体で用いているそうだ。
ヴォルクは勇者アーレスの所有していた大剣〖神裁のアスカロン〗を回収していたそうだが、そちらは勇者アーレスの死と共に消えてしまったらしい。
〖スピリット・サーヴァント〗の一部のような扱いになっていたのかもしれない。
ヴォルクは『さすがに大きすぎて扱いにくいがレーヴァテインを凌ぐ魔剣だった』と悔しがっていた。
……なんというか、この世界の危機にちゃっかりしている。
視界の端にアーデジア王国内の街が見えてきて、俺が前方へと向き直る。
ようやく人里に差し掛かってきた。
とはいえ、まだまだ王都アルバンには遠いはずだが……と考えていたのだが、目に飛び込んできた惨状に、俺は言葉を失った。
「なんだ、アレは……」
ヴォルクが呆然と呟く。
街全体に、黒いぶよぶよとした膜のようなものが被せられている。
「オオオオオオ……」
「オオオオオオ……」
そして街全体に、異様な外見の黒い蜘蛛の化け物が蔓延っている。
蜘蛛は背に不気味な人面が付いており、どれも苦悶の表情を浮かべていた。
人間の姿は全く見えない。
蜘蛛は大小さまざまであり、全長二メートル程度のものから、十メートル近いものまでいるようだった。
俺は一番大きな蜘蛛へと意識を向ける。
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種族:フィアスピアナ
状態:眷属
Lv :100/100(Lock)(MAX)
HP :1613/1613
MP :797/797
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【〖フィアスピア〗:Aランクモンスター】
【苦痛の中で死んだ人間の魂がスキルによって魔物へ転生させられた姿。】
俺は怒りから牙を噛み締める。
「グゥウウウ……」
聖女ヨルネスのときと同じだ。
神の声は俺を追い込むために、各〖スピリット・サーヴァント〗を緩慢に、されど確実に世界を追い込むように動かしていた。
魔王バアルもまた、人間を魔物に変えるスキルを用いて、アーデジア王国を追い込んでいる。
そしてどうやら、その規模は聖女ヨルネスのときよりも遥かに大きいらしい。
魔物のランクもレベルも恐ろしく高い。
レベルについているロック表記……。
スキルで出現させられた時点でレベルが高く、討伐しても経験値が入らないタイプの魔物だ。
俺の今までの感覚からいって、B級上位で街一つ壊滅しかねない大災害だ。
Aランク、レベル最大クラスの魔物を量産できるなんて、とんでもない能力だ。
俺はその場で滞空しながら〖次元爪〗を飛ばす。
街中の巨大な蜘蛛が三体、身体が割れて黒い体液を噴き出し、動かなくなった。
「右ノ主……魔力、使ウベキジャナイ。本体、コノ街ニイナイ」
アトラナートが淡々と俺に告げる。
『放っておけっていうのか! まだ生き残りだって……助けを求めてる奴だって、いるかもしれねぇんだぞ!』
「ソノタメニモ、本体ヲ倒ス必要ガアルハズ」
わかっている。
正しいのはアトラナートだ。
この手の魔物は、本体さえ倒せば魔物全体が消滅するケースが多い。
全体の被害を抑えるには、ここは放置して先に進むべきだろう。
わざわざ地上に降りてここで時間を浪費したり、魔王バアル戦前にMPを消耗しているような余裕は今はない。
だが、しかし……それで目の前の惨劇を無視して、前に突き進めっていうのか?
きっとこの街だけじゃないってことはわかっている。
見掛ける度に立ち止まることなんてできない。
そもそもが、目に付いたから見捨てられないけれど、目についていない街は後回しにするのかという矛盾も抱え込むことになる。
しかし、それでも、この街を見捨ててしまったら、大事な何かを取り零してしまうような気がしていた。
優先順位を付けて犠牲を許容するのは、リリクシーラやミーアがやってきたことだ。
彼女達二人共、最期はそのことを酷く後悔しているように俺には見えた。
「ソウ言ウト思ッテイタ。右ノ主ハ面倒」
アトラナートが溜め息を吐く。
「デモ、ソウイウトコロガ、左ノ主モ、キット好キダッタ」
左の主……今は亡き、相方の事だ。
脳裏に、ルインから逃げている最中に、優しく俺に微笑んでいたアイツの顔が浮かび上がった。
「コノ街、私ニ任セテ」
『い、いや、そりゃ無茶だ!』
アトラナートはA級下位だ。
だが、あの蜘蛛の化け物達はA級がザラに存在する。
「ならば、我もここに……」
ヴォルクが立ち上がる。
しかし、ヴォルクの提案に対して、アトラナートは首を横に振る。
「ドウセ余所デモ戦力ガ必要。私ハ、アンナ魔物ニ遅レハ取ラナイ」
アトラナートが俺の背を蹴って、街の中へと降りて行った。
着地したアトラナートが両手を広げる。
指先から広がった糸が形を成していき、アトラナートの分身体が左右に立った。
スキル〖ドッペルコクーン〗だ。
「残サレル気持チハ知ッテル……ダカラ、必ズ生キテ帰ッテクル。先ニ行ッテ」
『アトラナート……!』
俺は牙を噛み締める。
後ろ髪を引かれる思いだったが、アトラナートは俺の気持ちを汲み、俺の背中を押すために命懸けでこの街のために戦うと決意してくれたのだ。
『ありがとう……アトラナート。絶対……生きてまた再会するぞ! アロや、トレントとも一緒にだ!』
俺は〖念話〗を放ってから、翼で風を勢いよく押して、王都アルバンへの道を再開した。
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