第397話 side:ミリア
「しかし、ようやくゴールが見えて来たな、ミリアよ。歳の近いミリアへと招待が掛かるかもしれないとは期待していたが、まさか私の腕を見込んで声が掛けられるとは!」
アーデジア王国の王都アルバン、宿屋『杖と竈亭』の一室にて。
冒険者の師匠であるメルティアさんが、私へと声を掛けてくる。
メルティアさんは、昔、私の村へと、マリエルさんの依頼で亡霊騒動の調査にやってきた冒険者だ。
私の、ドラゴン捜しの旅に付き合ってくれている。
昔、村で暴れて去っていった黒竜……イルシアさんが、どうしてもグレゴリーさんを望んで殺したとは思えなかった。
あの日、私を攻撃したときの爪も、どう考えてもわざと外したようにしか思えなかった。
どうしてもそのことを確かめたくて、私は村を出て、メルティアさんについて冒険者になることを決めた。
メルティアさんの言う通り、今日は私の旅の、一つの区切りになる。
ベッドに座り、枕を抱きしめて考え事をしていた私は、そのままの姿勢でメルティアさんへと振り返った。
「……まだ、ここからですよ。ひょっとしたら、期待外れで終わるかもしれませんし」
「それは私の剣術と、ミリアの話術次第になるな。私の強さで興味を引き、ミリアがどうにか王女に取り入るのだ」
メルティアさんが、振り回していた素振り用の木剣の先端を私へと突きつける。
……室内で振り回すのは、危ないから止めてほしい。
「……自信はないですけど、やるしか、ないですね」
どこの国でも、王家が秘かに魔物の調査や情報交換を行い、指定危険度B級以上の上位の魔物の位置を把握している、というのは、冒険者の間では通説となっている。
B級以上の魔物の存在は、広大な縄張りの端に掠っているというだけでも、流通を滞らせ、土地の価値を著しく下げる。
本来ならば、都市や村の近くでは王家に対応の義務があるが、主要都市や重要な役割を持つ拠点でない限り、放置されていることは多い。
討伐に出れば、間違いなく死者が出るクラスだからだ。
あまりに割の合わない戦力を死地へ向かわせることは、それが万が一に恐ろしい事態を引き起こすとしても、資金の問題でも、兵士の心情の問題でも厳しい。
……だけならばいいのだが、場合によっては政治の都合で放置されていることも多い。
だから王家は、王家の都合での討伐に加え、監視しながら最悪の場合には適切な対処ができるよう、秘密裏に上位魔物の位置や生態調査を進めている……というふうに言われている。
所詮一説に過ぎないが、アーデジア王国程の周囲への影響力を持つ国が、一つの災害ともいえる上位魔物の存在を一切把握していないわけがない。
私が旅の間に調べたところ、イルシアさんの最後の姿は、厄病竜だった。
指定危険度はB級下位ではあるが、翼のあるドラゴンは移動能力が高い。
それに厄病竜は、古代の石碑に刻まれている、二千年前の魔王、ジャバウォックの二段前の姿だとされている。
充分監視対象となる理由があった。
「しかしミリアよ、大丈夫か? 昨日、街中で倒れたと聞いたが……」
「い、いえ、少し立ち眩みが来ただけですよ。心配をお掛けしました」
「今日はミリアにとっても大事な日なのはわかるが、体調が悪いのならば無理をするべきではないぞ。立ち眩みで数時間も動けなくなるとは、どう考えてもおかしい。何か、隠しているのでは……」
……クリス王女様の三騎士の人に声を掛けられて、その後に倒れた……とは言えない。
三騎士の一人サーマルは、元々流れの冒険者で、素行不良の噂がちらほらと王都でも流れている。
助けてくれた元薬屋の人も、三騎士にはいい印象を持っていないみたいだった。
少し……嫌な予感がする。ただこんなことを言えば、メルティアさんは、絶対に私の同行を良しとはしなくなる。
「……でも、剣術でクリス王女様の気を引くのは難しいんじゃないですかね? 今回は、大陸最強の剣士と噂される、生きる伝説、竜狩りの人が来るそうですよ」
私はわざと意地悪く笑い、メルティアさんの気を引いた。
「わ、わからぬぞ! 私とて、鍛錬を積んでいる剣士だ! 模擬試合で当たろうが、勝つことはできずとも、それなりにいい戦いはして見せる!」
「誇張無しなら、高位魔物を単独で正面から斬り捨てられる、大陸唯一の人間ですよ? 多分、模擬戦の木剣でも余裕で大木でも切断できるはずです。ねークロちゃん?」
私は、ベッドの横の床で這い、自身の身体を舐めていた、ベネム・クインレチェルタのクロちゃんへと声を掛ける。
クロちゃんはメルティアさんを一瞥した後、興味なさげにプイッと顔を窓の方へと向ける。
クロちゃんは、何故か私の危機を度々助けてくれ、やがては正式に使い魔として冒険者ギルドの方へ登録するまでに至った。
ただ、助けてくれていたわりには、少し敵意を感じる気もする。
そっけない態度ではあるが、これでも、最近随分と軟化した方だ。
「む、むぅ……」
メルティアさんが悔し気に黙る。
どうにか、話の流れは変えられたようだ。
伝説の剣豪ハウグレーも高位魔物を単独で倒せたとされているが、ハウグレーは仕官の誘いを断った貴族から罠に掛けられ、十年以上前に殺されたとされている。
今はもう、いない人間だ。
「さて、そろそろ準備をするとするか」
メルティアさんへと私は頷く。
その後、クロちゃんへと声を掛けた。
「少し、留守番お願いね?」
クロちゃんは私を一瞬見上げ、どうでもよさそうに顔を伏せ……ようとして、ぴくりと肩を震わせた。
その後、唐突に私へと飛び掛かって来て、そのまま押し倒した。
「ちょっと……き、きゃあっ!」
「ミリア!?」
メルティアさんが剣を抜くわけにもいかず、私とクロちゃんの前で慌てふためいている。
クロちゃんは、使い魔となってからは、私だけではなく、メルティアさんの命も何度も救っている。
それに、魔物と人間の信頼によって成り立つ使い魔と主人の関係において、使い魔へと武器を向けるのは絶対にしてはならない行為だと、冒険者の講習でも散々教えられた。
「クロちゃん、やめ……ん?」
クロちゃんは、私の身体に顔を押しつけ、すんすんと匂いを嗅いでいる様だった。
それからばっと私から飛び退き、昨日洗ってまだ干している私の衣服を地面へと叩きおろし、鼻先をくっ付けていた。
「……クロ、ちゃん?」
私は首を傾げる。
メルティアさんも、不思議そうにクロちゃんの背を眺めていた。
いつもクールに構えているクロちゃんが、ここまで騒ぐのはなかなかないことだ。
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