第398話 side:ミリア

「メルティア様と、そのお連れの方ですね。どうぞ、城内へ」


 城の塀の入り口まで来たところで、見張りの兵士が、私とメルティアさんへと頭を下げる。

 ただ、兵士はメルティアさんへと笑みを向けた後に、私へとちらりと細めた目を向ける。

 面倒臭そうな表情だった。


 兵士に先導されて城の庭を歩きながら、私はメルティアさんへと声を潜めて話しかける。


「……なんだか私、邪魔がられてません?」


「……ううむ、まぁ、付き人を連れて来る者はほとんどいないらしいからな。使用人程度ならまだしも、明らかな冒険者仲間を連れて来る者はおらんのかもしれぬ。私も、こういった場には全然来ないから、正直建前や暗黙の了解は一切わからない」


「帰りたくなってきた……」


 つい、冗談めかした弱音が口に出る。

 私は首を振り、弱気を打ち消す。

 これじゃあダメだ。

 私は、クリス王女様を相手に取り入らないといけない。


 クリス王女様は、考えのない大馬鹿者なのか、常人には見えない先々まで見えている天才なのか、学者でも判断しかねていると聞く。


 私が思うには、恐らく前者ではない。

 ただ、後者なのかもわからない。


 簡単に下調べはしたけれど、クリス王女様の動向は、一貫性があるのかないのか、私にはさっぱりわからない。

 上辺を調べただけの私には、考えや意見をくるくると変えて部下や国民を引っ掻き回しているだけに思えるが、逆に何の打算もなしにこんなことをするとも考えにくい。


 上手くは言えないけれど、クリス王女は、もっと恐ろしい、何か、化け物のようなものに思える。

 私はその化け物相手に、立ち回らなければいけない。


 恐らく、さっきの兵士の反応から察するに、最初の印象には期待できない。

 私が本当に来ていい身だったのかどうか、少しばかり怪しい。


 でも私には、王女様の気を引けるかもしれない話がある。

 私は大した魔物も倒したことがないし、そう危険な地へと向かったこともない。

 しかし、イルシアさんと仲良くなった時の話だけは、王女様の気も引けるのではないかと思っている。

 これだけが、王女様に取り入るための、私の唯一の武器となる。


 兵士の案内を元にメルティアさんと歩き、城内の広間へと辿り着いた。

 円状の机が幾つか配置されており、皿やスプーンなどの食器類がまとめて置かれている。

 既に冒険者は集まり始めていた。


 招かれたのは合計九名だと聞くが、今いる八人の内の二人は、様子を見るに付き人らしかった。

 長身の騎士風の男の人とその傍らに立つ使用人風の女の人と、白い長髭の老剣士と若い剣士。

 残る四人は、短剣を腰に差す片眼鏡の紳士風の人に、背丈の低い私よりもまだ若そうな小柄の女剣士、顔に魔獣の入れ墨のある紫髪の魔術師、大鎌を背負う細身の男の人。


 直接目にしたのは初めてだけど、噂を聞いたことのある人もいた。


 片眼鏡の紳士風の人は『心眼のベルナード』という通り名を持つ、高名な冒険者だ。

 直接戦うというよりも、後方からの補佐に動くことが多いと聞いている。


 魔獣の入れ墨のあるローブの男の人は、『死炎のガーザン』という魔術師だ。

 魔術師には珍しく、近距離における高威力魔法と、ナイフを用いた接近戦を得意とする。


 付き人の二人を除き……メルティアさんが七人目の計算になる。

 後二人、この部屋にまだ来るはずだ。


 王女様が座るためらしき椅子は用意されているが、まだ王女様の姿はない。


 やや時間があって、金の髪を短く切り揃えた女の人が現れた。

 身を隠す様に、深くローブを被っている。口許は包帯で覆われているのが窺える。

 冒険者の中には後ろ暗い過去があり、素性を隠して行動している人も多い。

 ……多いが、城まで来てこの恰好はどうなのだろう。隠したいのなら、こういった場へ出張ってこなければよかったのでは、と思わないでもない。


 更に間が開き、大柄の銀髪長髪の男の人が現れた。

 体格に相応しい巨大な剣を背負っている。他の冒険者とは、気迫から違う。


「メルティアさん、あの人……」


「あ、ああ……恐らく、あれが竜狩りだ」


 外見特徴も一致する。

 『竜狩りヴォルク』に違いない。

 恐らく、あの大剣が彼の愛剣、レラルなのだ。


 メルティアさんの歯切れが悪いと思い、目をやってみると、メルティアさんの視線はヴォルクさんに釘付けになっていた。

 確かに顔立ちは恐ろしく整っている。

 神話の男神の彫像の如き、美しい顔立ちであった。


 ヴォルクさんは探る様に私達を見回し、それから溜息を吐いた。


「……七、八、九名、既に全員来ている。我を通して出てきたのだが、ハウグレーはいない、か。ここならばと思ったのだが、また外したか」


 退屈そうに、そう口にした。

 ハウグレーといえば、既に死んだとされる伝説の剣豪である。

 ただ、仮に生きていれば、確かにこういった場に呼ばれていても、何らおかしくはない。

 権力には関心のない人物だったと聞くので、応じるかどうかはまた別の話であるが。


 ヴォルクさんはそれから顔に嫌悪を浮かべ、私達を再び一瞥する。


「どうにか使えそうなのは、二人か。昨日のひ弱娘までおるではないか。三騎士と揉めていたようだが、よく来れたものだな」


 一瞬、竜狩りの剣呑な瞳と目が合った。

 思わず、私は目を下に逸らす。メルティアさんが探る様に私を見る。


「お前達、死ぬ気のない者は、今すぐ全力で逃げろ。じきに死地になる」


 他の冒険者達の顔に、疑問の表情。

 当然、私にも、ヴォルクさんが何を言っているのかわからない。

 周囲に並ぶ兵士の一人が、ヴォルクさんへと困った顔で近づいていく。


「あの、ヴォルク様……何か、気にそぐわない点でもありましたかな?」


「おい、王女はどこだ? 招いておいて、顔も見せないのか貴様らの主は。とんだ腑抜けだな」


「え、えっと……申し訳ございません。王女様は、忙しい身でありまして……まずは、その……私からすぐに進行について告げさせていただきますが……」


 城の兵も、さすがに長身の竜狩りに詰め寄られては怖いらしく、敵意を露にする彼に対して腰が引けていた。


 離れたところから様子を観察していた『心眼のベルナード』の顔に焦りが生じる。

 老剣士の方を向いて、声を掛けていた。


「まずいですロムロドン様! 竜狩りが、動くつもりです!」


 どうやら、心眼のベルナードと老剣士……ロムロドンさんの二人は、最初から顔見知りだったらしい。

 ロムロドンさんの弟子が、唇を噛みながら腰の剣に手を当てる。


「……なるほど、クリス王女の紛い物は、我々を無力化するか、個別に分けてからご登場なさるというわけか。ならば、我の取るべき行動は決まったな」


 ヴォルクさんが、背の大剣を抜く。


「何をっ……」


 次の瞬間、兵士の上半身が、鎧ごと切断された。

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