第568話

 俺は〖竜の鏡〗で翼をひと回り大きくし、上空へと羽搏いた。

 それだけで周囲の空気が乱れ、アルヒスの乗る騎竜が大きく姿勢を乱した。


「ぐっ、この程度……!」


 俺は〖次元爪〗を放った。

 体勢を戻そうとするアルヒスの背後で、崖壁が大きく抉れた。

 アルヒスが目を見開く。


『……次は当てるぞ。お前じゃ、勝負にならねぇ。下がってやがれ』


 俺がアルヒスへとそう口にしたとき、リリクシーラが再び手に四つのチャクラムを構えていた。


「やはり貴方は、甘いですね」


『おい、今んなことしたら……』


 あの不規則なチャクラムの強みは、読めない軌道とその攻撃範囲にある。

 周囲一帯を四つのチャクラムが出鱈目に駆け回れば、リリクシーラの部下であるアルヒスに当たったとしてもおかしくはない。


「この子が今来たところで何の足しにもならないと思いましたが、貴方の足を一瞬でも引っ張れたようで何よりです」


 四つのチャクラムが容赦なく放たれた。

 ほ、本気なのか……?


 リリクシーラが部下の命であっても、使い切りの駒として見ていることはわかっていた。

 だが、アルヒスはリリクシーラの付き人であったはずだ。

 多少の情はあるはずだと考えていたが、リリクシーラの動きには何の迷いも見えなかった。


 俺はリリクシーラとは違う。

 リリクシーラの部下だとしても、無用に殺したくなんて勿論なかった。


 ことこの状況においては、今更一般聖騎士一人の戦力なんて戦況に変化はない。

 戦いが途切れたとしても、アルヒスを見逃したって別によかった。

 だが、リリクシーラはそうではなかったのだ。


 いや、さすがにこの状況……アルヒスの周囲が安全地帯になっている可能性が高い。

 リリクシーラは、俺の見逃しが揺さ振りだと判断して、隙を見せないように攻撃を仕掛けてきたのかもしれない。


 対応に慣れてきたとはいえ、今のリリクシーラの〖アパラージタ〗を完全に避けきるにはやや勘頼みになる。

 指標があるのは大きい。

 ここは一度、アルヒスの近場に飛んでから動きを見切る。


 俺はアルヒスの近くへと飛んだ。

 どうせ、彼女の攻撃は受けても痛くはない。

 剣での直接攻撃や連撃はさすがにもらいたくはないが、一発攻撃を受ければ直後に反撃して殺し返せるくらいにはステータス差が開いている。

 脅威にはなり得ないといって差し支えない。


「あら……惜しかったですね」


 〖神仙縮地〗によって唐突に現れたリリクシーラの〖アパラージタ〗が、俺へと飛来してきた。

 俺は驚いたが、横に飛ぶべきだと判断した。

 通常サイズなら間違いなく当たっていたが、今の大きさならば充分避けられる。


 俺は翼で空気を押し出し、横へと回避を試みる。

 そのとき、遅れて気が付いた。


 この軌道は、間違いなくアルヒスに当たる位置だ。

 いや、考えるな。

 この戦い、何度もリリクシーラの聖騎士を殺して来た。

 ここは手を緩められねぇ場面だ。


 アルヒスだって、覚悟していたはずだ。

 俺は確認も取った。逃げる機会も与えた。

 俺にはアロ達が待っている。

 どう考えたって、こんなところでアルヒスなんて庇っても仕方がねぇだろうが!


 そのとき、ふと、王都でのことが脳裏を過ぎった。

 リリクシーラの裏切りにより俺と聖騎士との交戦になったとき、伝説級の魔物に変貌したスライムが暴走した。

 その際……俺は、聖騎士に回復を条件にスライムを止めることを約束した。


 裏切ったのは奴らであるが……俺への攻撃を止め、周囲に回復するよう呼び掛けてくれたのは、アルヒスだった。

 彼女がいなければ、きっと王都アルバンはスライムの最後の暴走によって滅んでいただろう。

 ばかりか、回復前にベルゼバブに襲われて死んでいたかもしれない。

 あのときアルヒスは、俺にトドメを刺すのを諦めて、王都アルバンを救う道を選んだのだ。


 あの一件が終わってから……アロからも、妙な話を聞いたことがあった。

 アルバンの城で、アルヒスから俺以外の仲間を連れてとっとと逃げろ、と忠告を受けたそうだった。

 結局アロはそれを聞き入れず、その場でアルヒスとの交戦になったとのことだった。


 最初に会ったとき、妙に高圧的だったのも、今では理解できる。

 きっとアルヒスは、いつか裏切る相手に笑顔を向けられる程、器用な人間ではなかったのだ。

 だからこそ俺は……できればアルヒスを殺したくはないと、そう考えていた。


 論理的に考えた結果ではなく、咄嗟の判断だった。

 俺は〖竜の鏡〗で身体を巨大化させながら後方に飛び、リリクシーラの〖アパラージタ〗のチャクラムを左肩で受け止めていた。


 なんとか後方へ受け流す。

 だが、左肩が抉れ、左翼も大きく裂かれていた。


「なぜ……?」


 アルヒスが呆然とした表情で俺へと声を掛けて来る。


『なんでテメェは、あんな奴に従ってるんだよ! あの姿を見ても、ここまでされても、わかんねぇのか! 俺は、王都のためにお前が俺を見逃してくれたことも、裏切る前にアロだけでも助けようとしてくれたことも知ってる! ちゃんと自分で考えて動ける奴だって信じてるんだ。とっとと消えてくれ!』


 俺はアルヒスへと〖念話〗をぶつけた。

 アルヒスは剣を握る腕を力なく垂らしたまま、騎竜の上に凍り付いていた。


「わ、私は……」


 リリクシーラの手には、四本の〖アパラージタ〗の光の剣が握られていた。

 飛行能力の落ちた今を突いて、今度こそ白兵戦で仕留めに来るつもりだ。


「アルヒス、貴女程度がここまで役に立ってくれたのは、私にとって大きな嬉しい誤算でした。貴女の身勝手を放置しておいたのが、結果的にプラスになりました。そのまま離れ過ぎないように、周囲を飛び回っておいてください」


 リリクシーラ……お前は、そういう手段しか取れねぇのかよ!


『〖アイディアルウェポン〗!』


 〖竜の鏡〗で前脚を腕へと変化させる。


 俺のMPもそろそろ限界が近いが、それはリリクシーラとて同じことだ。

 ここは一気に勝負に出る。

 返り討ちにしてやる。


 俺の両手に青紫に輝く大きな剣と、大きな盾が現れた。

 大盾の方は前回同様に〖オネイロスフリューゲル〗だが、剣の方は初めて見る。


【〖オネイロスライゼム〗:価値L(伝説級)】

【〖攻撃力:+240〗】

【青紫に仄かに輝く大剣。】

【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の牙を用いて作られた。】

【この刃に斬られた者は、現実と虚構が曖昧になり、やがては夢の世界に導かれるという。】

【斬りつけた相手の〖幻影耐性〗を一時的に減少させる。】 

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