第569話

 リリクシーラが〖神仙縮地〗で距離を詰め、四本の〖アパラージタ〗の光の剣を振るって来る。

 俺は〖オネイロスライゼム〗の刀で光の剣を逸らし、捌ききれない攻撃を〖オネイロスフリューゲル〗で防いだ。


 だが、ジリ貧だった。

 圧倒的に手数で勝るリリクシーラの猛攻に、とてもじゃないが対応しきれない。

 〖オネイロスライゼム〗はほとんど間に合わないし、〖オネイロスフリューゲル〗は執拗な剣撃の前に斬り傷が走り、罅割れて欠けていく。


 後退しながら隙を探るも、リリクシーラの動きが速すぎて反撃する機会が見えてこない。

 いずれ俺が防ぎきれなくなるのは明らかだった。

 左翼の回復も万全でないため、攻撃を受ける度に不安定な動きで高度を落としていた。


 アルヒスはリリクシーラの言葉を守り、俺達を囲む様に飛び回っていた。


 俺は先ほどアルヒスになぜリリクシーラなんかに従うのかと投げかけたが、結局答えは返ってこなかった。

 俺の言葉に耳を貸すつもりはないらしい。


 だというのなら……俺は、これ以上はアルヒスを殺す気で行く。

 俺自身アルヒスのために死んでやるつもりはねぇし、アロ達の命も俺の背に掛かっている。

 あいつらは全力で、全てを懸けて戦ってくれた。

 ここで、俺が気の迷いでアルヒスを庇って殺されるような真似は絶対に許されねぇんだ。


 これ以上剣を向けるというのならば……次に邪魔な場面があれば、俺は今度こそアルヒスを庇わない。

 アルヒスもこの場に来たということは、その覚悟あってのことだ。


 俺は〖オネイロスフリューゲル〗でリリクシーラの光の刃を受けながら、その衝撃を利用して大きく後退した。

 接近と攻撃を試みて来るアルヒスから距離を取りたい、という考えもあった。


 その際に、刃を受けた〖オネイロスフリューゲル〗の上部が破損した。

 場に応じた理想的な武器を造り出す〖アイディアルウェポン〗は強力だが、相応に魔力を消耗する。

 ……もう、既に俺の残り魔力はジリ貧だった。

 この状況で魔力を用いて造った武器を一方的に失えば、本当に後がない。


 離れながら〖次元爪〗を放つが、同時にリリクシーラは握る刃の一つをチャクラムに変えて投擲していた。

 いくらなんでも判断が速すぎる。

 恐らくリリクシーラは、俺がアルヒスから離れる選択肢を優先するとわかっていたのだ。

 だから後方に逃れると読んで、即座にチャクラムを放てたのだ。


 消極的な逃げの考えじゃ駄目だ。

 リリクシーラは持てるアドバンテージは全部全力でぶつけて来る。

 こっちの甘い考えは全て見透かされている。

 ……アルヒスを見捨てるのではなく、アルヒスの命を奪う。

 そのつもりで勝負に挑まねぇとリリクシーラには勝てない。 


 俺は欠けた〖オネイロスフリューゲル〗でチャクラムを防ごうとした。

 だが、受けた角度が甘かった。翼の盾越しに衝撃が身体を弾いた。

 動きを読んで不意打ちで放たれたチャクラムが、なおかつ〖神仙縮地〗で初動を歪められるのだ。


 リリクシーラは〖神仙縮地〗で回り込む様に動き、回避と同時に距離を詰めて来ていた。

 動きが読まれていたせいでロクに距離が取れなかった。

 リリクシーラは〖神仙縮地〗を用いて不規則な動きで俺の周囲を飛び回りながら、三本の光の刃を振るう。


 一撃目を〖オネイロスライゼム〗で往なし、二撃目を背後に回避する。

 三撃目が避けきれないと思ったとき、リリクシーラの身体がその場で静止して、ぐらりと揺れた。

 その一瞬で、俺は高度を上げて辛うじて刃を凌ぐことができた。


 リリクシーラの顔が険しくなった。

 ……今、奴の持つ三つの光の刃が、同時に細くなったのが見えた。


 限界が来たのは俺だけじゃなかった。

 リリクシーラも〖チャクラ覚醒〗のデメリットである、HPとMPの持続的な減少が恐らく辛くなってきたのだ。

 他のスキルで継続的な回復を挟んで誤魔化していたようだが、そんなものがずっと続くわけがない。

 ついにその破綻が現れてきたのだ。


 無表情だったリリクシーラの顔にも、焦りの色が見え始めて来ていた。


「私が、負ける……? そんなわけには、行かないんですよ!」


 リリクシーラは〖アパラージタ〗で、チャクラムにして失った分の四本目の刃を再び造り出した。

 だが、同時に、全ての刃をやや細めの形状で安定させていた。


 俺もリリクシーラに対して、刃に薄い亀裂の入った〖オネイロスライゼム〗と、下半分しか残されていない〖オネイロスフリューゲル〗を構えた。

 お互い、最早余力はほとんど残されていない。


 俺は〖次元爪〗を放ちながら、リリクシーラへと接近した。


 自分から攻めるわけではない。

 〖次元爪〗を使って間合いの外側から牽制を続けて、リリクシーラの攻め方を制限する狙いであった。


 〖アパラージタ〗と〖神仙縮地〗持ちのリリクシーラ相手に、自在に攻められてはこちらが不利になるとわかったのだ。

 どうせ〖チャクラ覚醒〗で体力と魔力を失い続けているリリクシーラは、自分から攻撃に出ざるを得ない。


 以前の俺なら、戦闘中にそんなところまで考えることはなかっただろう。

 せいぜい大まかな策をぶつけるだけだった。

 だが、リリクシーラが理詰めの戦い方を徹底してくるため、俺も自分の戦闘中の動き方を考えなければとてもでないが対応できないのだ。


 リリクシーラは〖神仙縮地〗で俺の〖次元爪〗を避けながら、俺の周囲を飛び回っていく。

 リリクシーラにとって一方的に攻撃されている今の状態は避けたいはずだが、迂闊に飛び込んで痛手を負えば、そこで勝負が決してしまうと考えているのだろう。


 〖チャクラ覚醒〗で自分の魔力が尽きかけているはずなのに、相変わらず凄まじい精神力だ。

 この期に及んで、焦りで判断を曇らせることが全く期待できない。


 視界端に、アルヒスが再び接近してきたのが見えた。

 この刹那を競う場面で、アルヒスが入り込んでくるのはキツい。

 俺も……次は、アルヒスを殺すつもりでいる。

 だが、きっと、どうしてもそこで思考が濁る。

 それが俺とリリクシーラの差になりかねない。


 意識がほんの僅かそちらに逸れたその瞬間、リリクシーラが視界から消えた。

 〖神仙縮地〗で裏を掻かれたのだ。


 俺は振り返りつつ横に飛び、〖オネイロスライゼム〗の一閃を放った。

 リリクシーラはそれを光の刃で弾いた。

 続けて振り下ろされた二撃目を、俺は〖オネイロスフリューゲル〗を前に押し出して返した。


「随分と、勘が鋭くなりましたね」


『テメェのお陰でな!』


 俺が会話に応じたその瞬間、リリクシーラが最速の動きで手を返し、剣をチャクラムへと変えて一直線に俺へと放って来た。

 驚かされたが、これなら問題なく避けられる。

 言葉で気を引いたつもりだったのかもしれねぇが、むしろリリクシーラに意識が向いていた分、余裕を以て回避することができそうだった。

 チャクラムの動きも、直線的で把握しやすい。


 そこまで考えたところで、俺の丁度背後の座標にアルヒスがいたことが頭を過ぎった。

 リリクシーラにしては妙に読みやすいチャクラムの動きといい、嫌な予感がした。


 だが、俺はそのまま避けた。

 アルヒスに気を取られていてはリリクシーラには勝てない。

 アルヒスを殺すつもりで戦うと、そう決めたからだ。

 それに……まさか、いくらリリクシーラでも、追い詰められたこの場面とはいえ、アルヒスを攻撃するわけがないと、そう考えたのだ。


「あら、案外冷たいのですね」


 リリクシーラが嘲弄するようにそう言った。

 俺の背後で、アルヒスの乗っていたゼフィールの断末魔の叫びが響いた。

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