第570話

 俺は尻目で背後を確認した。

 まさか、そんなはずはないと。

 いくらリリクシーラが冷徹女とはいえ、側近にしていた部下を、ほとんど無意味に殺す様な真似をするわけがない。


 俺の視界に、胴体を二つに分断された、血塗れのゼフィールが落下していくのが見えた。

 アルヒスも身体中真っ赤に染まってぐったりとしているが、直撃を受けたわけではないらしく、身体が切断されているようなことはなかった。


 ……これならば、無事かもしれねぇ。

 だが、そんな考えはすぐに潰えた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖アルヒス・アテライト〗

種族:アース・ヒューマ

状態:死亡

Lv :60/75

HP :0/364

MP :48/227

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ステータスを確認すれば、アルヒスが既に死んでいるのがわかった。

 アルヒスは魔物でいえば、せいぜいC級上位とB級下位の間、といったところだ。

 伝説級の魔物である〖ホーリーナーガ〗の〖チャクラ覚醒〗状態の〖アパラージタ〗なんて、余波を受けただけでも無事に済むわけがなかった。


 距離を詰めてきたリリクシーラが、俺のすぐ前で光の刃を振り上げていた。

 自分の手で忠臣を殺したばかりだというのに、全くコイツの動きには迷いがない。


 今、理解した。

 リリクシーラは今の攻撃で、別に俺にアルヒスを庇わせたかったわけじゃない。

 もっとシンプルに、少しでも俺の動揺を誘えないかと思ってチャクラムを放ったに違いない。

 完全にリリクシーラはアルヒスを殺すつもりでやったのだ。

 自分が不利になっていたからとはいえ……テメェは、そこまでやるのかよ。


 避け損なった光の刃が、俺の腹部を抉った。

 後がないのに、この局面で浅くない一撃をもらっちまった。


 俺は〖自己再生〗で急速に治癒を行い必死に意識を保ちながら、後続の光の刃を剣で受け止める。

 だが、一気に体勢を崩されたため、かなり厳しい形勢となっていた。

 〖オネイロスライゼム〗と〖オネイロスフリューゲル〗の破損もどんどん酷くなっていく。


 このままじゃ隙を晒して殺される。

 強引にでも形勢をリセットする必要がある。


 俺は力を振り絞って〖オネイロスライゼム〗の一閃を放った。

 リリクシーラは二本の〖アパラージタ〗を咄嗟に交差させる。

 それは光の盾へと形を変えて、俺の一撃を受け止めた。


 刃と盾の押し合いになった。

 不意を突ければと考えたのだが、ここまで冷静に受けられるとは思っていなかった。


 光の盾が俺の剣を押し退け、ジリジリと前に出て来る。 

 力勝負では、〖チャクラ覚醒〗状態のリリクシーラの方に分がありそうだった。


『何やってやがるんだよ! テメェの、一番の部下だったんじゃねぇのかよ! ちっとは大事に見てるんじゃねぇかと思ってたのに、あんな……!』


「フフ……感情的であまり役に立たない子でしたが、最期に少しは機能してくれたようで何よりです」


 俺の頭の中で、何かが切れかけた。

 だが、ギリギリのところで踏みとどまることができた。


 これまでのやり取りでわかったことがある。

 リリクシーラは、ちょっとでも俺を乱せそうな言葉を、機械的に吐き出しているだけなのだ。

 恐らく、言葉によって得られる結果以外に関心がないのだろう。

 こいつがどんな言葉を吐いたとしても、そんなもんに感情を左右される価値なんてない。


 俺は熱くなる脳に、必死にそう言い聞かせる。

 今は、この戦いに勝つことだけを考えろ。

 アルヒスはもう死んだのだ。

 彼女のことを考えるのは、この戦いが終わってからでいい。

 そして……リリクシーラの妄言に頭を悩ませる機会なんざ、永遠に必要ねぇ。


 押し合いの最中、リリクシーラの力が僅かに緩んだ。

 やはり、もうリリクシーラにはまともに〖チャクラ覚醒〗状態を維持する余力がないのだ。


「グゥォオオオオオオオオオオッ!」


 俺は咆哮を上げながら、剣を振ることに全力を注いだ。


「ぐっ!」


 リリクシーラの身体を後方に弾き、相手の体勢を崩すことに成功した。


 思い返せば、リリクシーラの攻撃の勢い自体、かなり急落している。

 〖チャクラ覚醒〗を発動した当初の勢いであれば、これだけ不利に陥った時点で俺は既に殺されていたはずだ。

 リリクシーラもすぐそこまで限界が来ているのだ。


 この隙を突いて仕掛ける!

 俺は気力を振り絞って前に出る。

 剣を下から振り上げ、リリクシーラの身体の蛇の下半身から、逆側の肩へと抜けるように斬りつけた。

 リリクシーラは咄嗟に胸部を光の刃で守る。しかし、防ぎきれなかった彼女の肩と腰を斬ることができた。

 左の上の腕の肉が削げ、骨が露出した。


 続けて剣を横に振るう。

 今度は先ほどの光の盾でしっかりとガードされた。


 攻勢を取れた今、できればこのままリリクシーラを倒し切ってしまいたい。


『〖グラビティ〗!』

「〖グラビティ〗!」


 俺が強引にリリクシーラを崩すために〖グラビティ〗を放ったとき、同時にリリクシーラも〖グラビティ〗を使っていた。

 円状に展開された黒い光の中、互いの高度が大きく下がる。


 俺は必死に剣を振るった。

 肉を斬る感触があった。

 どうにかリリクシーラの身体を捉えたようだった。

 その直後、俺は剣を前へと突き出し、リリクシーラの身体を貫いた。


 だが、その直後、俺の身体に激痛が走った。

 視界が明滅し、後方へと弾き飛ばされた。

 胸部を熱された金属塊で殴打されたかのような感覚だった。

 オネイロスの鱗が溶けるのを感じる。


 崖壁に背を叩きつけられた。

 血塗れのリリクシーラが、光の大鎚を手にしていた。

 お互い守りが薄くなると判断して〖アパラージタ〗の剣と盾を合わせ、光の大鎚へと変化させて重い一撃を狙ったようだった。


 俺のHPが……もう、尽きかけている。

 このままリリクシーラと接触すれば、軽い一撃でも死に直結する。

 回復しようとして、最早その魔力も残っていないことに気が付いた。


「ようやく、貴方の膨大な魔力が底を尽きかけているようですね。すぐに、終わりにして差し上げます」


 リリクシーラは俺を睨み、口許を歪めて笑みを浮かべていた。

 その顔には余裕の色はない。

 ただ、リリクシーラは自身の狙い通り、俺の方がダメージが大きかったことに安堵しているようだった。


 俺は尻目に、アルヒスが消えていった崖底の方を確認した。


『リリクシーラ……テメェは、生きてちゃいけねぇ奴だ』

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