第333話
トレントが呆然とした表情で、宙から俺を見下ろしているのがわかる。
相方も、俺の唐突なトレントの打ち上げに理解が追いつかなかったらしく、目を丸めて上を見ていた。
俺は翼を広げて落下速度を落とした後、首を上に振って頭の上に乗っていたアロを垂直に跳ばし、上を向いて口を開けた。
「りゅっ、竜神様っ!」
アロが慌てて俺の鼻の上に乗ろうと身体を伸ばすが、口を開け直して容赦なく頬張った。
思いの外人肌に近い感触であったが、粘液に触れたところから身体が解けて泥のようになっているようだった。
とと、今はそんなこと考えてる場合じゃねぇ。
おい相方、お前の近くにプチナイトメアの蜘蛛の糸あんだろ?
ちょっとそれを啜って、プチナイトメアを口の中に避難させ……。
プチナイトメアは相方の頭部に糸を付けてぶら下がっていたのだが、糸を切り離して落ちて行った。
喰われるのがよほど嫌だったらしい。
い、一瞬だって! 一瞬! そっちは危ねぇぞ!
プチナイトメアは糸に風を受けさせながら、ゆっくりと飛んで俺から離れていく。
……あ、あいつ、こんなこともできたのか。
ま、まぁこれでアロは口の中に避難させたし、プチナイトメアも遠くへ離れた。
トレントもぶん投げた。
心おきなくあのアダムと肉弾戦ができる。
アダムは俺目掛けて跳びかかってきている。
〖ハイジャンプ〗のスキル、意外と恐ろしいな。
牛が使ってた時には地味なスキルだと思っていたが、思いのほか使い勝手がよさそうだ。
つっても、俺は〖飛行〗があるからいらないわけだがな。
とはいえ、アダムの攻撃力は高い。
動きも速い。近接スキルも充実している。
アダムも自信があるから、俺の様なドラゴンに近接戦を挑んできたのだろう。
どんな攻撃を繰り出されても、回避して蹴りを叩き込めると、そう高をくくっているに違いない。
だが、この状況で、高確率で、返り討ちにできるスキルを俺は持ってる。
俺は頭を前に倒し、空中で勢いよく前転しながらアダム目掛けて落下した。
〖転がる〗のスキルである。
これなら如何に近接戦闘の達人といえども、往なして隙を突くような真似はできねぇはずだ。
アダムは空中で一瞬固まったのち、足を引いて回し蹴りを放ってきた。
だが、高速回転する俺の鱗の前に、アダムの足は弾き飛ばされた。
アダムの足が、あらぬ方向にへし折れる。
更に俺は転がりながらも尾を伸ばし、無防備に落下するアダムを追撃する。
アダムの背にまともに尾が直撃し、アダムは地面へと一気に落下していく。
やっぱし、ステータスが近いもの同士だと、〖ステータス閲覧〗のアドバンテージは大きい。
向こうも俺が〖転がる〗とわかっていれば、無暗に近づくような真似もしなかっただろうに。
アダムが背から地面に直撃し、大きく身体を跳ねさせた。
そこへと目掛け、高速回転しながら俺は突撃する。
地面が大きくへこみ、辺りに大きな音が響いた。
アダムが腕を大きく前に伸ばし、「ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ」と奇怪な悲鳴を上げていたが、やがてそれは途切れ、がっくりと腕が曲げられた。
【経験値を4672得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を4672得ました。】
【〖ウロボロス〗のLvが92から96へと上がりました。】
し……死んだか。
にしても、さすがA-だな。とんでもねぇ経験値量を誇ってやがる。
まさか今になって、一気に四つもレベルが上がるときが来るとは思っていなかった。
アダムの死体の目もバッチリと開かれており、おれの顔をガン見していた。
ただひたすらに不気味である。……これ、後で起き上がってきたり、しねぇよな?
アダムの身体はところどころ削れ、血塗れになっているものの、かなり原型を残している。
何にせよ、〖転がる〗がクリーンヒットしてよかった。
速度と体格差でちょこまかと避け続けられていたら、向こうの強攻撃で沈められていた可能性もあった。
今回は〖転がる〗で逃げられない状態に追い込んで押し潰すことができたので、体格差がこちらにプラスに働いた形になったが。
運がよかったな。防御力もかなり高めだったから、こういう手でも使わなければ、長期戦になりかねなかった。
もうちっと、ウロボロスの特性を活かした戦い方を心掛けた方がいいのかもしれねぇな。
今の俺は、ウロボロスの強みを十二分に発揮した戦い方ができているとは思えねぇ。
ウロボロスのタフさと魔力を活かして戦うのならば、自身は後方に立って、〖フェイクライフ〗の連打で仲間を作って足止めしながら、相手が弱ったところで一気に畳み掛けるのが一番……か。
う~ん……でもあんまり、〖フェイクライフ〗は使いたいスキルじゃねぇからなぁ。
〖病魔の息〗、〖毒牙〗辺りを交えた戦略を立てるのが先か。
俺は空を見上げる。
トレントがちょうど落下してくるところだったので、翼を伸ばし、上手くキャッチした。
翼を撓らせて衝撃を殺してから、地面へと転がす。
すっげー不服そうな目で俺の方を見ていた。
し、仕方ねぇじゃん! あいつ迎え討つためには、こうするしかなかったんだもん!
俺はそこでふと思い出し、口を開けて舌を伸ばした。
口の中からゆっくりと、アロが這い出てきた。身体中に俺の粘液が付着しており、一部が溶けかかっている。
「…………」
アロは地面に這ったまま、上目遣いで俺を睨んだ。
俺は静かに目を瞑り、深く頭を下げた。
ぶん投げと捕食から逃れたプチナイトメアが、俺達の傍まで戻ってくる。
……こいつ、なんつーか、マジで要領いいな。
しかし、これでちっとは、この最果ての島も行動しやすくなるだろう。
さすがにアダムみてぇな奴がそこらにゴロゴロいるとは思えねぇ。
あいつの死体に〖フェイクライフ〗を掛けたら強い魔物ができそうだが、さすがにそんなことをする気にはなれねぇ。
一応、この近くに埋めておいてやるか……ん? 死体、どこ行った?
横を見ると、相方の口から肌色の足の様なものが見えていた。
『意外トウメェ』
お前何してんの!? つーか、何してくれてるの!?
腹減ってたのはわかる。わかるが、やっていいことと駄目なことがあるだろうが! おい!
は、吐き出せ! そんな人型のもん、俺は絶対消化したくねぇぞ!
『ウッセェナ……』
相方がつまらなさそうに、ぷっと吐き出した。
足の膝から上は、何もなかった。
『オラ、ソレ喰エヨ』
誰がいつ喰いたかったっつったよ!
こんな不気味な生物喰えるわけねぇだろ!
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