第332話

 こっちへと一直線に駆けてくる全裸の首なし男を前に、俺はすぐさま逃げるべきか否か、逡巡した。

 目の前の魔物は、明らかに真っ当な生き物ではない。


 だが、俺はAランクモンスターだ。

 落ち着け、Aランクのモンスターなんて、今まで俺以外で見たことなんてなかったんだ。

 こんな変な場所で、急に出てくるわけがない。

 恐らくは、ただのスピード特化タイプに違いない。



 一歩退きながら、俺は首なし人間のステータス確認に入る。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:アダム

状態:通常

Lv :73/100

HP :833/833

MP :452/452

攻撃力:652

防御力:561

魔法力:592

素早さ:691

ランク:A-


特性スキル:

〖HP自動回復:Lv6〗〖気配感知:Lv7〗

〖忍び足:Lv7〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv4〗〖飢餓耐性:Lv7〗〖毒耐性:Lv4〗

〖麻痺耐性:Lv4〗〖幻影耐性:Lv3〗〖即死耐性:Lv2〗

〖呪い耐性:Lv3〗〖混乱耐性:Lv5〗


通常スキル:

〖クレイ:Lv4〗〖病魔の息:Lv5〗〖カース:Lv5〗

〖デス:Lv6〗〖ガーデナ―:Lv5〗〖グラビドン:LvMAX〗

〖パワーハンド:Lv5〗〖メテオキック:Lv4〗〖ハイジャンプ:Lv6〗


称号スキル:

〖最終進化者:Lv--〗〖最果ての民:Lv--〗〖重力シューター:Lv--〗

〖呪術師:Lv6〗〖最果ての庭師:Lv--〗〖執念:Lv9〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ふつーにどう考えてもヤベェ奴だった。

 俺が今まであった中で一位二位を争うマザーを、遥かに凌ぐぶっ壊れステータスである。

 俺でも下手に攻撃を受ければ、無事ではいられそうにねぇ。

 つーか、何がアダムだよ。テメーみてぇなのが原初の人類なわけねぇだろ、どこで頭落としてきたんだ。


【〖アダム〗:A-ランクモンスター】

【最果ての地に住まう、奇怪な姿のモンスター。】

【好戦的な性格であり、たまたま訪れたその時代の勇者一行を、まともな抵抗を許さぬままに蹴り殺したこともある。】

【圧倒的な身体能力の他に、敵わないと思えば強敵を呪い殺す、陰湿な手段を用いることもある。】

【海の向こう側には異形の化け物が住む、と人々を恐れさせる元凶である。】

【動物に対しては醜悪なまでの執念を持って襲い掛かるが、反して自然を愛でる一面をも併せ持つ。】


 軽い気持ちで着陸したら、いきなり裏ボスみてぇな奴が這い出てきやがった。

 ちょっと待ておい、これは駄目だろ。

 自然愛でてようが、ギャップ萌えとかまったくねぇからな!?


 俺は慌てて頭上にいるアロへと小さく「グオッ」と声を掛けた後、上体を上げてトレントを掴んだ。

 プチナイトメアが糸を吐き出し、相方の頭へと付着させる。

 さすがプチナイトメア、判断が速い。


 俺は地面を蹴って、跳び上がる。そのまま翼をはためかせた。


 アダムは俺の真下に移動した後、表情を崩さないままじっと俺を見つめ、過激にバンバンと地団太を踏んでいた。

 めっちゃ怖い。何が怖いって、あれほど過激に身体で感情表現してるのに、表情が微動だにしないんがマジで怖い。

 今更自分より小さい魔物相手にビビるときが来るとは思ってもいなかった。


 アダムの足の衝撃で土がめくれて土煙が上がり、アダムの姿が見えなくなった。


 俺は、首を島の外へと向ける。

 仕切り直しだ。

 ここで生活すんのなら、あのアダムを排除する必要がある。

 距離は取った。ここから遠距離攻撃を続けてみるか……それとも、一度撤退して、不意を突く術がないかどうか、考えてみるか……。


 とはいえ俺は巨体だし、身を隠す様なスキルもない。

 下手に人化なんかすれば、マジでそのまま蹴り殺されかねない。

 とはいえ、アロ、プチナイトメア、トレントが協力しても、まともに戦える相手だとは思えない。


『……オイ、アイツ、ナンカヤッテンゾ』


「グゥオッ?」


 相方の忠告を聞き、俺は視線をアダムへと戻す。

 アダムの起こした土煙が、奇妙な螺旋を描きながら中央へと集まっていくのが見えた。

 その渦に呑み込まれるように土煙が晴れると、アダムの前に黒く光る球体が現れているのが見える。

 黒い球体は土煙を吸うに飽き足らず、地面の体表まで剥がして呑み込もうとしているかのようだった。


 重力魔法〖グラビドン〗である。

 俺が今まで見てきた〖グラビドン〗も、魔物のステータス以上の打点を誇っている強力な攻撃であったが、アダムの魔力は今までの魔物とは比にならない。

 どれほどの威力を持っているのか、わかったもんじゃなかった。


 カッと、アダムの口許から黒い球体が放たれる。

 想定外の速度で接近してきた〖グラビドン〗を躱しきることは困難だった。

 俺は咄嗟に翼でガードした。

 黒い球体が俺の翼を押し潰すように抉り、衝撃波を伴って自壊した。

 激痛が走り、翼の骨がへし折れた感覚があった。

 俺の翼の羽が舞い、空中で態勢を崩すこととなった。


 とんでもねぇ速度と威力だ。

 こんなもん、何発もくらってられね……と考えていると、アダムの口に再び黒い光が集まっていくのが見えた。

 おいおい、それ反則だろ。あれだけ馬鹿みてぇな威力があって、反動とかねぇのかよ。

 あれがスキルレベル最大の〖グラビドン〗か。


 俺はバランスを崩して落下しながら、翼を動かして可能な限り〖鎌鼬〗を放った。

 ほぼ一直線に地面へと落ちていく風の刃の嵐を、アダムは右へ左へと跳ね回りながら器用に避けていく。

 風の刃が地面に罅を入れ、激しく土煙を巻き上げる。


 二発目の〖グラビドン〗がアダムより放たれる。

 再び翼を前に回してガードしたものの、先ほどよりダメージが大きい。

 めり込んだ黒い球体が、俺の身体全体を激しく揺らす。

 まともに翼の折れた感触がして、俺は一気に高度を落とす。

 ビビッて咄嗟に距離を取ったのは、失敗だったか。


 〖グラビドン〗があるのはわかっていたが、ここまで高精度で威力が高いとは思っていなかった。

 この距離間では、完全に俺が押し負けている。

 おまけにトレントを両腕で抱え、頭にアロを乗せている今、あまり大きな動きが取りづらい。

 距離を詰めて、一気に勝負に持ち込むべきだったか。

 攻撃力がずば抜けて高かったのと勇者の逸話を聞いたのとで、近接戦闘を警戒し過ぎていた。


 アダムは、落ちてくる俺を淡々とした表情で見上げている。

 ただ相変わらず足だけは落ち着かなく、ダムダムと地団太を踏んでいる。


 俺は落下しながら、〖自己再生〗で折れた翼の修復に掛かる。

 痛みはマシになるどころか更に酷くなったが、どうにか歪に曲がっていた翼の角度が持ち上がり、元の形を取り戻していく。


『オイ、アイツヤベェゾ! ドウスンダ!』


 俺も、レベルとランク差があるからもうちょっと余裕があるんじゃねぇかと思っていた。

 ウロボロスは元々、持久戦型だ。

 同ランク級との戦いになると、持久面以外に少々難があるようだ。

 攻撃を受けても持ち直すことはできるし、持久型には持久型でのやり方があるが、アロとプチナイトメア、トレントを連れた状態では、下手に攻撃を受けるわけにもいかねぇ。

 幸い攻撃力ならこっちが勝っているが……スピードでは微かに向こうに軍配が上がる。

 そもそも近接戦闘はアロ達に攻撃が行く可能性が高く、今はあまり取りたい手ではない。


 アダムが勢いよく膝を曲げ、伸ばし、曲げを繰り返している。

 奴のスキルの中に〖ハイジャンプ〗があったはずだ。

 〖グラビドン〗連発戦法を止めたということは、〖ハイジャンプ〗での近接戦闘で一気に俺を倒すつもりなのだろう。

 今の状況から無理に再生した翼で逃げようとしても、〖グラビドン〗の追い打ちをくらうだけだろう。


 とんでもねぇ相手だ。ウロボロスを単騎で沈めうる火力を持っている魔物がいるなんて、思いもしていなかった。

 が……レベルを上げるのにゃ、ちょうどいい。

 あんまし手段を選んでる余裕はなさそうだ。

 こっちも、やり方を選ばずに反撃に出させてもらうとすっか。


 アダムの足が深く曲げられ、勢いよく伸ばされる。

 来るっ!

 俺はアダムの足が地面と離れるタイミングで、腕を大きく上へと振り上げた。



 俺は腕に抱えていたトレントを、空高くに投げ飛ばした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る