第248話

 相方は俺の指示に従い、気配感知の示す先へと向かう。

 そろそろ接触する。


 頼むぞ、相方。

 ちょっと腹減ったからって、集落で盗み食いとか絶対止めてくれよ。

 俺が後でたらふく食わせてやっから。


「わーってるよ」


 相方は雑に言い、鼻唄混じりに森を歩む。

 もうちょっと慎重っつうか……いや、別に見つかっちゃダメなわけじゃねぇし、いいんだけどよ……。

 でもなんか、緊張感なさ過ぎると疑われるっつうか。


 華奢な見た目に反したこのざっつい言葉遣いはどうにかならんのだろうか。

 俺の一部みたいなもんだから仕方ねぇのかもしれんが。


 向こうの気配さんは、こっちに対して特に動きを見せる様子がない。

 さっきの奴らかとも思ってたんだが、こっちを感知したようすがないってことは巫女はいねぇのかな。

 人型だからただの同胞だと思って特に反応してねぇのか、集落に近いからわざわざ気を張ってねぇだけってことも考えられるが。


 こっちの巫女も念話系スキル持ちかもしれねぇし、注意しねぇとな。

 〖念話〗は思念のやりとりだ。

 スキルレベルが高かったらこっちの感情の変化が、下手したら嘘が筒抜けになっちまいかねねぇ。

 次会ったらステータスをチェックしといた方がいいかもしれんな。


 〖気配感知〗と〖念話〗、敵に回したら本当に厄介だな。

 巫女様巫女様とあれだけ慕われてんのにも納得だ。きっと幾度と集落の危機を救って来たんだろう。

 

 いいか相方よ、向こうが攻撃的でもなるべく下手に出るよう頼むぞ。

 まかり間違っても噛みついたり殴ったりは止めてくれよ。

 ちょっと力加減間違えたら死体の山が出来上がるからな。

 それが一番怖いんだから。


 万が一、どうしても我慢できなくなったら言ってくれよ。

 そのときはもう、ダッシュで逃げる方向に切り替えるか、最悪人化を解くってことも視野に入れなきゃならねぇかもしれん。


「んな心配しなくてもよ……」


 向こうの集落がどういう状況でどういう集団なのか、さっぱりわかんねぇからな。

 最悪は想定しとかねぇと。


「オレからしてみりゃ、んなビビってんのに無理して首突っ込みたがるお前のがわかんねぇけどな」


 相方は特に含みもなさそうにそう言う。

 理解はできないが、今は今で楽しいから別にいいやといった調子だった。


「いいじゃねぇか、あそこにいてニンゲン共の持ってくるメシ喰って、そんでたまに狩りに行って、後は蜘蛛でも育てて暇つぶししてりゃあ」


 ……それはそれでいいような気もすっけど、やっぱし気になるからなぁ。


 相方は俺より考え方がドラゴン寄りなのかもしれねぇな。

 喰うもん喰って、後は好奇心満たしてふらふらしてぇというのはなんとなく野性的というか、モンスター寄りというか。

 ……今は協力してくれてっからいいけど、いつか意見が割れそうな気がして怖い。


「言ってみただけなんだから、んな考え込むなって。身体はお前なんだからよ」


 ある程度従ってくれる気があるならこっちも安心はできるけどよ。

 んでも、なんかそれはそれで悪い気がすんな。

 今相方がテンション高いのも、自分の意思で自分の身体を動かせるというのがきっと新鮮なのだろうし。

 なるべく相方主体で人化する機会を作ってやるか。


 ……つーか、次に進化したときって相方どうなんだろ。

 次の進化も双頭竜なんだろうか。

 分離で二体になるのがベストなんだけど、あのクソ神のことを思うとそう上手くいくとも思えねぇ。

 統合とかなると、やっぱり抵抗あるよなぁ……。そんときゃ実質的に、相方が消えちまうようなもんなんだろうし。


 まぁ、とにかく今は目前のことを考えねぇとな。

 三人の気配はすぐそこまで近づいている。

 気をちっとは引き締めてくれよ。


 相方の鼻唄か足音に気付いたのか、気配の塊が動きを止めたのがわかった。

 相方が目を凝らしてくれたお陰で遠くに三人の人影が見えた。

 こちらの様子を伺っているようだ。


 よし、頼んだぞ。

 なんかおかしかったらすぐに撤退してくれよ。

 頭の角がどう作用すんのかだってわかんねぇんだから。


 声を聞かれたらまずいと思ったのか、相方は黙ったまま、こくこくと頷く。

 一応、ちっとは慎重になろうって気はあるんだな。


 まず相方に何を喋らせようか。

 とりあえず最低限、旅人であることは伝えさせなければならない。

 集落に侵入するにはマンティコアがそうしていたように、怪我人を装って同情を引くのが手っ取り早いし自然だろうが、相方が怪我をしていないことはすぐにバレちまう。

 そもそもちょっとくらいの怪我なら自動回復で治っちまうからな。


 水浴び中に魔物に襲われて荷物を失くしたから、食事を恵んでもらえるとありがたいです、くらいで行くか。

 顔はいいし体格も細いから警戒はされねぇだろ。

 武器持ってねぇのは明らかだし。


 人化の術が持つのは後50分くらいだ。

 時間が掛かりそうなら隙を見て逃げる必要がある。


 相方よ、とにかく敵意がないことと、旅人だということのアピールから入ってくれ。


「がぁ?」


 顔の筋肉が強張ったのを感じた。

 たらり、汗が頬を伝う。


 ……この感じ、具体的にどう言ったらいいのかわかってねぇパターンか。

 やっぱ俺がやった方がよかったか?


 と、とにかく、敵意なさそうな感じにしといてくれ。

 台詞は追って伝えるから。


 三人組が、顔がよく見える距離にまで近づいてきた。

 全員半裸で、体格のいい男だった。

 二人が弓を、先頭の一人は槍を構えている。


 槍の男が、相方の姿を見て武器を下ろす。

 男は相方の姿を見て安堵したのか、張り詰めていた表情が和らぐ。


「女だ。武器もない、下ろせ」


 槍の男に諭され、残りの二人も弓を下ろす。


「……いいタイミングだな」


「ああ」


 弓の男二人が、小声でボソボソと何か話をしている。

 いいタイミング?

 何の話だ?


「おい、静かにしろ。俺が話すぞ」


 槍の男が二人を睨む。

 二人はびくりと体を震わせ、口を閉じる。


「娘、何の用でこの森を訪れた」


「えっと、旅、している」


 緊張しているのか、若干片言だった。

 さっきまでペラペラ喋ってやがったのに、その流暢さもない。


 後ろの二人組が目を細め、相方へと疑惑の目を向けている。

 まずいかと思ったが、また槍の男が二人を睨むとびくりと肩を震わせ、無表情へと戻った。


「何人できた? 仲間はどこだ?」


 仲間、か。

 そりゃそうだよな。

 こんな危なっかしいところに単独で来るわけねぇか。


 確か、昔俺の住居にやってきたのは二人組だったっけな。

 でもここの方が百倍くらい危ねぇだろうし、八人くらいがいいか。

 アビスがその辺うろついてるからな。

 二人でこんなとこ潜り込んでくるとか、どんだけ強いんだよって話になる。


「……えっと、あ、あ、相方と、二人で来た」


 駄目だこいつ、テンパってやがる。

 俺の思考を半端に拾って、ついそのまま口に出てしまったんじゃなかろうか。


「たった二人でか?」


 槍の男が表情を顰め、それから探るように体のあちこちを観察してくる。

 まずい、リーダー格からも疑惑を持たれちまったか。


 そ、そうだ!

 そこそこ名のある白魔術師っつっとけ!

 確か、ミリアの称号スキルに白魔術師なるものがあったはずだ。

 恐らく回復魔法専門の魔術師のことだろう。


 これならやってみろと言われても〖ハイレスト〗のスキルですぐ実践できるし、なんなら上手く使えば恩を着せることもできるかもしれねぇ。

 戦闘能力自体は低いと思ってもらうことができれば、警戒を抑えることもできるはずだ。


「こ、こう見えてオレは名のある白魔術師だ」


 ああ、あと、相方はもう死んだことにしといてくれ。

 近くにうろついてると思われたら警戒されかねん。


「相方は……えっと、デケェ虫に喰われて死んだ」


 咄嗟に出てきたのがアビスかよ。

 やっぱトラウマになってんじゃねぇか。


「アビスか、なるほどな。それは気の毒だった。疲れているだろう、我らの集落へ来るといい」


 男はあっさりと警戒を解き、ばかりか即座に集落へと招待してくれた。


 え?

 い、いや、こっちもそりゃありがたいけどよ。

 ちょっと話がとんとん拍子すぎねぇか。


 なんだ、美人効果か。

 この人、俺は超硬派です、みたいな外見して案外ナンパな奴だな。


「娘よ、付いて来い。身体が休まったら、森の安全なところまで案内してやる」


 槍の男は身体を翻し、集落があるのであろう方向へと引き返し始める。

なんだこのイケメン。

 人がいいのは結構だが、そんなんだからマンティコアに侵入されるんだぞ……。


 弓の男二人は、突っ立って固まっていた。

 しかし槍の男が横切ると、相方へ軽く目を向けながら口元を手で覆い、彼へと声を掛ける。


「ヤ、ヤルグよ。なぁ……」


「後にしろ。俺が話すと言ったはずだ。お前達は、集落に戻るまで口を開くな」


 ヤルグ、というのが槍の男の名前だったらしい。

 声をかけた男は納得がいかなかったらしく、眉を顰めていた。

 しかしヤルグが無言のまま歩き続けると、すぐに彼の後を追った。


「娘、早く来い。ボサッとしていれば、アビスに喰われるぞ」


 やっぱりこっちの集落でもアビスが天敵らしい。

 森一帯に奴らはいるのか。

 もう二度と出くわしたくねぇけど、そういうわけにはいかねぇだろうなぁ……。


「お、おう」


 相方はぎこちなく頷き、ヤルグについて歩き始めた。


 ……ちょっと怪しい気はすっけど、ついていかねぇ理由にはなんねぇな。

 元々、そのつもりでこんな手まで打ったんだからよ。

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