第249話
ヤルグについて歩き出し、ものの数分のうちに集落の入り口へとたどり着いた。
集落についてからヤルグが手で合図をすると、弓の二人は逃げるようにどこかへと走っていった。
俺のことで巫女か誰かに報告にでも言ったのかもしれない。
こっちの集落は竜神派に比べてかなり規模が小さいようだ。
家の数がかなり疎らであり、歩いてもあまり人の姿が見えない。
その上その残っている家も、入り口前に長い草が沢山茂っていたり、壊れた壁がそのままだったりと、一目見て空き家とわかるものが多い。
人手が足りていないのか、草が生えっぱなしになったまま放置されている畑もあった。
畑には印のためか木の棒が突き立てられているが、その木の棒も老朽化しており、最後に手を加えたのは十年近く前になるのだろうと予想できた。
たまにこちらを見てひそひそと噂話をしている者がいるが、こちらへ干渉してくる様子はない。
困ったような表情の者もいれば、喜んでいる者の姿もある。
この集落で俺がどういう扱いなのか、いまいち掴みづらい。
あんましよくねぇ気がするってことだけは確かだが。
しかし、さっきから男ばっかりだな。
女は出歩かねぇ習慣でもあるんだろうか。
いや、巫女はさっきみたんだけどよ……。
この集落に来て、一つ、予想外だったことがある。
「怪我はないのだな。お得意の魔術で治療したというわけか」
「が、が……」
ガァは禁止だぞ、相方よ。
「……」
お、おい、なんか喋ってくれよ。
ガァ以外は禁止してねぇからな別に。
「まだ混乱しているようだな。ゆっくりと療養し、落ち着くといい」
ヤルグから言われ、無言で頷く。
集落に入ってから、相方が借りてきた猫の如く大人しい。
これなら余計なことを起こす余裕もなさそうだ。
どうにも慣れない人里での困惑が大きいらしい。
悪いが、ちょっとだけ安心した。
んでもさ、しっかり気は張っといてくれよ相方よ。
本当に反竜神派の集落なら正体バレた瞬間大騒ぎだろうし、この集落自体ちっと、いや大分胡散臭いところがある。
尾を引く問題に発展する前にさっさとずらかる必要がある。
やがて集落の端の、他と比べれば大きな屋敷の前へとたどり着く。
「まず、長に顔見せをしてもらう必要がある。いいな?」
相方が無言のまま頷く。
その長とやらがいたのは奥の部屋であった。
敷物に座り、左右にリトヴェアル族の若い女をはべらせていた。
顔に深い皺があるためもう50歳近く、もしくは以上だろうとは思うが、体格はいい。
ぎょろぎょろと動く目玉が不気味な男だった。
「ナグロム様、客人でございます」
ナグロム、というのが長の名前らしい。
「ほほう、ほほう! 左様か! それは良きかな! 良きかな!」
ナグロムは歳に見合わぬ軽い動きで女を払い除けると立ち上がり、近寄ってくる。
ニカっと笑うと顔中の皺の向きが変わり、不気味だった。
つーか、この爺さん息がくせぇ。
相方もちょっと泣きそうな顔になっている。
こ、この人が集落のトップでいいんだよな。
いや、人は見かけにはよらねぇとはよくいうけども……。
タイムリミット考えりゃ、ここで情報収集に出ておきてぇところだ。
マンティコアのことと、この集落のことと、この集落から見たもう一つの集落んこと。
最低限この辺りは押さえときてぇところだな。
余裕を持って帰還するためには、できればこの爺さんから聞き出しておきたいところだ。
想定外の出来事で道草をくらうことも考えられる。
相方が眉尻を下げた。表情を歪めているのがわかる。
おい、気持ちはわかるけど、顔に出てんぞ。
もうちっと偽装してくれ。
ナグロムが下がって再び座り込んだところで、ヤルグが口を開く。
「彼女は旅の道中にこの森を抜けようとし、仲間をアビスに殺され途方に暮れていたところを……」
「ほほう、ほほう! それは大変であったろう!」
ヤルグの説明を遮り、ナグロムが大きく頷く。
おい、この爺さん、人の話を聞く気ねぇぞ。
思いっきりヤルグの言葉に被せに行きやがった。
遮られたヤルグは、眉一つ顰めない。
よく訓練されていらっしゃる。
……この人から話聞くの、なんか難しそうだな。
主に意思疎通的な意味合いで。
さっさと掃けてヤルグから話を聞いた方が早そうだ。
別に長じゃないと知らないようなことを聞きてぇわけでもねぇ。
「え、えっと、あ……」
相方が喋ろうとするが、言葉に詰まってそのまま口を塞いだ。
お前、あんなに流暢に独り言喋ってたじゃねぇか……。
「喉があまりよくないようで。ああ、喉が渇いておるのか! これは気が利かんですまんな。コレンよ、水を持ってきてやりなさい!」
ナグロムの右腕に抱かれていた女がするりと腕を抜け、立ち上がった。
この人もスゲェな。
あんな耳元で叫ばれてたのに無表情だ。
『……なぁ、もう、無理』
相方からの思念が送られてくる。
こ、心弱ぇ……。
大丈夫だって!
水飲んだらもう、とっととこの館出ようぜ!
そんでヤルグから話聞いたら終わりだから!
そっからはトンズラかましていいから!
『……わかった』
それからもナグロムの質問にヤルグが答え、相方が無言のまま横で小さくなっていく……あれ、相方いる意味あんのか、これ?みたいな茶番が続いた。
ナグロムはまじまじと、遠慮なく相方の着ているボロ着の隙間を舐め回すように見ていた。
こ、この爺……。
「ナグロム様、あの……」
「うむ、うむ!いや、なに、その服はどうしたのかと思っての。我らリトヴェアル族の古着であろう」
ヤルグから窘めかけられたのを、ナグロムは素早くいなす。
この爺さん強いぞ。
「……」
「川の近くでしたから。恐らく、水浴びをしていたところをアビスに襲われ、そのまま荷物を置いて逃げていたのでしょう。仲間と分かれていたため、アビスに対処できなかったのかと」
ヤルグが補足すると、相方はぎこちなく頷く。
本人目前にして仮説を述べるってどうよ。
いや、ボロが出にくいから結果的にラッキーだったのかもしれねぇけど。
最悪辻褄合わなくなっても誤魔化せるし。
「うむ、うむ! コレンが戻ってきたら他の服を持って来させよう!」
ナグロムはそう言い、かかかと快活に笑う。
それは素直にありがてぇな。
人化を解く前に回収し、次から使い回したいところだ。
人化は毎回すっぽんぽんなのが弱点だからな。
相方よ、ここは礼を言っとけ。
「……あ、あ」
「おおコレン、戻ったか!しかし遅いではないか、彼女は待ちくたびれておるぞ、なぁ?」
相方の決心は呆気なく遮られ、潰えてしまう。
……この爺さん、もうちょっとどうにかならんのか。
誰かこの悪癖を止めてやれよ。
「がぁ……」
おい、がぁは禁止だぞ。
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