第85話

 俺は疲労しきった身体と精神に鞭を打ち、洞穴を目指して走った。


 身体が重い、苦しい。

 その内足がもつれ、転んでしまいそうだ。

 それでも俺は、今はとにかく走りたかった。


 走りながら、悩む。

 俺は、このまま森を出た方がいいのではないだろうか。


 〖竜鱗粉〗は、病魔を撒き散らす力がある。

 一緒に暮らしていれば、猩々達にも被害が出るのではないだろうか。

 黒蜥蜴の〖毒耐性〗が病魔にも有効なのかどうか、それも怪しい。


 それに、あの村の人達も森に〖厄病竜〗がいると思えば、安心して暮らすことができないだろう。

 一度村に来た前科まであるんだから、尚更だ。


 その辺りを考えると、もうここにはいねぇ方がいいんじゃねぇかって、そう思っちまう。



 走っていると、道の先にグレーウルフの群れが見えた。


「グゥウウウ……」「ガウッ! ガウッ!」


 狩りの途中だったらしく、五体で一体の大きな栗鼠を囲んでいた。

 周囲から引っ掻き回し、噛みつき倒している。

 大栗鼠は頭を押さえ、血塗れで震えていた。


「グルル…………グウ?」「ガウ?」


 足音で俺に気付いたらしく、獲物に目を向けられていたグレーウルフの目が一斉に俺に集まる。 

 その後、蜘蛛の子を散らすように、群れを崩して逃げて行った。


 無鉄砲なグレーウルフ共も、さすがに今の俺に襲いかかってくるような真似はしないらしい。

 〖厄病子竜〗の時は散々追いかけまわしてきやがった癖に。

 やっぱ、体格重視で勝てるかどうかを判断してんだろうな。


 大栗鼠が不思議そうに顔を上げ、辺りを見渡す。

 俺と目が合った大栗鼠の表情が恐怖に染まる。


 俺はその横を駆け抜け、そのまま先を急ぐ。

 しかし魔物にまでここまでビビられるとは正直思ってなかった。

 これ、黒蜥蜴と猩々が絶叫しながら逃げてったら俺心折れるぞ。



 結構走ったし、そろそろ崖が見えてくるかな。


「キシッ」


 ふと、懐かしい声が聞こえてきて、俺は足を止める。

 黒蜥蜴だった。

 怪我した足を引き摺るようにしながら、俺へと近寄ってくる。

 どうやら、かなり遠回りして崖を越え、俺を追い掛けてきたらしい。


 一目見て俺だとわかったのか?

 いや、鼻をすんすんと鳴らしているから、匂いで判断したのかもしれねぇ。


 どうすべきか定まっていない内に再会しちまった。

 俺は戸惑い、その場で固まる。


 黒蜥蜴は目をぱちりと瞬かせ、それから確信を持ったように俺へと飛びついてくる。

 ……体格差がありすぎるから、足に抱き付かれた感じにしかならねぇが。


「キシッ! キシッ! キシィッ!」


 少し悩んで、それから俺は森の中に座り込む。

 尻尾の上に黒蜥蜴を乗せて顔の前まで持ち上げ、爪で傷付けないよう、慎重に黒蜥蜴の頭を撫でた。


「キシィッ! キシィッ!」


 黒蜥蜴が嬉しそうに鳴く。



 悩み事は山ほどある。


 一つ目の悩み事は、ドーズの原因だ。

 ……ひとつだけ、思い当たるものがある。

 ひょっとしたら程度のものだが、当たってるとすりゃあ、放置していると恐ろしいことになりかねねぇ。

 この森を出るにしても、その前にアレだけは駆除しておきてぇ。


 二つ目の悩み事は〖竜鱗粉:Lv4〗だ。

 あれがどれほどの影響力を持っているか、それによっては森を去る必要がある。


 三つ目の悩み事は、村側について。

 俺がいると思ったら、あそこは安心して村を復興させることもできねぇだろう。

 それに俺を討伐するため、前回のような剣士を雇い、洞穴まで押しかけてくるかもしれねぇ。

 その点でも、猩々や黒蜥蜴を巻き込むことになっちまう。


 四つ目は、洞穴に俺が入れるかってことだな。

 いや、〖人化の術〗を使えば入れるが、寝返りを打ったら黒蜥蜴と猩々、壺が全滅する。 

 食糧も、身体がデカくなった分、干し肉の保存食じゃ全然足りねぇ。


 それに、黒蜥蜴にも謝らなきゃいけねぇことがある。

 本人はまるで気にしていないかのような素振りをしてるが、そんなわけがねぇ。

 意思疎通も難しい俺は、弁解だってまともにできない。

 どれだけ態度で示したって、禍根と誤解が残ることになるかもしれねぇ。



 でも、今ぐらいは、気を緩めさせてほしい。


「キシィッ!」


 おかえりと、黒蜥蜴がそう言った気がした。


「ガァッ」


 ただいまと、そういう想いを込めて俺は鳴いた。

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