第613話

 ヘカトンケイルが大剣を振るい、俺の腰を狙う。

 俺は避けも防ぎもせずに身体で受けた。

 反撃せず、敢えて様子を見る。


 ヘカトンケイルは続けて大剣を振るう。

 ここだっ!

 俺は腕で、ヘカトンケイルの大剣を掴んだ。


 今のままじゃ勝てない。

 だが、最後にもう一つ試しておきてぇスキルがあった。

 オネイロスの最大攻撃力を誇るスキル、〖ヘルゲート〗だ。


【通常スキル〖ヘルゲート〗】

【空間魔法の一種。今は亡き魔界の一部を呼び出し、悪魔の業火で敵を焼き払う。】

【悪魔の業火は術者には届かない。】

【最大規模はスキルLvに大きく依存する。】

【威力は高いが、相応の対価を要する。】


 大剣を掴んだまま、俺は〖ヘルゲート〗を発動した。

 黒い炎が辺りを支配する。

 炎の中から巨大な漆黒の躯の腕や、頭部が身体を覗かせ、ヘカトンケイルを炎の中に引きずり込もうとした。


「グゥオオオオッ!」


 俺は大口を開け、ヘカトンケイルへと喰らいついた。

 ヘカトンケイルの姿が黒い影となり、背後へさっと引いていく。

 大剣を掴んでいた爪が空振る。


 武器も押さえられねぇのかよ……!


 〖ヘルゲート〗の代償で、俺のHPとMPが消耗されていくのがわかる。

 俺は地面を蹴って前に出て、ヘカトンケイルを追った。


『逃がすかよっ!』


 後戻りはできねぇ!

 俺はヘカトンケイルを追い越して回り込み、更にもう一発〖ヘルゲート〗を発動した。

 ヘカトンケイルを再び黒い炎が包み込んでいく。

 ヘカトンケイルの姿が影に変わり、再び遠くへ逃げていく。


 周囲は〖ヘルゲート〗の炎に覆われている。

 ヘカトンケイルの行く先は限られてくる。

 MP消耗を嫌っているはずなので、炎から逃れる最短へ逃げ込むはずだ。

 今ならば、当てられる。


 俺は口を開き、口内にありったけの魔力を溜めた。

 黒い光の球が形成されていく。

 オネイロスは攻撃力より、魔法力の方が高い。

 〖ヘルゲート〗で石の外装とHPを多少なりとも削れているはずだ。

 回復される前に、〖グラビドン〗でぶっ潰してやる!


「グゥオオオオオオッ!」


 俺の口から黒い光の球が、一直線に放たれた。

 〖グラビドン〗の目前に、影から実体化したヘカトンケイルが姿を現し、直撃した。


『ぶっ壊れやがれ!』


 黒い光が爆ぜる。

 土煙が舞った。


 俺は膝を突いた。

 周囲の〖ヘルゲート〗の光が消えていく。

 同時に俺の身体を光が包み込み、自身の輪郭が崩れ、小さくなっていく。

 〖竜の鏡〗でディアボロスの姿を維持するのが難しくなってきていた。


 俺は〖ハイレスト〗でHPを回復させていく。

 〖ヘルゲート〗連打の代償が響いていた。


 もう……俺に、これ以上は無理だ。

 できる攻撃を全力で飛ばした。


 土煙が晴れる。

 ヘカトンケイルが、その場で仁王立ちしていた。

 巨像に入っていた亀裂が、見る見るうちに再生していく。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖ヘカトンケイル〗

種族:ヘカトンケイル

状態:狂神

Lv :140/140(MAX)

HP :9435/10000

MP :8628/10000

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……は?

 あ、あれだけやって……こんな程度なのかよ……。


 薄々気づいていた。

 ヘカトンケイルを相手取るには、俺では明確にステータスが足りない。


 スキル構成を見たときから、ヘカトンケイルの一番シンプルな倒し方はわかっていた。

 ヘカトンケイルは自分の得意な単純な殴り合いに持ち込むのが得意なのだ。

 その殴り合いで制せるステータスさえ持っていれば、あっさりと打ち勝つことができるだろう。


 要するに、ヘカトンケイルの対策が云々ではなく、絶望的にステータスが足りていないのだ。

 戦術の単純なヘカトンケイルのMPを、もっと効率的に削る方法はいくらでもあるだろう。

 ……だが、俺が削れたMPは、二割にさえ満たないのだ。

 仮に三倍効率のいい攻め方を見つけたとして、それでもまだまだ足りない。


 こうなれば、すべきことは決まっている。

 俺は地面を蹴り、空を飛んだ。

 今の俺にヘカトンケイル相手の勝ち筋が見えない。

 ならば、撤退してまたレベルを上げてくるだけだ。


 ヘカトンケイルは、空を飛ぶ俺を、欠けた首で見上げていた。

 追いかけてくるかと思ったが、身を翻し、塔の元へと戻っていった。


 ……門番っつうだけはある。

 来る者は叩きのめす、去る者は追わず、か。

 向こうから一向に攻めて来なかったことといい、本格的に俺を倒すことには興味がないようにさえ見える。


 あいつの役目は、塔を守って神聖スキル持ちをこの森で彷徨わせ、〖狂神〗化を進めさせること、ということか。


 まあ、速度じゃ俺が上だ。

 追いかけっこは打たれ強さや技量じゃ補えない。

 〖影演舞〗でも使って強引に追いかけてくるのであれば、それはそれでやりようもあったんだがな。


 戦う前は、ここまでヘカトンケイルが強いとは思わなかった。

 攻撃性能が極端に低いだけで、ヘカトンケイルは俺がこのンガイの森で出会った魔物の中で、間違いなく最強の相手であった。


 神の声が、あの怪しげな天まで届く塔を守らせてやがるくらいなのだ。

 弱い、戦いやすい魔物なわけがなかった。


 だが、俺だってヤケクソでスキルを連打していたわけじゃねぇ。

 どのスキルでどれだけヘカトンケイルに効果があるのか、それを大体確かめることができた。


 今すぐに再戦するわけにはいかない。

 実験でMPを消耗しすぎた。

 だが、ヘカトンケイルを撃破する手立てがないわけではないはずだ。

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