第612話
俺はエルディア……ディアボロスの姿で、〖オネイロスマレット〗の一撃を放った。
ヘカトンケイルは相変わらず身体で受け止め、大剣の一撃を返してくる。
こちらが大きくなったので、攻撃を受け止めやすい。
被弾ダメージはさして変わらないが、これなら体勢を崩されずに即座に反撃に出られる。
俺はヘカトンケイルと互いの身体を斬り合った。
数度斬り合った後、顎にまともに刃を受けた。
スキルに頼らない、至近距離での武器を用いた交戦は、長くなればなるほど、どんどん地力が露呈していく。
だが、消耗MPに見合っているかはともかくダメージは通っているはずだ。
俺はそう信じ、ヘカトンケイルのステータスを確認した。
だが……今回も、思うように敵のMPは減っていなかった。
確かに与えているダメージは増えているはずなのだ。
オネイロスの爪であれば、二百程度しかダメージになっていなかった。
〖オネイロスマレット〗では四百近くダメージが入っているし、〖竜の鏡〗でディアボロスの姿を得てからではそれが五百近いダメージになっている。
最初の倍以上はダメージが通っているのだ。
しかし、それだけだ。
結局のところ、持てるスキルを駆使して底上げしても、圧倒的に打点が足りない。
ヘカトンケイルの最大HPと最大MPは、どちらも一万なのだ。
俺は〖オネイロスマレット〗をヘカトンケイルへぶん投げた。
ヘカトンケイルは大剣で防ぎ、大鎚は地面に突き刺さり、光の集まりへと戻って消えていった。
……これじゃ駄目だ。
〖オネイロスマレット〗の防御力軽減は効果的だが、今の俺の補正程度ではヘカトンケイルを倒せない。
俺は〖アイディアルウェポン〗で新たな武器を生み出す。
青紫に輝く大きな剣が、俺の手元に現れた。
【〖オネイロスライゼム〗:価値L(伝説級)】
【〖攻撃力:+240〗】
【青紫に仄かに輝く大剣。】
【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の牙を用いて作られた。】
【この刃に斬られた者は、現実と虚構が曖昧になり、やがては夢の世界に導かれるという。】
【斬りつけた相手の〖幻影耐性〗を一時的に減少させる。】
……〖幻影耐性〗減少効果は、〖状態異常無効〗のクソ鉄壁耐久の前ではあまり期待できない。
だが、剣でないと使えないスキルもある。
俺は〖オネイロスライゼム〗に魔力を込める。
刃を聖なる光が纏っていく。
【通常スキル〖闇払う一閃〗】
【剣に聖なる光を込め、敵を斬る。】
【この一閃の前では、あらゆるまやかしは意味をなさない。】
【耐性スキル・特性スキル・通常スキル・特殊状態によるダメージ軽減・無効を無視した大ダメージを与える。】
このスキルであればレベル最大の〖物理耐性〗と〖物理半減〗を無視した上で、特大ダメージを叩き込める。
ヘカトンケイルの高い防御力もそうだが、それ以上にこの二つの耐性スキルが大きい。
ここを無視できれば、ヘカトンケイル相手でも大打点を稼ぐことができるはずだ。
だが、このスキルには問題がある。
聖なる光を纏っている間、武器が異様に重くなるということだ。
それにこのスキルは一部の敵への強力なメタになる代わりに、MPの消耗が激しい。
それに当たったところで、あの恐ろしく高い防御力とHPについては自力で削る必要があるので、結局三発や四発で沈めきれることはないだろう。
俺が接近すると、ヘカトンケイルは影になって退避し、俺から距離をとった。
〖影演舞〗を正面攻撃の回避に使ってきやがった!?
ヘカトンケイルは〖影演舞〗の多用を嫌っている節があった。
強力なスキルだが、MPの消耗は相応にあるのだ。
使わせられた、ということはマイナスではない。
俺の大振りを、ヘカトンケイルは〖影演舞〗で背後へ飛んで逃れる。
二度目の大振りを更に〖影演舞〗で逃れる。
徹底して〖闇払う一閃〗とはぶつからねぇつもりらしい。
元勇者、というだけのことはある。
〖闇払う一閃〗の強さをよく理解してやがる。
〖闇払う一閃〗の光が弱まったため、俺は魔力を補充する。
クソッ! 俺ばっかりMPを削られてやがる!
『……お前の守るものは、全部神の声に奪われちまった後だろうが! あいつに利用されて、勝手に何千年も塔の守護者に仕立て上げられて……お前はそれでいいのかよ!』
三度目の大振りを、しかしまた〖影演舞〗で回避される。
『オ……オ、オ……』
苛立ちで放っただけの〖念話〗で、返事があるとは思っていなかった。
だが、ヘカトンケイルらしき思念を拾えた。
ヘカトンケイルに〖念話〗はないが、〖念話〗には思念を発する力と、そして拾う力がある。
……まさか、こいつ、まだ自我の欠片が残っているのか?
『オ、オレ、ニハ……使命ガ、アル』
ヘカトンケイルが構えを変える。
四度目の大振りを〖影演舞〗で回避しながら、俺の死角へ回り込んだ。
しまった、次も回避だと思い込んじまった!
だが、まだこの距離ならガードは間に合う!
『ココハ通サナイ』
これまで以上に鋭い突きが、〖オネイロスライゼム〗を綺麗に抜けて俺の胸部を穿った。
「グガッ!」
あ、明らかに、今までと剣技のレベルが違う!
やはり過去の勇者だけはあると驚かされていたが、どうやら〖狂神〗化で鈍った上で今までの技量だったらしい。
呼び掛けが裏目に出るとは思っていなかった。
何がどう作用した結果なのかはわからねぇが、自我の片鱗を取り戻しても、ここの番人が自分の役目だと信じていやがる。
多腕で首のない異形の彫像だが、しかし真っすぐな剣の構えと、整った腕の配置に気品を感じさせるものがあった。
ただでさえ突破口がねぇのに!
『テメェの使命は、神の声の犬になることなのかよ!』
地面へ振り下ろした〖闇払う一閃〗を、ヘカトンケイルは〖影演舞〗もなしに完全回避して見せた。
即座に隙を突いて放たれる剣撃。
俺は〖オネイロスライゼム〗を手放して背後に飛んで身体を捩り、爪でどうにか受け止めた。
こいつ……マジで洒落にならねぇほど強いぞ。
仮にヘカトンケイルが持久型でなく攻撃型の進化を遂げていれば、まともな勝負にならずに一瞬で殺されていたかもしれねえ。
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