第120話
持ち帰ったサボテンを更に細かく爪で切り分け、食べやすいサイズにする。
その中からなるべく唾液のついていない綺麗な奴を集め、砂で汚れないようにサボテンの皮の上に並べていく。
そうっと近づいてくる玉兎を尻尾で掬い取り、離れた場所に置く。
【通常スキル〖ドラゴンテイル〗のLvが1から2へと上がりました。】
こんなことでも上がんのか。
もっと普段から尻尾を活用することにすっかな。
「ぺふっ! ぺふっ!」
玉兎が俺の足をぺちぺちと耳で叩いてくる。
今は我慢してくれって。
俺の唾液塗れの部分なら喰っていいから。
「ぺふぅ……」
玉兎はがっかりしたふうに耳を垂らす。
恨みがましく俺を見つつ、身体を引き摺って唾液塗れのサボテンを隔離した山へと近づいていく。
結局喰うのかよ。いや、お前のその根性、嫌いじゃねぇけどさ。
そのうちにニーナが目を覚ました。
俺を見て「ひにゃあっ」と声を上げ、大きく後退る。
「ガ……」
声を掛けようとしたのだが、最初の一音を発した時点でニーナが「にゃっ!」と小さく悲鳴を上げたので、俺は口を閉じた。
俺はとにかく必死に並べたサボテンを爪先で示し、全力で愛想笑いを浮かべる。
多分ちょっと目細めた程度にしか変わらなかっただろうけど。
ニーナは俺の様子を見て不思議そうに猫目をパチリと開き、自分の下に敷かれているサボテンの皮へと目を向ける。
それからまた俺へと目線を戻す。
とにかく威圧しないようにと考え、俺はその場で屈み、目線を低くする。
「えっと、ひょっとして、もらっていい……にゃ?」
なんとか俺の意思が通じたらしい。
俺がこくこくと頷くと、ニーナが小さく笑った。
緊張感が僅かながらに薄らいだようだ。
「あ、ありがとう、ですにゃ」
ニーナがそう口にしたのを聞き、目にじわっと涙が浮かんできた。
ありがとうなんて、俺にそんな言葉をくれた人間、この世界じゃ二人くらいしか知らねぇぞ。
俺は思わず、感動のままに立ち上がる。
俺が急に動いたからか、ニーナが脅えたように身体を震わせ、腕を身体の前に出す。
なんか、上手く行かねぇなぁ……。
玉兎が口に咥えていたサボテンの皮を吐き出し、警戒しているニーナの元へと耳を引き摺りながら近づいていく。
なんだ、玉兎の奴、何をするつもりだ?
玉兎が傍まで寄ると、ニーナが構えていた腕をゆっくりと降ろす。
「玉兎……? ドラゴンさんの、非常食……?」
違うよ!
俺、そんなつもりないよ!?
俺は全力でぶんぶんと首を振る。
「ぺふっぺふっ!」
玉兎はニーナの足許でぴょんぴょんと跳ねる。
ニーナは少し戸惑いつつも、玉兎へと手を伸ばして抱え上げる。
玉兎は満更でもなさそうにニーナの腕の中に居座る。
「か、かわいい……」
ニーナの強張っていた身体が解れていく。
玉兎が得意気な顔で俺を見上げる。
ニーナの緊張解してくれたのはグッジョブだけど……なんか納得いかねぇ……。
玉兎お前、一回ニーナを食べようとしてなかったか?
やっぱし外見大事だよなぁ……。
俺も進化の方向がちょっと違ったらああいう路線目指せたんだろうか。
もふもふドラゴンとかなれば良かった。
羊竜とか雲竜とか、なんかそんな感じの奴。
無駄に広いラインナップを思い返せば、称号さえ集めときゃ割となんでもありそうな気がする。
今からでも目指せるかな?
どうすればいいんだ? 毎日羊喰えばいいのか?
俺が近づくとニーナの身体が強張ることがわかったので、ちょっと距離を開けることにした。
10メートルほど距離を開けたところから、さっさ、さっさと手の動きでサボテンを勧める。
ニーナは今、かなり喉が渇いているはずだ。
それでも今すぐサボテンに飛びつかないのは、俺への警戒心からであるような気がする。
さっき『ありがとう』とは口にしていたが、やっぱしドラゴンに食事を出されても気が引けるのだろう。
ニーナは怖々といったふうに、俺へと礼をする。
それからサボテンに近づき、俺の方をチラチラと伺いながらそうっと手にする。
別に太らせて喰おうとなんて思ってねぇから!
もっと安心してもいいんだぞ!
俺人間喰ったことないからね!
ニーナはサボテンを手にするが、なかなか口にしない。
連れてこられたみたいだったし、本当に食べ物なのかどうかを怪しんでるのか?
いや、でもあれ甘い匂いするし、腹減って喉渇いてんのなら喰うよな。
単に俺を怖がってるのか……。
「ぺふぅっ」
玉兎がニーナの足許に擦り寄り、猫撫で声を出す。
それから玉兎はそっと俺を見て目を細め、小さく首を振る。
ああ、急にニーナの動きが硬くなったと思ったら、俺がガン見し過ぎてたせいか……。
この後も何度か玉兎から『目の端で見過ぎ』、『目線の外し方がわざとらし過ぎてプレッシャー』などの指摘を言外に受けた。
その度にちょいちょい手直しをして、それからようやくニーナがサボテンを口に運んだ。
やはりニーナはサボテンを食べるのが初めてだったらしく、一口食べてからぱちりと瞬きを挟み、目を丸くしていた。
あれ、見かけに反してかなり美味いからな。驚くのも無理はねぇ。
推測通りかなり腹も空いていたようで、一口、また一口と食べていく。
ちょいちょい玉兎もつまみ食いをしていたようだったが、ニーナの警戒心を和らげるのに一役買ってくれたことだし、それくらいは見逃してやるか。
ニーナが喰い終わったら、また〖人化の術〗で話をして、ここからどこに行きたいのかを訊いてみるか。
次は大丈夫だろ。……多分。
MPの消費も見とかねぇとな。
空になったらまたぶっ倒れるかもしれねぇし。
さてと、俺の涎がべっとりとついた分は自分で処分するか。
そう思ってあらためて見返すと……なんつうか、あれだな。
やっぱ自分の唾液でも喰う気になれねぇな。
さぁ喰うぞって思いながらみたら、必要以上に汚いものに見える。
空気に触れた瞬間から菌繁殖してそうっつうか。
こりゃ玉兎も嫌がるわな。
さすがに悪かったか。ゴメンよ、玉兎。
でもアイツ、嫌がりつつも喰ってたな。喰わせたの俺だけどちょっと引くわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます