第121話
ニーナの食事を遠巻きからチラチラと眺める。
たまに目が合って気まずくなったり、玉兎に睨まれて目を伏せたりしつつ、無事に食事終了を見届けた。
残った分は玉兎が一気に片付けてくれた。
アイツの腹の中本当にどうなってるんだ。
絶対身体以上に喰ってるはずなんだが、まるで見かけが変わっていない。
食事を終えたニーナは顔色が大分良くなっていた。
表情もいくらか明るくなったように思う。
ここ最近まともに何も食べてませんって感じだったからな。
さて、ニーナの食事が終わったところで、どうやって話を切り出したものか。
〖人化の術〗は燃費が悪すぎるからな。
アレを使うとしたら、一秒のタイムロスもなくスムーズに会話を進行させ、MPの減少値を窺いながら動かねばならない。
今は針ラクダとの戦いのせいでMPがかなり減ってるんだよな。
MPを少しは残しておく必要があるし、その見極めも難しい。
何を話したいか、どう切り出すか、相手の行動にどう対処するか、事前にすべて決めておく必要がある。
ミスれば、ただのMPの無駄使いにしかならねぇ。
下手に動いたらまた前みたいに気絶されかねねぇしなぁ……。
〖人化の術〗はスキルLv4まで上がってっから前よりはマシになってるだろうけども、半端に人の姿をしてる方が怖いってことはよくあるからな。
ゴチャゴチャと考えていると、ニーナの方から俺へと歩いてきた。
足取りからは警戒……っつうか、畏れが見えるけども。
ニーナの腕の中には、玉兎ががっちりと抱きしめられている。
なんか、俺を置いてすっかりと仲良くなったみてぇだな……。
「あ、ありがとうございましたにゃ! 食事、用意してくれて……あの、ニーナをモンスターから助けてくれたのも、貴方なのですか?」
「グルァッ」
声を抑えながら鳴き、肯定する。
行ける。
今の状態なら、〖人化の術〗を使ってスムーズに話を進められるはずだ。
俺の残りMPはっと……。
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〖イルシア〗
種族:厄病竜
状態:通常
Lv :29/75
HP :182/293
MP :41/213
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……41秒かぁ、一言喋って終わりだよなぁ、これ。
ちょっとは残しかなきゃまたぶっ倒れそうだし、30秒が限界か。
そもそも最大でも三分ちょっととか鬼畜過ぎる。
まぁ、いい。
とにかく、ニーナがどこに行きたいのかだけ聞き出さねぇとな。
ここで野放しにしたらまず魔物の餌にされるだろうし、ずるずると一緒にいたらそのうち〖竜鱗粉〗の効果が出てきちまう。
覚悟を決め、俺はすうっと深呼吸をしてから〖人化の術〗を使う。
身体中に熱が走り、圧縮されていく。
スキルLv4の力なのか、はたまた俺が慣れてしまったのか、苦痛ではなかった。
身体の形は以前より安定していた。
後ひとつスキルLvが上がったら、裸でいたら目のやり場に困るようになってきそうなほどには人間をしていた。
つっても尻尾も鱗も牙もあるんだけどな。
とと、自分の変化をじっくりと考察している余裕はないな。
この姿を見るのが二度目だからか、形が安定しているからか、ニーナは前よりは取り乱さない。
ただ玉兎を抱き締める腕に力が入っており、玉兎が苦しそうに耳でニーナの腕を叩いていたが。
「ドコ、イキタイ? ココ、アブナイ。オレガ、オクッテヤル」
「…………ぁ」
俺が問い掛けると、ニーナは口籠る。
沈黙が続く。こうしている間にも着実にMPは減っていっている。
なんか、なんか言ってくれよ。
俺の訊き方が悪かったのか? それともやっぱ、外見か?
故郷言ったら故郷が焼かれるとでも思われてるんじゃねぇのか?
「わから、にゃいにゃ。ニーナ、どこにいったらいいのか……」
しゅんと、彼女は項垂れる。
玉兎がその顔を見上げ「ぺふぅ……」と元気づけるように鳴く。
どっかから連れてこられてたんだから、元のところへ……とはいかないようだ。
だからといってあの主人らしき男の後を追うわけにもいかねぇよな。
あのデブ、ニーナをムカデの餌にしようとしやがったんだから。
「シカシ、コノマ……」
口を開けた瞬間、身体中からどっと魔力の抜ける感覚がした。
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〖イルシア〗
種族:厄病竜
状態:人化の術Lv4
Lv :29/75
HP :91/293
MP :18/213
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
……これ以上は危険だな。
収穫は少なかったが、〖人化の術〗を解くことにしよう。
まぁ、こっちの方向性だけは伝えられたから、これからどうしたいか程度なら喋らなくとも身振り手振りで尋ねることができるはずだ。
俺は数歩退いてニーナから距離を取り、竜の姿へと戻る。
ニーナは自分の行き場がないことを再認識したためか、少し落ち込んでいるようだった。
つっても〖竜鱗粉〗あるし、ずっと面倒見るってわけにゃ絶対行かねぇし……どうしたらいいんだ。
最悪の場合は、あの壁に囲まれた都市まで連れてくしかねぇよなぁ。
近くに他に人里があんのかどうかもわかんねぇし。
その辺りもニーナに聞いていけりゃいいんだけどな。
とりあえず、あの針ラクダのところまで行くか。
あれだけの量があったら、しばらく食糧の心配はしなくていい。
あそこを拠点にすれば動きやすい。
俺はニーナに背を向け、屈む。
「ガゥアッ」
首を後ろに向け、背に乗るよう促す。
相変わらず戸惑い気味のニーナを、玉兎が勇気づける。
「し、失礼しま……にゃあっ!?」
後ろに近づいてきたニーナを尻尾で掬い上げ、背へと運ぶ。
うっしゃ、しっかりしがみついといてくれよ。
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