第122話

 俺はニーナを背に乗せ、振り落とさないよう気をつけながら走る。

 ニーナは片腕に玉兎を抱えながら、もう片方の手で俺の身体に手を回し、必死にしがみついている。

 そこまでして支えなくとも、別に玉兎だったら耳で俺にしがみつけるんだけどな。

 つーかアイツなら、これくらいの速度ならいつも俺の頭に乗っかってるし。


 最初は半ばパニック状態になっていたニーナだったが、そのうち余裕もできたらしく、俺の身体に加えられていた彼女の腕の力も弱まってくる。

 ちらりと振り返って様子を見てみれば、俺の背に乗りながら辺りを見渡せる程度には慣れてきたらしかった。

 そこにおどおどした様子はなく、少し楽し気にさえ見えた。


「ぺふ、ぺふっ」


 玉兎がニーナの腕の中から耳を伸ばし、俺の背を叩く。

 まーた腹が減ったのか。

 ま、さっきは一応ニーナに多少は気を配りながら喰ってたみたいだからな。セーブしてたんだろう。


 食欲の化身みたいに見えて、意外ときっちししてやがる。

 俺の様子を見て、まだ持って帰って来なかった分があると踏んでのことかもしれんが。

 どっちにしろなかなかできる奴だ。

 

「にゃぁっ! あ、あのあの、これってどこへ向かって……」


「ガルァッ!」


 訊かれても、悪いが答えられねぇんだ。

 とりあえず着いたらわかるって。

 そろそろ目的地だから安心してくれ。


 とりあえず今後どうするかは、針ラクダの転がってるところまで戻ってから考える。

 ただの人間じゃあこの渇いた砂漠で生活するにゃ、体力の消耗が大きすぎるだろう。

 あの針ラクダの身体を使って、ニーナと玉兎の入れる簡単なテントみたいなのでも作ってみっかな。

 玉兎が喰っても余るほど量があるし。


 そろそろ目的の場所だな。

 見覚えのあるばっと丘を越えたところで、思わず俺はあんぐりと口を開けた。


 針ラクダの残骸に獣が八体ほど集り、現在進行形で喰い散らかしていやがる。

 獣は肥えていて足が短い、灰色の豹といった感じだった。

 いや、豹っつうよりハイエナっぽいか。

 八体とも大きさはバラバラで、生まれて間もない小さい奴もいる。


「アエ?」「アエッ?」

「アヴェェェエッ!」


 俺を見ると奴らは口々に鳴き、針ラクダの一部を咥えて走り去っていく。

 おい、せめてそれだけでも置いていきやがれ。


 背後から、突き刺さるような玉兎の視線を感じる。

 Eランクモンスターとは思えねぇ威圧感だ。

 このままハイエナ共をただ逃がすわけにはいかねぇ。


 と、とりあえずステータスチェックだ。

 ああ見えて強いかもしれねぇし、今のMPで考えなしに追うのは危険かもしれん。

 俺はハイエナの中で、一番体格のいい奴へと目を向ける。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:イァンイァン

状態:通常

Lv :23/27

HP :83/83

MP :31/31

攻撃力:95

防御力:64

魔法力:41

素早さ:113

ランク:D-


特性スキル:

〖集団行動:Lv--〗〖野生の勘:Lv1〗


耐性スキル:

〖土属性耐性:Lv3〗〖毒耐性:Lv2〗

〖腐肉耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖咆哮:Lv2〗〖噛みつき:Lv2〗

〖蜃気楼:Lv3〗〖仲間を呼ぶ:Lv3〗


称号スキル:

〖チキンランナー:Lv3〗〖墓荒らし:Lv2〗

〖横取り:Lv2〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 よし、これくらいのステなら余裕でブッ飛ばせるぞ。

 待ってろ玉兎、今すぐハイエナの挽肉ハンバーグの山を作ってやる。


 追いかけようとして、背にいるニーナのことを考える。

 今、あんましスピード出せないんだったな。

 とりあえず、一番後方を走っている一体に目をつけることにするか。


 速度を控えながら、少し群れから逸れて走る、一番遅いイァンイァンへと標的を絞る。

 追いかけ始めたところで、既視感のある揺らぎを覚えた。


 ひょっとしてこれ、また蜃気楼じゃねぇのか。

 疑いを持ったのとほぼ同時に、イァンイァンの姿がぶれて、すぅっと遠くへ移動する。

 もうこの砂漠やだ。

 いや、今回はかなり早めに破れた。まだ追いつける。


「ガァッ!」


 俺は声を荒げ、背にいるニーナと玉兎に警告を出す。

 勿論本気は出さねぇけど、ちっと速度上げっぞ。しっかり掴まっとけよ。


 そうして足に力を込めたところで、なぜか一体のイァンイァンが俺の元へと走ってきた。

 まるで張りきった俺に水を差すかのようなタイミングだ。

 まーた蜃気楼かと思ったが、そういった気配は感じない。

 〖ステータス閲覧〗も有効だった。なんだアイツ、何考えてやがる。


 戻ってきたのは小さめのイァンイァンだった。

 他のイァンイァンに比べて二回ほど小さく、目はつぶらで、肉が柔らかそうだった。

 別に種族名に変わりはないので、進化は挟んでいないらしい。急に質量が三倍近くになった玉兎を思えば、劇的に体格が違うって感じじゃないしな。

 子イァンイァンとでもいったところか。


「あえっ! あぇあっ!」


 甲高い、まるで幼い子供のような鳴き声だった。

 それを聞き、つい俺は身体の動きを止めてしまった。


 子イァンイァンは俺の目前まで来ると、針ラクダの一部を口に咥えて拾い上げる。

 どうやら逃げる途中で落としたものを拾いに来ていたようだ。

 子イァンイァンは嬉しそうに目を細め、加えているものを前足ではたいて砂を落とす。


 この間合いなら、一撃で仕留められる。

 仕留められるのに、手が動かない。

 なんかこう、人間としてやっちゃいけないことなきがする。竜だけど。


 迷うな、俺。今まで何体のモンスターを仕留めてきた。

 逃げる獲物を追うくらい、いつものことだろうか。必死にそう考えるが、どうにも身体が動かない。


「アヴェッ!」


 聞こえてきた鋭い鳴き声で我に返る。

 一体の大人イァンイァンが、子イァンイァンの後ろ首を咥えて持ち上げ、俺をキッと睨むとサッと駆けて群れへと向かっていった。

 途中で、子イァンイァンの口から針ラクダの一部が落ちる。


「あぇっ!」


 子イァンイァンが残念そうに鳴くが、大人イァンイァンはそれを気にしない。

 どころか叱りつけるように、「アェアッ!」とひと鳴き。それを聞いてか、子イァンイァンはがっくりと首を垂らす。


 余裕で追い付けたはずだが、追いかける気にはなれなかった。

 背中でペシペシと俺を叩く、玉兎の耳の感触がする。


 いやいや、あれは無理だって。あんなんざしゅっと親子纏めてやっちゃったら、〖悪の道〗カンストしちまうよ。

 そうなったら砂漠が俺の鱗粉で滅ぶぞ。


 とはいえ振り返ると喰い散らかされた針ラクダの残骸があるわけで、がっかり感が半端ない。

 あれ倒したの俺なのに……。

 まぁ、あんな甘ったるい臭いのするもん放置して無事で済むわけがなかったか。

 次から気つけるか。

 はぁ……。


 くすりと、背からニーナの笑い声が聞こえてきた気がした。

 俺がひょいと首を回して顔を向けると、ニーナはバッと片手で口を塞いだ。

 笑ったところを見られたらバツが悪いと思ったのかもしれない。


 ただばっちり目が合ってしまうと誤魔化しきれないと思ったのか、苦笑いしながら手を外す。


「……にゃ、えっと、優しいんですね」


 ちょっとだけなりと、信頼を得るのには繋がった……のかな。

 迷わずバッシャーしてたら、ドン引きされてたかもしれねぇな。

 玉兎はご立腹らしく、頬を膨らませてプイと顔を横に向けているが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る