第77話
櫓近くは村の中央部らしく、建物が並んでおり、井戸らしきものも確認できた。
村は畑の方とは違い悲鳴や叫び声が飛び交っており、阿鼻叫喚の有様だった。
特に櫓の前には血を流して倒れている村人が数人いて、その中央にはドーズが立っている。
ドーズの足元には奇妙な土塊、リトルロックドラゴンの卵があった。
ドーズの剣は錆び付いていて鞘が抜けなかったはずだが、何かの拍子に外れたのか、今は刃身を露わにしている。
倒れている人間は、あれで斬られたのだろう。
斬る、というよりは、あれでは削るに近そうだ。
斬れ味の悪い刃で、押し当てるように身体を裂かれたのだろう。
「武器を捨てろぉっ! 貴様、何を考えている!」
村人三人が弓を構え、矢先をドーズに向ける。
ドーズはふらぁっと構えを変えて動きを止めたかと思うと、一気にその三人組へと走り出す。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒィッ!」
「躊躇うな! 討てぇっ!」
一人が叫んだと同時に、三本の矢が放たれる。
ドーズはそれを剣で弾きながら距離を詰める。
一本の矢がドーズの肩に刺さるが、それでもなおドーズは足を止めない。
手にした剣で三人をぶん殴る。
そう形容した方が相応しいような、乱暴な剣捌きだった。
あっさり三人は打ち倒され、内ひとりの背にドーズは剣を突き立てる。
刺された男は断末魔を上げ、力尽きる。
スキルがないとはいえ、ドーズのステータスは他の村人とは比較にならないほど高い。
止めようとしても、武装した村人程度では相手にならない。
「ヒャハ、ヒヒヒヒヒィッ!」
俺を見て、ドーズが狂ったように嗤う。
まるで俺を待っていたと、そう言っているかのようだった。
「ガァッ!」
俺は吠え、グレゴリーを降ろすために背を屈める。
グレゴリーは「あいつは俺が……」と言い掛けたが、すぐに言葉を止めた。
グレゴリーも足に怪我をしており、万全では決してない。
それに、素の実力不足もわかっているようだった。
ドーズのステータスは、グレゴリーよりも遥かに高い。
ドーズは失踪生活中にLvを上げているようだが、失踪前でも普通にグレゴリーよりも強い。
いっては悪いが、一対一ならばまともにダメージを与えることもできずに敗北するのが目に見えている。
村の様子を見る。
逃げる者、遠巻きに見ている者、負傷して動けない者、怪我人を背負う者、様々だった。
グレゴリーが俺を指差しながら周囲の人間に説明をしてくれている。
それでも俺に対する周囲の不安気な目は止まないが、いくらかは薄れたようだった。
今、ドーズはリトルロックドラゴンの卵を櫓の下に置き去りにしている。
闘わずして回収することもできそうだが、このままだと犠牲者が増える一方だ。
先にドーズを拘束する必要がある。
「ヒヒ、ヒャハァッ!」
俺が間合いに入ると、ドーズが大きく縦に剣を振りかぶる。
俺はそれをあえて頭で受ける。
ドーズが大きく口許を歪めた次の瞬間、鱗が剣を弾く。
あんな錆だらけの剣、俺の鱗は通さねぇ。
「ア”、アア?」
反動で仰け反るドーズに、俺は体当たりをくらわせる。
「グァガハァッ!」
ドーズの身体が転がり、間接部が軋む音が響く。
そのまま櫓に頭部をぶつける。
〖HP:9/68〗
意識を奪ったつもりだった。
ドーズはそれなのに、剣を手放さなかった。
どころかボロボロの身体を酷使し、ドーズは素早く起き上がる。
壊れた人形を無理矢理糸で引っ張って動かしているような、そんな歪な動きだった。
ドーズがパクパクと口を動かすが、言葉は出ない。
剣を短く持って上体を倒し、四足歩行になる。
そのまま剣を地面に突きさしながら動き、負傷して動けないでいる子供に抱き付いて地を転がる。
「や、やだっ! た、助けて! 助けてぇっ!」
「ヒャハハハァッ!」
あんな死にかけの身体で、なんであんな俊敏に動けんだ。
痛覚が既にぶっ壊れているとしか思えねぇ。
ドーズは子供の腹に剣をあてがい、そのまま浅く喰い込ませた。
子供の悲鳴が辺りに響く。
俺がゆっくり近づこうとすると、剣を持つ手をぐっと強める。
子供は口と腹部から血を吐き、悲鳴が掠れ声のようにか細くなる。
「ヒヒ、ヒヒヒィッ!」
人質を取りやがった。
このまま膠着状態が続けば、リトルロックドラゴンが来ちまう。
俺がリトルロックドラゴンの卵に目を向けると、ドーズが目力を強める。
あれを回収することもできそうにねぇ。
今ドーズに危害を加えるか卵を奪おうとすれば、子供が殺される。
かといって、このままではあの子も無事では済まない上に、村にリトルロックドラゴンが入ってきちまう。
ドーズは子供を引き摺るようにして歩き、剣を捨てて卵を抱える。
剣を捨てたからといって、どうすることもできない。
どの道、ドーズが子供の首を絞めれば数秒でこと切れるだろう。
ドーズは左肘で子供の首を挟み込み、左腕で卵を抱える。
そして、右手と足で櫓の梯子を登り始めた。
不格好だが、その動きは速い。
首を絞め上げられる形になった子供は叫ぶ余力もなく、顔を土色に染め、苦し気に口から舌をだらりと伸ばす。
その凄惨さに村中から悲鳴が上がる。
「ガァァァァツ!」
俺は叫びながら櫓に駆け寄り、梯子の下を持って勢いよく引っ張った。
梯子は縄に木の足場がついたものを上から垂らしているだけの、簡単な作りだった。
引っ張れば、ドーズを振り落せるはずだ。
直後、上から子供が落ちてくる。
俺は梯子から手を離し、子供を抱きかかえる。
その隙を突き、ドーズが一気に櫓を駆け登る。
あんにゃろう、わざと勢いつけてぶん投げてきやがった。
子供は重傷だが、まだ生きている。
HPを見るに、充分助かるはずだ。
人質はいなくなった。
ドーズも、逃げ場のない櫓の上だ。
これで今度こそ、終わったはずだ。
「ヒヒヒ……ヒャハハハハハハハハハッ!」
辺りにドーズの嗤い声が響く。
その声は、畑の方に向けられていて――――それに答えるように、大きな足音が聞こえてきた。
「ガァァアァオオオオオオオッ!」
聞き覚えのある大きな咆哮。
間に合わなかった。
リトルロックドラゴンがここまで来ちまった。
ドーズが櫓に登ったのは、リトルロックドラゴンに卵を見せつけるためか。
気が触れているのは明らかだが、出鱈目ではなく、意図と目的があって動いているようにしか思えない。
まだ、ドーズから卵を奪い返せばリトルロックドラゴンを遠くに誘導できる余地はある。
「ヒャハハハハハハハハァッ!」
ドーズは卵を両腕で高く掲げ、リトルロックドラゴンを挑発する。
そしてそのまま、よろめきながら数歩退いて櫓の柵に背を預け、くるりと柵を越える。
ドーズの身体が逆さまになり、宙に放り出される。
慌てて子供を置いて走って手を伸ばすが、届かない。
ドーズの頭とリトルロックドラゴンの卵が、俺の目前で大きな音を立てて割れた。
ドーズの脳漿と、生物を形成しかけていた卵の中身が混ざる。
また、リトルロックドラゴンの鳴き声が辺りに響いた。
さっきよりも激しく、さっきよりも荒々しく。
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