第608話
俺は飛びながら塔の近くへと移動した。
ある程度接近したところで、ヘカトンケイルは何かのスイッチが入ったかのように、唐突に大剣を構えた。
やっぱりコイツ……生きてるんだな。
ステータスを見てわかっていたが、それでもこんな首のない、大量の腕を持った奇怪な石像が動くところを、実際に見るまで想像ができなかったのだ。
『……自我を奪われて、何百、何千年と、ここの番人をやらされてるんだな。やるぞ、ヘカトンケイル! お前を終わらせてやるよっ!』
俺は距離を詰めながら〖次元爪〗の一撃を放った。
石像の表面に傷が入り、ヘカトンケイルが僅かによろめいた。
俺は続けて三度〖次元爪〗を一方的に撃てた。
ヘカトンケイルは俺の攻撃を受けながらも、大剣を振り回した。
だが、動きが大きい。
それにさほど速くもない。
攻撃を受けながらの反撃だったこともあるだろうが、リリクシーラと比べればお粗末な動きだった。
俺は高度を上げ、宙で回転して大きく軌道を逸らした。
俺の背後に斬撃が生じる。
ヘカトンケイルの間合い無き刃を、初見で躱すことができた。
間合いを無視できるってだけで、避けられないってわけじゃない。
なにせ、俺だってハウグレーやリリクシーラには散々回避されてきたから、よくわかる。
俺は再び距離を詰めながら〖次元爪〗で一方的な攻撃を食らわせた。
同じ箇所を狙い、傷を深めていく。
既に五発入っている。
思ったより、大した抵抗もなくバンバン攻撃に当たってくれる。
これなら変な警戒をせずとも〖次元爪〗だけでどうにかなるかもしれねぇ。
六発目の〖次元爪〗は大剣で防がれた。
直後に大剣を振るい、〖次元斬〗を放ってくる。
俺は避け損ねて肩で受けることになった。
鱗が斬られ、血が噴き出した。
だが、大したダメージではない。
何発か受けても致命打に繋がることはなさそうだ。
充分〖ハイレスト〗や〖自己再生〗を挟むことができるので、そう怯える必要はねぇだろう。
七発目の〖次元爪〗も防がれたが、八発目は当たった。
完全に対応されているわけではない。
どうする?
このまま〖次元爪〗連打で押し切れるのなら、わざわざ近づいてやる必要はないかもしれねぇ。
思わぬ隠し玉を持っている、なんてこともあり得るのだ。
とりあえず、奴のHPを確認するか……。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
〖ヘカトンケイル〗
種族:ヘカトンケイル
状態:狂神
Lv :140/140(MAX)
HP :9689/10000
MP :9937/10000
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
よ、予想以上に硬い……!
さすがに〖自己再生〗やその他のスキルも挟まれているだろうが、〖次元爪〗で押し切るのはかなりの持久戦になる上に、俺の方が分が悪いかもしれねぇ。
MPもバカに高いので、最終的に俺の方が魔力切れで撤退を強いられちまうことになりそうだ。
これは〖物理耐性:LvMAX〗と〖物理半減:Lv--〗が響いている。
ダメージを大幅に減らされちまう。
いや、それだけじゃない。
ダメージを半減されるということは、回復に必要なMPも半分で済むということだ。
HP倍よりよっぽど恐ろしい。
だが、だからといって魔法で攻める気にもなれない。
〖魔法耐性:LvMAX〗と〖魔力分解:LvMAX〗があるからだ。
多分、魔法攻撃も似たようなものだろう。
……こりゃ接近戦で仕掛けるしかない、か。
どうせ一発殴れば〖次元爪〗以上のダメージが入るのだ。
だったら、こんなのでチマチマMPを消耗する道理はない。
こんな体力お化けと消耗戦なんてやるだけ無駄だ。
何せこいつは、俺が見てきた中で、ぶっちぎりでタフなモンスターだ。
ウロボロスやワールドトレント、なんてレベルじゃねぇ。
ここまで硬いのはさすがに予想外だった。
思ったより面倒な戦いになるかもしれねぇ。
俺は〖次元爪〗の乱れ撃ちで動きを止め、飛び掛かりざまに勢いを付けて尻尾で殴った。
ぶっ飛ばすつもりだったが、ヘカトンケイルの表面が割れて微かによろめいただけで、動かなかった。
ち、力じゃ、こっちが圧倒してるはずなのに……!
俺は尻尾の反動で後方に飛んだため、また間合いが開いたはずだった。
だが、その瞬間、ヘカトンケイルの姿が黒い霧に変わり、凄まじい速度で接近してきた。
あっという間に俺の横に並び、気づけば大剣を振り上げている。
これはさっき確認している。
ヘカトンケイルのスキル、〖影演舞〗だ。
【通常スキル〖影演舞〗】
【己の影へと身を沈め、素早く移動する歩術。】
シンプルながらに凶悪なスキルだ。
こういう瞬間速度を跳ね上げさせるスキルは侮れない。
限定的でも、局所でステータス差を覆して来るのは厄介だ。
俺はヘカトンケイルの振り下ろした刃を前脚で受け止め、逆の前足で殴り飛ばした。
よろめいた隙に、口を開けてヘカトンケイルの横っ腹に喰らいついた。
馬鹿に硬い……が、捕らえた!
牙はしっかりとヘカトンケイルに突き立てている。
このまま至近距離での殴り合いに持ち込んでやる!
ヘカトンケイルの無数の拳が俺へと降り注ぐ。
手数が多いのは厄介だが、〖自己再生〗でダメージを打ち消して耐えていく。
胸部を前脚で何度も殴りつけてやった。
表皮を砕いてやれば、ダメージも入りやすくなってくるはずだ!
大きく振り上げ、爪を打ち付けにかかる。
だが、盛大に空振ることになった。
『あ……?』
同時に、俺の牙が対象を失い、口内で激しく打ち合わせることになっちまった。
ヘカトンケイルの姿が黒い霧に変わり、拘束から逃れ、後退して俺から距離を取ったのだ。
そうか……さてはこの〖影演舞〗、攻撃のためのスキルじゃねぇんだな。
いや、攻撃でも強いのは間違いない。
だが、その真価は、ヘカトンケイルがローコストで窮地から脱するためにあるのだ。
『……どうにもテメェは、泥仕合がお好みのようだな。いいさ、乗ってやるよ』
まずいな……思ったよりこの戦い、余裕がないかもしれねぇ。
一気にHPを削られることはないので、楽な戦いになるはずだと俺は思っていた。
だが、それはお互いに言えることだったのだ。
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