第609話
ヘカトンケイルと睨み合う。
しばしそのまま互いに硬直していたが、俺は自分から飛び掛かった。
こいつ相手に効率的にダメージを稼ぐには、スキルをなるべく使わない方がよさそうだ。
ヘカトンケイルは防御と体力、そして回復力に全リソースを費やしている。
こんなの相手にダメージを与えるためなんかにMPを吐き出していたら、こっちが先にバテちまう。
身体面のステータス差を活かしてダメージを稼ぐ、恐らくはそれが最適解だ。
タフさが売りのヘカトンケイル相手に消耗戦は避けたいと思っていたが、ヘカトンケイルの最大の強みは泥仕合の強さではない。
相手に自分の得意な泥仕合を強要することだ。
戦えば戦うほど、そのことを実感する。
俺は地面を蹴り、低空飛行でヘカトンケイルへと突っ込んでいく。
ヘカトンケイルは大剣を構え、攻撃を合わせようとしてくる。
俺はそれを掻い潜り、横っ腹に爪を立てた。
彫像の身体に亀裂が入る。
俺は空中で体を曲げて旋回し、再びヘカトンケイルへと飛び込んだ。
ヘカトンケイルは連続攻撃に強い。
追い込まれても〖影演舞〗で逃れられるからだ。
ならば、一発一発、確実にダメージを稼いでいくしかない。
ヘカトンケイルは速度で敵わないと考えたらしく、大剣を盾の様に構えて自身の身体を守りに出てきた。
大剣を外して身体を狙ったつもりだったが、寸前で守られた。
俺の爪が、刃の前に防がれる。
即座に他の多腕による手刀の嵐が俺へと放たれた。
俺は身体を丸めて防ぎながら、背後へと跳んで逃れた。
距離を取れたと思ったが、黒い影が目前で実体を取り戻していく。
〖影演舞〗で追撃に出てきやがった!
俺は両翼で防いだが、その上から振り下ろした大剣の直撃をもらうことになった。
翼が穿たれ、激痛が走る。
っつう、攻撃に意識を割き過ぎていた。
ヘカトンケイルの攻撃力や速さは低いが、それでも最低限伝説級としてやっていける程度にはある。
スキルも優秀であるし、剣技も間違いなく本物だ。
勇者の成れの果てということはある。
俺は尾でヘカトンケイルを弾く。
ヘカトンケイルは打たれ強く、まともに態勢さえ崩せなかったが、反動を利用して距離を取り直せた。
本当に〖影演舞〗が厄介だ。
不利な形勢を帳消しにし、有利な形勢を継続してくる。
これも長期戦の殴り合いに適したスキルだといえる。
戦いが長引けば長引くほど、〖影演舞〗のせいでお互いに入れた有効打の数に差が開いていく。
ヘカトンケイルは奇策や偶然による大きな被ダメージを許さず、自分は堅実に手数を稼いでくる。
ヘカトンケイルの攻撃手段が地味であり、ダメージが少ないため、俺は正直あまり身の危機を感じていなかった。
だが、ゆっくりゆっくり、確実に疲弊を誘われている。
命がゴリゴリ削られているような、嫌な感覚だった。
それがヘカトンケイルの戦い方なのだと理解した今も、しかし不思議と身の危険を俺は感じられずにいた。
俺はそれが怖かった。
ヘカトンケイルは俺を倒すための決定打を持たない。
しかし、むしろ、平常以上に慎重に戦わなければならない相手だった。
俺はヘカトンケイルから間合いを保ったまま、斜め上方を円を描くように飛び回った。
ヘカトンケイルはカウンターを主軸に動き、俺との速さのステータス差を埋めに掛かってきている。
なので間合いすぐ外側からプレッシャーを掛け続け、ヘカトンケイルから動かざるを得なくしようとしたのだ。
互いに同時に掛かれば、速さに大きな差のあるヘカトンケイル相手に安定して攻撃を通せるはずだった。
ヘカトンケイルの周囲を一周する。
ヘカトンケイルは動かない。
もう一周した。
だが、ヘカトンケイルは動かない。
こちらにプレッシャーを与えようとする動作さえ、まるで見せようとしない。
飛び掛からせるのは諦めて〖次元斬〗でも飛ばして来たらその隙を突こうかと思ったのだが、マジで全く動かなかった。
こちらが爪を構えて威圧すれば、それに対して剣を構えはする。
だが、それだけだ。
そしてこうしている間にも、ヘカトンケイルはその圧倒的な回復力でじわじわと回復している。
それこそ彫像のような徹底した待ちの姿勢であった。
こいつに攻めさせるのは絶対に不可能だと、俺はすぐにそう諦めさせられた。
ヘカトンケイルは、自分から動けば不利になるだけだとわかっているのだろう。
〖次元爪〗でちょくちょく攻めてもあまり美味しくないし、そうなれば折を見て〖次元斬〗を飛ばしてくるはずだ。
ヘカトンケイルに策は通らない。
ちょっとやそっとでは致命傷に追い込めず、不利な状況はスキルであっさり覆される。
ヘカトンケイル相手には策でなく、手段で戦わなければならないのだ。
具体的には、継続して何度も行え、ヘカトンケイル相手に優位にダメージを与え続けられる方法が必要だった。
しかし、俺が何かをしようとしても、ヘカトンケイルは先回りしてその答えを持っているかのようだった。
ヘカトンケイルの性能が鉄壁過ぎて隙がない。
正に番人であった。
ここまでやったのに、結局ロクにダメージが通っていない。
ゆっくりと、しかし確実に追い込まれつつあった。
このままでは駄目だ。
これまで通りステータスの差を押し付けていけば勝てるのではないか、という感覚があった。
しかし、それでは絶対に勝てないのだ。
相手のステータスを冷静に見て考えれば、このペースだとヘカトンケイルのMPを半分さえ削れずにこちらが力つきるだろうと思い知らされた。
方針を切り替える。
どうにか相手の防御性能を掻い潜って、連続攻撃や大ダメージを狙っていくしかねぇ。
殴り合っての泥仕合しかヘカトンケイルは受け付けてくれないと思っていたが、このまま相手の土俵で戦わさせられていれば、俺はアイツには絶対に勝てない。
MPの消耗が嵩んで不利に陥るだろうが、今の戦い方でどうにもならないのだから仕方のないことだ。
スキルを片っ端から試して、一見万能防御型に見えるヘカトンケイルの弱点を探る。
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