第610話
俺はヘカトンケイルへ接近し、爪で攻撃してはすぐに離脱する。
大剣に妨げられながらも、速度では勝っているので隙を突ければ腕の合間を狙ってダメージを叩き込める。
だが、この攻撃は美味しくはない。
というより、ヘカトンケイルの防御面と回復能力が高すぎて、結局消耗の割合ではこちらの方が不利なのだ。
〖影演舞〗への警戒で消極的な攻め方しかできず、一気にダメージを与えられないが、そのせいで小さな打点はヘカトンケイルの防御と回復に打ち消されていく。
正面から殴り合うには、どう足掻いても俺のステータスが及ばない。
だからこの小競り合いはただの様子見だった。
何度か大剣と爪を交わしたところで、俺は距離を置いて〖灼熱の息〗を放った。
猛炎がヘカトンケイルを包み込んでいく。
だが、こいつの耐性の前では意味がないことはわかっている。
MPを捨てるようなものだが、視界を潰された際のヘカトンケイルの対応が見たかった。
現状、ヘカトンケイルに勝てる要素が全く見えてこない。
だから一つ一つ、俺のできることを確認していく。
炎の中に影が残っている。
〖影演舞〗は使わなかった。
〖影演舞〗は窮地からの脱出に使うことができる。
本当に危ない場面になるまでMPを温存するつもりなのだろう。
どこまでも待ちの姿勢でやってくれる。
俺は炎に向かって突撃し、爪でヘカトンケイルを殴りつけた。
ヘカトンケイルが防御のために突き出した、腕の一つが欠ける。
俺は続けてヘカトンケイルを抱え、尾で地面を叩いて強引に空へと飛んだ。
く、くっそ重てぇ……。
このデカブツ彫像野郎め。
だが、この重量なら勢いよく地面に叩きつけてやれる。
これで〖天落とし〗、〖地返し〗と繋げられて、連撃で大ダメージを狙えるなら、話は早いんだが……。
唐突にヘカトンケイルが消え、俺の腕は宙を切った。
……ま、そうなるわな。
〖影演舞〗の前じゃ、態勢崩しや空中の形勢有利は意味をなさねぇ。
〖影演舞〗で俺の背後に抜けたヘカトンケイルが、大剣を振り上げていた。
だが、こうなることはわかっていた。
易々そんな攻撃受けるほど、俺だって考えなしなわけじゃねぇ。
俺は〖グラビティ〗を放った。
俺を中心に黒い光が展開される。
呑まれたヘカトンケイルが、その態勢のまま地面へと落ちていった。
高度は不十分だし、〖グラビティ〗の最大出力を放ったため、はっきりいってMPの無駄遣いになる可能性が高い。
だが、これでまともにダメージを通せるのならば、剣技はともかく行動自体は単調なヘカトンケイルの弱点となり得るかもしれねぇ。
地面に直撃する瞬間、ヘカトンケイルが影になった。
地面に落ちたヘカトンケイルが影から戻る。
その際、特に地面とヘカトンケイルがぶつかった衝撃音は響かなかった。
……なるほど、〖影演舞〗にゃ、そんな反則臭い使い方があったのか。
スキル間の物理ダメージはこりゃ期待できねぇな。
魔法攻撃ならばチャンスはあるかもしれねぇが、〖影演舞〗中に攻撃を当てること自体が難しいので、検証するのは難しいし、結果が出ても活用するのもしんどい。
〖影演舞〗中を叩くのは諦めた方が無難そうだ。
俺は魔法攻撃力の方が高いので、防御を貫通するならそっちの方が適していそうだ。
魔法耐性は万全らしいが、どうせ物理耐性も万全なので同じことだ。
しかし、積極的に攻めて来ず、〖影演舞〗まで持っているヘカトンケイル相手に、〖グラビドン〗が当てられるとは思えない。
スキル〖ワームホール〗には移動先の空間を屠る効果があるようだったが……まあ、これはぶっちゃけ論外だ。
移動距離がしょっぱい上に、転移先には怪しい光が生じる。
おまけに発動まであまりに遅い。
ヘカトンケイルに対応されないわけがない。
正直、俺がこの先あまりにピーキーな、走るより遥かに遅い伝説の転移スキル〖ワームホール〗先生を活用できる日は来ないだろう。
戦闘中に上手く使えば、ヘカトンケイルを出し抜いて塔に直接入ることはできるかもしれねぇと思ったが……脳内で座標を向けようとすると、スキルが強引に断ち切られる感覚があった。
何らかの結界のようなものに守られているらしい。
もしかしたら中は異空間のような状態になっているのかもしれねぇ。
……まぁ、成功したところで、そのときは何があるのかわからねぇ塔の中に閉じ込められて、今度は出るのも一苦労になるのは目に見えている。
元々〖ワームホール〗さんにそう期待はしていなかった。
切り替えていく。
ヘカトンケイル相手に、何かの拍子で倒せる、みたいなことは絶対に期待できねぇ。
とにかく虱潰しでスキルを使い、有効な攻撃方法を探る。
MPはこの際考えない。
まずは勝機を見つけなければ話にならないからだ。
俺は〖アイディアルウェポン〗を発動した。
オネイロスにはこれがある。
相手に適した武器を、好きなように取り出せる。
……まぁ、消耗MPは相応だが、一番可能性があるのはこのスキルだ。
どうせ長期戦になる、武器を守り切ればアドバンテージは充分に取れるはずだ。
ただの武器じゃねぇ。
硬いものを打ち砕く、そのための武器が必要だ。
重い武器……斬撃ではなく、打撃武器、それも、俺の出せる中で最上のものが欲しい。
ヘカトンケイルに弱点があるとすれば、その偏ったステータスに他ならない。
ヘカトンケイルはその偏りをスキルで上手く補っているが、対応力に優れた〖アイディアルウェポン〗ならば、その隙間を穿つこともできるはずだ。
【〖オネイロスマレット〗:価値L(伝説級)】
【〖攻撃力:+130〗】
【青紫に仄かに輝く大鎚。】
【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の骨を用いて作られた。】
【神の世界の楽器を打ち鳴らすために天使が使うと、そう言い伝えられている。】
【この武器の一撃は、対象の物理耐性、防御力を瞬間的に減少させる。】
青紫のグラデーションの掛かった巨大な鎚が俺の前に現れる。
柄に花弁のようなものが彫り込まれており、色彩と合わさって美しい武器だった。
俺は素早く〖竜の鏡〗で前脚の形を変えて〖オネイロスマレット〗を掴んだ。
リーチも得られるので、徒手に比べれば、ヘカトンケイルの打たれ強さを活かした反撃ももらいにくいはずだ。
ふむ、〖オネイロスマレット〗か。
防御力特化対策武器で、オネイロス装備だ。
悪くねぇはずだ。
ただ、大槌はまともに扱ったことがない。
貝の化け物のシンをぶん殴ったときくらいだ。
そこに不安があるが、力でブン回すしかないな。
これに懸ける。
これでまともにダメージが通らなければ、今度こそ明確な詰みだ。
ヘカトンケイルへの勝ち筋が完全に絶えちまう。
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