第641話
俺は高度を上げ、ヘカトンケイルから距離を取ろうと試みた。
〖次元斬〗も警戒して剣の動きに注意を向けつつ、こちらから〖次元爪〗を放った。
当ててもヘカトンケイルの膨大なHPとこちらの消費MPを考えると、ダメージとしては美味しくない技だ。
しかし、何もせずに離れるよりは、ちょっとでも小突いた方がいい。
ヘカトンケイルも多少追撃に出にくいはずだ。
爪は地面を抉った。
ヘカトンケイルが〖影演舞〗を使ったのだ。
しかし、あのスキルはそれなりに消費MPが高い。
なぜ、単発の〖次元爪〗を避けるためだけに使った……?
ヘカトンケイルの影が、塔の壁を昇って俺達へと接近してきた。
『そんなこともできたのかよ!』
俺は更に高度を上げる。
しかし、これは不味い。
ミーアの到着を待って二対一に戻すつもりが、空にまで追って来られたらまた一対一に持ち込まれる。
強引に追ってきたのは、俺をまずリタイアに追い込むのがこの戦いでは必須だと考えたかららしい。
空中で揉み合いになれば、引き剥がすのは難しい。
下手したら地面に叩き落とされ、そのまま殴り合いだ。
そうなったらヘカトンケイルの最も得意とする舞台だ。
実体化したヘカトンケイルは、塔の壁を蹴って俺へと飛び掛かってきた。
この動きは、奴のスキル〖ハイジャンプ〗だ!
こいつ、ここまで機動力があったのか!
前回は守り一辺倒だったから気が付かなかった。
『落ちやがれぇっ!』
俺は〖次元爪〗を放つ。
ヘカトンケイルも同時に〖次元斬〗を放っていた。
中間地点で、互いの間合いなき一撃がぶつかり合う。
「大丈夫、準備してました! これで……!」
アロがヘカトンケイルへ腕を振り下ろす。
巨大な竜巻が生じ、ヘカトンケイルへ迫る。
〖ゲール〗で宙の身動きを崩す狙いらしい。
よし、これなら……!
と思ったのだが、ヘカトンケイルが魔力を纏った刃を振るうと、竜巻は瞬時に霧散した。
ヴォルクも使っていた、〖破魔の刃〗だ!
こっちが先に一撃を入れて落とすしかねぇ!
幸い、アロの魔法のお陰で、大剣が下がったところを〖オネイロスマレット〗で叩ける。
いや……リーチなら、稼げる!
「ガァアアアッ!」
俺は一瞬速く〖オネイロスマレット〗を振りかぶり、そのままヘカトンケイルへ近距離よりぶん投げた。
〖アイディアルウェポン〗を手放すのはMP損失が激しいが、空高くで殴り合いに持ち込まれるよりは遥かにマシだ。
ヘカトンケイルの意表も突けたはずだ。
だが、ヘカトンケイルは大剣の柄で、俺の投擲した〖オネイロスマレット〗を弾いた。
弾き損ねて腰の部分にハンマーが当たっていたが、ヘカトンケイルを止めるには威力が弱すぎる。
肉弾戦で対応するしかねぇ……!
幸い、ちっとはこれで崩れたはずだ。
リーチの差はあるが、どうにか凌ぐしかない。
『主殿ぉっ! お任せくだされ! もはや、私の飛び出すタイミングはここしかないでしょう!』
トレントが、俺とヘカトンケイルの間へと飛んだ。
『お、おい、トレント、何やってる!』
トレントが宙で〖木霊化〗を解除する。
突然俺の三倍近い大木の姿へと戻ったトレントは、そのままヘカトンケイルへと覆い被さっていった。
ヘカトンケイルの大剣が、トレントに突き刺さる。
そのままトレントは、ヘカトンケイル諸共地上へ落下していった。
「トレントさん……!?」
アロも困惑しているようだった。
しかし、確かにこれ以上なくいいタイミングだったかもしれない。
さすがのヘカトンケイルも、突然巨大な木が降って来るとは思わなかったか。
いや、わかっていても対応策などなかっただろう。
元々、トレントを盾に、俺とミーアがヘカトンケイルへ一方的に攻撃してダメージを稼ぐ策はあった。
問題はどのタイミングでやるかだったが、今であれば、トレントの重量を利用してヘカトンケイルへ大きなダメージを見込める。
『〖スタチュー〗! 〖ファイアスフィア〗! そして〖グラビティ〗!』
トレントの巨体全体が一気に金属へ変化し、全身に炎が走る。
そして〖グラビティ〗の黒い光が包み込み、落下速度が増していく。
『出たっ! 〖メテオスタンプ〗!』
ヘカトンケイルは、巨体に圧倒されて成すすべなく落下していく。
そのままヘカトケイル共々地面に直撃した。
周囲に罅が入り、土飛沫が舞う。
や、やりやがった、トレント……!
トレントの攻撃方面のステータスは低いが、〖メテオスタンプ〗の威力は絶大である。
かなりのダメージが入ったはずだ。
ここで一撃入れられたリードは大きい。
さっきヘカトンケイルの弾いた、俺の〖オネイロスマレット〗が地面に落ち、ただの魔力に戻って消滅した。
『主殿、やってやりましたぞ……!』
その後、トレントは顔を顰める。
『うむ? 手応えがない?』
近くの影からヘカトンケイルの巨体が伸びた。
……正直、そんな気はしていた。
そのとき、豪速で駆けてきたミーアの刃が、ヘカトンケイルの肩を砕いた。
ヘカトンケイルが振り向くより早くミーアが二撃目の刃を振るう。
ヘカトンケイルの多腕が砕かれていく。
「トレント君、いい攻撃だった。失敗ではなかったよ。この戦い、私とイルシア君のMPを残しながら有利状況を保つのが最優先だ。相手の手痛い攻撃からイルシア君を守り、かつ最終手段である〖影演舞〗を使わせたんだ」
ミーアがトレントへ笑い掛ける。
『……そ、そうでございますか、ミーア殿?』
そう、ヘカトンケイルの〖影演舞〗は決して気軽に使える消費MPではない。
軽い一撃くらいならば、喜んで受ける方を選ぶはずだ。
ヘカトンケイルは〖影演舞〗を用いて強引に出た攻撃をトレントに挫かれ、続けて防御のために〖影演舞〗を使わせられたのだ。
この功績は大きい。
……ちょっとまあ、本人の言動と合わさって締まらなかったのだが。
『よくやったトレント! このまま一気に押し切るぞ!』
『は、はい! 主殿! お任せくだされ! ここからは、ヘカトンケイルの攻撃はこの私が受け止めてみせますぞ! ……できる限りは』
ちょ、ちょっと締まらねぇな……。
しかし、実際、トレントが攻撃を受け切れる間にヘカトンケイルを倒すのは難しい。
幸いヘカトンケイルの攻撃力はそんなに高くはないため、回復が追い付かなくなることはないだろう。
俺もいつでも〖ハイレスト〗を飛ばせる。
トレントのMPがなくなりそうになったら、また〖木霊化〗で戻ってもらうことになる。
できる限り受けるというトレントの宣言は正しい。
……正しいが、士気を上げるためにも、そこまで厳密に言わなくてもよかったとは思うが。
「アロ君はともかく、トレント君の方は少し不安だったのだが、ちゃんとやるときはやるんだな」
ミーアが感心したように言う。
や、やっぱりそういう目で見ていたのか。
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