第233話

『旅の方というのは、我らの集落を訪れた女性のことです。魔物に襲われたそうで怪我を負っており……解毒が必要とのことで、解毒剤の材料となる薬草を集めていたのです』


 ヒビが〖念話〗でそう伝えてくれた。

 話を聞いている内に、段々と俺の中の引っ掛かりが大きくなっていく。


 まさか、とは思う。

 だが否定できる材料がない。俺が疑問に思っていた点にも説明がつく。

 もっと決定的に、すぐ判別できそうなことはねぇか。

 そう考えると、思い当たった。


 旅人が怪我をしていた部位はどこだ。

 俺は顔を見ながら念じ、そう問いかける。


『どこ……と。お腹の、下の方です。幸い魔獣に襲われたにしては怪我が浅かったのですが、それでも……』


 疑惑が確信に変わった。

 ほぼ間違いなくマンティコアだ。

 俺から〖毒牙〗をもらって逃げた後、〖人化の術〗でリトヴェアル族の集落に侵入していたらしい。

 散々集落の子供を喰っておいて、怪我したら旅人を装って治療を受けるたぁ胆の据わった奴だ。


 放っておいたらヤバい。

 怪我が完治したら、きっとまた子供を喰らうつもりのはずだ。


 俺はワイトのいる方向へと目をやる。

 すまねぇ、ワイト。ちっと帰るまでに時間が掛かっちまいそうだ。

 お前の故郷の方はなんとかしてみせっから、もうちょっと待っててくれ。


 俺の目の動きを見て、バロンが不思議そうに首を傾げる。

 俺が魔物の気配でも察知したのかと思ったのかもしれない。


 首を向け直すと、ヒビが目を閉じたまま少し眉を寄せていた。

 とと、危ねぇ。

 俺は小さく首を振り、場を誤魔化す。


 今のワイトのことがリトヴェアル族の方にばれるのはまずい。

 〖念話〗は俺の思考を読み取ってるから、場合によっては考えてたことをトレースされかねねぇんだよな。

 強く念じてる分しか拾えねぇと思いたいが、俺は使えねぇからどの程度のもんなのかはわからねぇ。

 用心しておいた方がいい。

 便利だが、巫女との〖念話〗は極力避けた方がいいかもしれねぇ。

 

 リトヴェアル族の集落にさっと行ってさっと戻るためには、二人に道案内を頼んだ方が早そうだ。

 俺は背を屈めて地に這いつくばる。

 目線で二人に背へと乗るよう促してから、首を地に降ろした。


 案内を頼む。

 ヒビがゆっくり歩み寄ってくるが、バロンは止まったままだった。

 槍を地につけ、目を閉じて頭を前に傾けている。


 ひょっとしたら巫女しか乗っちゃ駄目、みたいな決まりでもあるんだろうか。

 前代女好き説が俺の中で出てきたぞ。

 俗物的だと思うと親近感が湧いてくるな。

 しかしだとしたら、習慣に沿ってバロンは置いて行った方がいいのだろうか。


「バロン、薬草はお願いしましたよ」


「はっ! 俺一人でもなんとかしてみせます!」


 ああ、役割分担なのか。

 んでも話し合ってた様子もなかったし、やっぱし最初から竜神様に乗れるのは巫女だけ説が高い。


 でもバロン一人だと、アビス狩れんのかな……。

 アビスは急に気配が消えたり、姿を目で追えなくなったりする。

 アビスをあまり注視したくないので確認はしていないが、恐らくそういったスキルがあるのだろう。


 俺は手にへばり付いた黄土色の粘液を地で拭いながら考える。


 先程アビスとバロンが戦っていたときは、ヒビが何かをずっと叫んでいた。

 何かの呪文かと思っていたが、あれは恐らくバロンに動きを指示していたのだろう。

 アビスが姿を消してから、ヒビは一層と声を張り上げて叫んでいた。

 多分、〖気配察知〗かそれに類するスキルを持っているのだ。


 ひょっとしたらその援助なしだと、バロンはアビスの不意打ちで狩られるんじゃなかろうか。

 様子を見ている限り、ヒビの援助があってようやく優位に立ち回れているように見えた。


 できれば薬草採取なんて後に回してほしいところだ。

 俺の予想だと、薬草は不要になる。

 それに俺に指示さえ出してくれれば、すぐに採って来れる自信がある。

 ただその前にワイトとトレントを一度祠まで連れ帰っておきたいが……。


 しかし〖念話〗に〖気配感知〗か。

 リトヴェアル族の巫女、普通に優秀だな。

 ごっつい男が頭を下げているだけはある。

 ワイトもひょっとしたら覚えてくれるんだろうか。だとしたら結構便利なんだが。


「ガァッ」


「うぶはぁっ! 竜神様!? 何を……何を……」


 今まで大人しくしていた相方が、ひょいとバロンを咥えて持ち上げる。

 地から離れた足が、ぱたぱたと力なく上下する。


 え? ちょ、ちょっとこの子、何やってんの?


 相方はバロンを背中に乗せ、俺を見る。

 じれったい、これでいいだろといわんばかりの顔だった。


 も、もうちょっと丁寧に頼む……すげーひやっとすっから。

 つーかバロン、ちっと歯の痕ついてんぞ。

 血は出てねぇけど、あれちょっとまずいだろ。


 こっちはモンスターなんだから。

 こっちは些細なことのつもりでも、人間からしたら一挙一動が恐怖だから。

 バロン滅茶苦茶ビビってたじゃねぇか。

 下手したらこれ、ちょっと尾を引くぞ。

 次からこういうのは……。


「りゅ、竜神様の歯型だ……。ヒ、ヒビ様! ヒビ様見てください! これ、この……ほら、見てください!」


 バロンは首を曲げて自分の脇腹についた窪みを見つけ、顔を赤くして大喜びしていた。

 わぁわぁと騒ぎ立て、身体を捻じって前に座る少女に脇腹を見せびらかす半裸の男。

 字面に起こすとキツイ。実際目前っていうか背上にするともっとキツイ。


 ……あの人、ちょっと変態入ってんな。

 リトヴェアル族の集落行くの、なんか怖くなってきたぞ。

 バロンみたいなのばっかしじゃねぇだろうな。

 歯型付けてくれ、なんて言われても困るぞ。

 全力で言葉通じてねぇ振りするぞ。


「ガァ……」


 相方も素で引いたらしい。

 表情がわかるくらい顔を顰めていた。

 首を前に伸ばし、バロンから露骨に遠ざけている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る