第754話

 俺は真っ赤な視界の中、バアルを睨みつける。


 自我が霞むのを感じる。

 気を抜けば、破壊衝動に意識を呑まれる。


 俺は自身へ、自分の目的を呼び掛ける。

 俺はあいつを打ち倒して、王都アルバンを守らないといけない。


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〖邪なる絶対君主〗

種族:バアル

状態:スピリット

Lv :180/180(Lock)(MAX)

HP :6744/20805

MP :923/14609

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 じわり、視界に数字が浮かび上がる。

 これは、バアルの現在のステータスだ。


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〖イルシア〗

種族:アポカリプス

状態:終末の音色

Lv :156/175

HP :3670/14018

MP :1626/11345

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 そして俺のステータス。

 こうしている間にも急速に擦り減り続けている。

 〖終末の音色〗の代償だ。


 早く、バアルをぶっ倒さねえと。

 HPとMPが持たなくなる。

 そしてそれ以上に、俺自身の精神が、このスキルに蝕まれる。


 出鱈目なラッパのような音が響く。

 俺の魔力が大気を震わせている音だ。

 不快な音だった。

 耳にする度、どんどんと自我が薄れていくのを感じる。

 

 時間を浪費するわけにはいかない。

 俺は地面を蹴飛ばし、バアルへと迫る。


『貴様から来るか! よかろう、返り討ちにしてくれるわ!』


 咄嗟に俺は薄く〖グラビティ〗を発動していた。

 自分が何故使用したのか理解が追い付かなかったが、遅れて、恐らく経験則より〖猫の不在証明〗への対抗策として展開したのだ、ということに気が付いた。


 バアルが消える。

 だが、〖グラビティ〗に生じた違和感が、俺にはそのままバアルの輪郭として知覚できていた。

 俺を透過しようとするバアル目掛けて、俺は〖次元爪〗で頭部を抉った。


 バアルが実体化し、口と目から黒体液を撒き散らす。


 ほら、当たった。


 無意識の内に口許に力が入り、自分が笑みを浮かべていることに気が付いた。


『馬鹿な……精度を引き上げた吾輩のスキルが、何故……!』


 楽しい。

 このままコイツをぶっ殺してやる。


 左の爪を顎へと突き刺して骨に引っ掛けて持ち上げ、奴の身体を固定する。

 力の逃げ場をなくした状態で、腹部に右の爪をめり込ませ、そのまま地面へと叩きつける。

 バアルの顎の骨が砕け、奴の体液が舞う。

 そのまま俺は右の爪でバアルを地面に押し当て、低空飛行して奴の身体を摩り下ろす。


「ギィ、ギィアアアアアアッ!」


 激痛のあまりかバアルが咆哮を上げる。

 その後、奴の身体が空間ごとぐわんと揺れて、消失した。


 〖量子猫の選択〗でダメージを消しつつ奇襲を仕掛けてくる狙いだ。

 だとしたら背中側から来る。


 俺は地面を蹴りつつ、素早く反転しながら魔法陣を展開する。

 前脚を突き出して身を守る。


 右前脚が、バアルの爪に砕かれる。

 体表が裂かれ、骨が折られ、腕越しに胸部へと衝撃が伝わってくる。


『ハハハハ! 魔法はまるで間に合わんかったな! 多少やるようだが、吾輩にはこのスキルがある! 図に乗るなよ竜! 吾輩はもはや、全ての次元の生きるものを超越したのだ! 死に損ないが、万物の頂点たる吾輩に……』


『いつまでもペラペラと煩い奴だ』


 即座に尾の一撃で、バアルの身体を宙へと打ち上げてやった。


 確実に反撃を叩き込んでやるため、右前脚を捨て石にしただけだ。

 どうせすぐに〖自己再生〗で回復できる。


 俺は真上に打ち上げたバアル目掛けて、準備していた〖グラビドン〗を放つ。

 超重力で魔力を圧縮した攻撃。


 バアルに翼はない。

 空中では動きが制限される。

 そして重力系魔法は、奴の〖猫の不在証明〗では透かせないのがとっくに知っている。

 〖量子猫の選択〗での回避ならばできるだろうが、残りMPの少ないバアルの残機が一つ減ることになる。


 バアルは空中で回転して自身の軌道を変えて、〖グラビドン〗を回避してみせた。


『舐めおって! 今更その程度の攻撃に……!』


 跳び上がって既に距離を詰めていた俺は、隙だらけの奴の腹部に自身の鉤爪を叩き込んでやった。


「ゲヴァッ……!」


 バアルの身体へと、空中で爪撃の連打を叩き込み続ける。

 猫の化け物が、散々手間取らせやがって。

 ここで殺しきってやる。


 バアルの姿が透明になる。

 同時に俺は〖次元爪〗を発動していた。


 どうせこの辺りで〖猫の不在証明〗を挟んでくると睨んでいた。

 生き様の汚ねえ、自分の命に執着して他の全てを見下すテメェは、どれだけ強い言葉を吐こうが、最後の最後で勝負手を打たない。


 バアルがここで〖量子猫の選択〗を使えば、MPに後がなくなる。

 透過スキルでどうにか誤魔化そうとしたのだ。

 それが緩やかに、されど確実に自分を死に追い込むとも知らずに。


「ギイイッ!」


 俺の放った〖次元爪〗が、透過して逃げようとしたバアルを引き裂く。

 実体化したバアルを、俺は即座に逆の爪で直に打ち抜いた。


 バアルの身体が地面へと落ちていく。

 落下中のバアル目掛けて〖次元爪〗の追撃を放ったが、奴の身体が空中で消えた。

 俺の爪撃が地面を抉る。


 今度こそ奴が〖量子猫の選択〗を使った。


 今更か。

 判断の遅い奴だ。


 俺は即座に黒い魔法陣を展開する。


 目前に突然炎球が現れた。

 避ける間もなく、顔面に叩き込まれる。

 奴が〖ファイアスフィア〗を発動した状態で飛び込んできたのだ。


 顔の半分が吹き飛んだ。

 左眼が見えない。

 口が閉じられない。


 突き出した左前脚が、バアルの牙に噛み千切られた。

 いくら〖自己再生〗とはいえ、完全欠損は回復に手間とMPが掛かる。


 俺はバアル目掛けて右前脚を振るったが、奴は頭を下げて器用に躱してみせた。 


『これは効いただろう! 気を緩めたな馬鹿めが!』


『間抜けはテメェだよ』


 俺の展開していた〖ヘルゲート〗の獄炎の骸の腕が、四方からバアルの身体を雁字搦めにした。

 バアルの身体を焼き焦がしていく。


『地獄の炎を、広範囲に召喚するスキル……!』


 バアルの慢心は、〖量子猫の選択〗の後の即時襲撃が絶対の安定策だと信じ込んでいたことだ。

 それさえ読んでいれば、範囲攻撃の〖ヘルゲート〗を安全に通すことができる。


 とはいえ〖ヘルゲート〗はHPの代償が大きいスキル。

 〖量子猫の選択〗で避けられれば余裕がなくなるのはこちらだ。


 もっとも、余裕がない中、慌てて何度も〖猫の不在証明〗を無駄撃ちし、〖ファイアスフィア〗まで使ったバアルに、もう〖量子猫の選択〗を使う余力なんざ残ってはいないだろうが。


『や、止めよ……止めろ! 吾輩は夥しい年月を経て……ようやく、真に絶対的な存在へと昇華したのだ! こんなところで……!』


 バアルはみっともなく〖猫の不在証明〗で、骸の拘束から逃れようとする。

 そんな無様を見逃す道理もねぇ。

 俺は〖次元爪〗で奴の腹部をぶち抜いてやった。


 バアルが白眼を剥き、体液と肉をまき散らしながら地面を転がっていく。

 奴の身体が青白い光に包まれていく。


『有り得ぬ……吾輩は、戦いの神……世界最強の概念そのものとして、この世界を、永遠に観測し続けるモノ……』


 バアルの面は、最期まで、自分が敗北したことを信じられない様子だった。


【経験値を369000得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を369000得ました。】

【〖アポカリプス〗のLvが156から175へと上がりました。】

【〖アポカリプス〗のLvがMAXになりました。】


【称号スキル〖世界最強の証:Lv--〗を得ました。】


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〖イルシア〗

種族:アポカリプス

状態:終末の音色

Lv :175/175(MAX)

HP :877/15371

MP :698/12440

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 脳内に、俺のステータスが浮かび上がる。


「グゥウウウウウウウ!」


 俺は前脚で自分の頭を殴る。


 思考が、自我が安定しない。

 俺はなんとか破壊衝動を諫め、自分を保とうとした。


 危うかった。

 バアルだって馬鹿じゃない。

 〖終末の音色〗の消耗の激しさを見抜かれ、守りと逃げに専念されていれば、どうなっていたかわからない。


 俺の自我もどんどん希薄になっている。

 頭が完全に回らなくなっていたら、奴に何かしらの罠に掛けられていたことも考えられる。

 結果的に、互いに余力がない段階でのダメ押しの切り札として使用したことが幸いしたといえる。


 だが、問題があった。


 〖終末の音色〗の解除ができない。


 俺は顔を上げる。

 俺の真っ赤な視界に王都アルバンが映っていた。


 自然と笑みが漏れてくる。


 ――解除できなくて、何の問題がある?


 どの道バアルは倒した。

 俺を止められる奴はどこにも存在しない。


 俺の残りのMPで、今この視界内の街全てを消し飛ばすのに、何ら支障があるとは思えない。

 いや、これだけあれば、この大陸一つ沈めるのに充分過ぎる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 俺の咆哮に大地が震える。

 呼応するように、俺から漏れ出る黒い魔力が、不協和音を鳴り響かせた。

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